ワーグナー:「パルシファル」第1幕への「前奏曲」&「聖金曜日の音楽」
ルドルフ・ケンペ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年2月10日~13日&17日録音
Wagner:Parsifal Prelude
Wagner:Parsifal Good Friday Music
パルジファルを貫いている最大の特徴は、そのしびれるような陶酔感です
ワーグナーの最後の作品であり「舞台神聖祝祭劇」と呼ばれていることもあって、他のワーグナー作品とは少しばかりことなった雰囲気を持っています。
それは、この作品がバイロイトの歌劇場という彼の夢を実現した劇場での上演を前提として作られていることが深く関係しているようです。
ですから、ワーグナーの死後、この作品のバイロイト以外での上演を拒否して彼の遺志を守ろうとしたのは妻であるコジマにとっては当然のことだったのかもしれません。
しかし、その様なワーグナーの遺志も彼の死後30年が経過して著作権が切れると、世界中の歌劇場は待ちかねたようにこの作品を取り上げます。
1913年の大晦日、その深夜からベルリン、ブダペスト、バルセロナの各歌劇場で「パルジファル」が上演されました。
では、ワーグナーがそこまでしてバイロイトにこだわった理由は何だったのでしょうか?
それは、この作品を一度でも耳にすれば誰でもが簡単に納得できるはずです。
このパルジファルを貫いている最大の特徴は、そのしびれるような陶酔感です。そして、その陶酔感は響きの暖かさと、管弦楽と人間の声が渾然一体となったぼかし効果によるものであることは明らかです。
そして、このような音響効果がもっとも理想的に実現される場所こそがバイロイトの歌劇場なのです。
全てが木造で作られた劇場は響きの暖かさをもたらしていますし、何よりもオーケストラピットが蓋をされていることで、オーケストラの音が観客席に直接的に届くのではなくて、一度反射して舞台の上の人間の声とブレンドされ一体化してから届くような仕掛けになっているのです。
このような劇場でパルジファルが上演されるとき、ワーグナーの理想とした響きが実現されるのです。
しかし、ワーグナーが他の劇場での上演を拒否したのは、そう言う理由だけではなかったようです。
彼はもともとエキセントリックな人間でしたが、年をとるにつれてますますその様な傾向は増していったようです。
そんな彼にとって、己の命を削るようにして作り続けてきた作品が一晩の娯楽として歌劇場で提供されることが許し難いものと思えてきました。さらに、せめて娯楽として提供されるならば我慢が出来たものの、やがて歌劇場は社交の場へと変わっていき、音楽なんかそっちのけでおしゃべりを楽しむだけの場所となっていったのでは、ついにワーグナーの怒りが爆発したと言うことなのでしょう。
彼は、パトロンであるバイエルンの国王をそそのかして、自分の作品専用の劇場をバイロイトに建設させます。
そこでは自分の作品を心の底から敬愛するものだけが参加することが許されたのです。
ですから、バイロイトでの演奏は娯楽や社交ではなくて、どこか宗教的な雰囲気がただようものになっていきます。とりわけ、1913年まではパルジファルはここでしか上演できなかったのですから、その演奏はまさに宗教的儀式に近いものだったといえます。
ですから、「舞台神聖祝祭劇」というのはこけおどしのコピーなどではなく、まさに言葉通りの神秘的なイベントだったのです。
「伝統」という豊かな土壌の中にしっかりと根を張った「立派な」ワーグナー
ケンペは1956年にベルリンフィルと、1958年にはウィーンフィルとワーグナーの管弦楽曲を録音しています。
ベルリンフィルとの録音は以下の通りです。
「さまよえるオランダ人」序曲
「タンホイザー」序曲
「タンホイザー」第1幕よりバッカナール
「タンホイザー」第1幕よりヴェヌスベルクの音楽
「神々の黄昏」より「夜明け」
「神々の黄昏」より「ジークフリートのラインへの旅」
そして、58年のウィーンフィルとの録音は以下のようになっています。
「ローエングリン」第1幕への「前奏曲」
「パルシファル」第1幕への「前奏曲」
「パルシファル」より「聖金曜日の音楽」
「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」
そして、そのどれもが「伝統」という豊かな土壌の中にしっかりと根を張った「立派な」ワーグナーなのです。
ただし、そう書くと誤解を招くかもしれません。
なぜならば、「伝統」に根を張った「立派な」ワーグナーなどと言えば、さぞや巨大な音楽が立ちあらわれるのかと勘違いされそうだからです。
聞けばすぐに分かることですが、ケンペのワーグナーには人を驚かすような「巨大」さはありません。それ故に、人によってはこれを特徴に乏しい音楽として物足りなさを覚える人がいるかもしれません。
ここで演奏される序曲や前奏曲ならば、そのまま幕が開いてオペラが始まっても何の違和感も感じません。
例えばフルトヴェングラーなんかだと、そこまでぶち切れるように前奏曲を演奏したのでは、この後幕が開いて最後まで持つのかと心配になってしまったりするのですが、ケンペにはそんな心配は微塵もありません。
つまりは、私が「伝統」に根を張った「立派な」ワーグナーといったのは、おそらくはヨーロッパの各地で日常的に演奏されているであろう「ワーグナー」のもっとも常識的な、しかしながらもっとも「上質な姿」がそこにあるということなのです。
「伝統」というものはマーラーが語ったように「怠惰の別名」であるかもしれませんし、それ故にその「怠惰」を乗りこえるためには新しい「潮流」が生まれてくる事が絶対に必要です。
しかし、その「新しい潮流」が本物となるためには「伝統」という壁を乗りこえていく必要があります。
言葉をかえれば壁となりうるだけの「伝統」が厳然と存在してこそ「新しい潮流」は本物となりうるのです。つまりは、パラドックスのように聞こえるかもしれませんが、新しいものを拒み続ける「伝統の守護者」が必要なのです。
ただし、ケンペには「守護者」などと言う思いはなかったでしょう。
彼はごく自然に、伝統という世界の中で自由に呼吸をして、自由に音楽をやっていただけだと思うのですが、それが結果して伝統の守護者となっていたのです。
長らく音楽監督が不在であったコヴェントガーデンの歌劇場が61年にショルティを招こうとしたときに、多くの人から異論が出されました。
そして、その異論を唱えた人たちが希望したのがケンペでした。
もちろん、病弱であったケンペがそんな骨の折れる仕事を引き受けるはずもなかったのですが、つまりは、ケンペとはそういう存在だったのです。
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