クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

モーツァルト:ピアノ協奏曲第19番 ヘ長調 K.459

(P)クララ・ハスキル:フリッチャイ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年9月21日~22日録音





Mozart:Piano Concerto No 19 In F Major K.459 [1.Allegro]

Mozart:Piano Concerto No 19 In F Major K.459 [2.Allegretto]

Mozart:Piano Concerto No 19 In F Major K.459 [3.Allegro Assai]


もう一つの「戴冠式」ピアノコンチェルト

ザルツブルグの大司教と決定的に対立し、辞表をたたきつけてウィーンへ赴いたモーツァルトにとって、唯一の頼みはピアニストとしての名声でした。
そして、幸いなことに、神童モーツァルトの名声は衰えていなかったようで、多くの貴族が彼の演奏を聴くために招待してくれました。やがて、自らも音楽会を開くようになっていくのですが、最大の目玉はピアノ協奏曲と即興の変奏曲でした。

1784年はモーツァルトの人気が絶頂にあった年で、予約演奏会の会員は174人に上り、大小取りまぜて様々な演奏会に引っ張りだこだった年となります。そして、そのような需要に応えるために次から次へとピアノ協奏曲が作曲されていきました。また、このような状況はモーツァルトの中にプロの音楽家としての意識を芽生えさせたようで、彼はこの年からしっかりと自作品目録をつけるようになりました。おかげで、これ以後の作品については完成した日付が確定できるようになりました。

なお、この6作品はモーツァルトが「大協奏曲」と名付けたために「六大協奏曲」と呼ばれることがあります。
しかし、モーツァルト自身は第14番のコンチェルトとそれ以後の5作品とをはっきり区別をつけていました。それは、14番の協奏曲はバルバラという女性のために書かれたアマチュア向けの作品であるのに対して、それ以後の作品ははっきりとプロのため作品として書かれているからです。

つまり、この14番も含めてそれ以前の作品にはアマとプロの境目が判然としないザルツブルグの社交界の雰囲気を前提としているのに対して、15番以降の作品はプロがその腕を披露し、その名人芸に拍手喝采するウィーンの社交界の雰囲気がはっきりと反映しているのです。
ですから、15番以降の作品にはアマチュアの弾き手に対する配慮は姿を消します。

そうでありながら、これらの作品群に対する評価は高くありませんでした。
この後に来る作品群の評価があまりにも高いが故にその陰に隠れてしまっているという側面もありますが、当時のウィーンの社交界の雰囲気に迎合しすぎた底の浅い作品という見方もされてきたからです。しかし、最近はそのような見方が19世紀のロマン派好みのバイアスがかかりすぎた見方だとして次第に是正がされてきているように見えます。
オーケストラの響きが質量ともに拡張され、それを背景にピアノが華麗に明るく、また時には陰影に満ちた表情を見せる音楽は決して悪くはありません。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第19番 ヘ長調 K.459

第1楽章がマーチ風の音楽であり、最終楽章も浮き立つようなロンドなので、後年レオポルド2世の戴冠式祝賀期間中にも演奏されました。それは、裏返せば、モーツァルトがこの作品に対して並々ならぬ自信を持っていたことの証明です。
そして、その祝賀期間中のコンサートで披露されたときにはトランペットとティンパニも追加されて、さらに華やかなものになったと伝えられています。
残念ながらその時のパート譜は失われているのですが、エンターテナーとしてのモーツァルトを味わうには通常編成(モーツァルトはヘ長調の曲では通常トランペットとティンパニは用いなかった)でも充分でしょう。

音楽学者によれば、第1楽章の400小節の中で何と165小節が軍楽のリズムによって浸透してるとのことで、それが独奏パートに現れるギャランとな3連符との間で見事な対比を構成しているというのです。
また、続く第2楽章では「緩徐楽章」でありながら指定されたテンポ設定が「アレグレット」というのも、より情熱的で祝典的な雰囲気を盛りあげます。
ただし、その様な仕掛けはハイドンの弦楽四重奏曲にも見受けられるものであり、この時期のモーツァルトはハイドンに献呈するための6曲の弦楽四重奏曲に力を注いでいましたから、そこにハイドンからの影響を見ることは間違いではないでしょう。

また、フィナーレ楽章の主題もハイドンの交響曲78番のフィナーレ楽章中間部の主題に由来しているそうですから、この時期のモーツァルトの頭の中にはハイドンの音楽が溢れていたのかも知れません。


  1. 第1楽章:Allegro

  2. 第2楽章:Allegretto

  3. 第3楽章:Allegro assai



ハスキルとは「一期一会」の出会いを期待して詰めかける観客のためにベストを尽くす人だったようです。


クララ・ハスキルの手になるモーツァルトのピアノ協奏曲をまとめて聴いてみました。ハスキルのモーツァルトと言えば今も評価が高く、一部では神格化されているような向きもありますが、逆にその反動で、あんな演奏のどこがいいのか全く分からないという率直な意見もネット上では散見されます。
正直言って、既に内田光子などに代表されるようなすぐれたモーツァルト演奏を既に持っている「現在」から見れば、いつまでもハスキルを天まで持ち上げるのはいかがと思います。
しかし、彼女が活躍した40年代から50年代というのは、モーツァルト言うのは決してクラシック音楽の「本流」ではなかったと言うことも見ておく必要があります。モーツァルトがクラシック音楽史における欠くべからざる存在であることが広く一般に認知され始めたのは生誕200年を迎えた1956年を境にしてからです。もちろん、それ以前にもアインシュタインに代表されるようなすぐれた研究や、日本においては小林秀雄の慧眼などもあったのですが、一般的にはクラシック音楽と言えば三大B、とりわけベートーベンこそが本流であったのです。
そう言う時代背景の中にハスキルのモーツァルト演奏を置いてみれば、一般的には可愛らしくて愛らしい作品としか思われていなかったモーツァルトのピアノ音楽の中に、かくも深い人間的な感情が潜んでいることを見抜いて、それをこの上もない洗練された上品さで表現しきったことには驚きを禁じ得ません。
歴史は決して「阿呆の画廊」ではないのですから、個々の演奏というものもそれぞれの歴史的背景にの中に置いてこそ正当に評価ができるのだと言えます。
疑いもなく、ハスキルの歴史的な演奏を越える多くのすぐれた録音を私たちは持っていますから、それらを無視していつまでもハスキルを持ち上げのは誤りでしょう。それと同じように、内田やピリスの録音と比較してハスキルなんて過去の遺物で聞く価値なしと切って捨てるのも同じ意味で誤りです。

はてさて、実はこんな事を書くためにハスキルの録音を聞き始めたのではなかった、前置きのつもりがとんだ無駄話になってしまいました。
今回、書きたかったのは「ソリスト」は大変、ということだったのです。
今回聞いたセットの中にモーツァルト最後のピアノ協奏曲であるK.595が2曲入っていたのです。


  1. フェレンツ・フリッチャイ指揮 バイエルン国立管弦楽団 1957年5月7日録音

  2. オットー・クレンペラー指揮 ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団 1956年9月9日録音



驚いたのは、クレンペラーのぶっきらぼうなサポートの仕方と、それとは対照的とも言えるほどに丁寧で献身的にハスキルを支えるフリッチャイのサポートとの違いです。
クレンペラーと言えば、フォルム重視、厳格なリズムで格調の高い演奏を聴かせるというのが「売り」なのですが、かなり「困ったおじさん」だったと言うことでも有名な指揮者です。そして、ここでは、その「困った」部分が明らかに炸裂しています。
先ほどは「ぶっきらぼう」と表現したのですが、有り体に言えばきわめてぞんざいな演奏でオケの方も適当に鳴らしているだけで聞きようによってはセクハラ親父にいたぶられているような風情すらあります。
それと比べれば、フリッチャイのサポートは最初の一音からして全くの別物かと思えるほどの心のこもった暖かさに満ちています。
もちろん、こう書いたからといって、クレンペラーはフリッチャイに劣るつまらぬ指揮者だったと言っているわけではありません。しかしながら、明らかに、ここでのクレンペラーにはやる気が感じられません。
でも、ハスキルは頑張ってピアノを演奏しなければいけないのであって、このバックの中でも最善を尽くしている様子がよく分かります。

ソリストというのは、いつもいつも万全のサポートが得られるわけではありません。それでも、それを言い訳にすることはできず、その日のコンサートに足を運んでくれたお客さんとの関係で言えばまさに「一期一会」なのであって、どんな状況でもベストを尽くさないといけないのです。

たとえば、


  1. ピアノ協奏曲第23番K.488 オトマール・ヌシオ指揮、スイス・イタリア放送管弦楽団 1953年6月25日録音



と言う録音があります。
「スイス・イタリア放送管弦楽団」とは聞き慣れないオケですが、かつては本拠地の名を取って「ルガーノ・フィル」と呼ばれていました。シェルヘンと組んで、史上有名な爆裂型ベートーベン交響曲全集を録音したので有名なオケだと言えば思い当たる人もいるでしょう。
オトマール・ヌシオはこのオケを率いていた指揮者ですが、ハスキルという有名なソリストを招いて意欲に満ちているのが出だしの音からしてすぐに分かります。しかし、悲しいかな、その意欲はいつまでも続くことはなく、大事なところで響きが薄くなったり平板になったりして力不足を露呈しています。
それでも、ハスキルは頑張っています。
本当に「ソリスト」は大変です。

ハスキルとフリッチャイはどのような関係にあったのかは知りませんが、このフリッチャイという男は本当に誠実な指揮者です。


  1. ピアノ協奏曲第19番 K.459 フェレンツ・フリッチャイ指揮 ケルン放送交響楽団 1952年5月30日録音

  2. ピアノ協奏曲第20番 K.466 フェレンツ・フリッチャイ指揮 RIAS交響楽団 1954年1月10日録音

  3. ピアノ協奏曲第19番 K.459 フリッチャイ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年9月21日~22日録音

  4. ピアノ協奏曲第27番 K.595 フェレンツ・フリッチャイ指揮 バイエルン国立管弦楽団 1957年9月7日録音



このどれを聞いても、ハスキルへの尊敬と献身が感じられます。
たとえば、有名なニ短調のコンチェルトははっとするほどの暗めの表情で開始されます。しかし、その暗さが幻想的なまでにソッと入ってくるハスキルのピアノを引き立てているのがすぐに分かります。
こういう指揮者ばっかりだったらソリストも幸せなのでしょうが、世の中はそんなに甘くないと言うことです。

そして、最後に聞いたのはジェントルマンとして有名なシューリヒトと、職人クリュイタンスとのコンビです。


  1. ピアノ協奏曲第9番 K.271 カール・シューリヒト指揮 シュトゥットガルト放送交響楽団 1952年5月23日録音

  2. ピアノ協奏曲第24番 K.491 アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス国立放送管弦楽団 1955年12月8日録音



どちらも、実に端正で折り目正しいサポートです。クリュイタンスは本番になると突然練習とは違うことをしたりする面もあるのですが、ここではきっちりとサポートしているのが分かります。

おそらく、ソリストというのは、コンサートの直前に会場に乗り込んで直接音を出してみないと、そのコンサートがどのようなものになるのかは分からないのでしょう。どんなに高名な指揮者であっても、偶々その時は調子が悪かったりやる気がなかったりすることもあるでしょうし、オケのレベルがげんなりするようなものであることもあるでしょう。
それでも、ソリストは「一期一会」の出会いを期待して詰めかける観客のためにベストを尽くさなければいけない存在です。

ハスキルのライブ録音を次から次へと聞いてみて、そんな愚につかないことが頭をよぎった休日でした。

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