ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
ゲオルク・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年9月録音
Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [1.Allegro Con Brio]
Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [2.Andante Con Moto]
Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [3.Allegro]
Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [4.Allegro]
極限まで無駄をそぎ落とした音楽
今更何も言う必要がないほどの有名な作品です。
クラシック音楽に何の興味がない人でも、この作品の冒頭を知らない人はないでしょう。
交響曲と言えば「運命」、クラシック音楽と言えば「運命」です。
この作品は第3番の交響曲「エロイカ」が完成したすぐあとに着手されています。スケッチにまでさかのぼるとエロイカの創作時期とも重なると言われます。(1803年にこの作品のスケッチと思われる物があるそうです。ちなみにエロイカは1803?4年にかけて創作されています。)
しかし、ベートーベンはこの作品の創作を一時的に中断をして第4番の交響曲を作曲しています。これには、とある伯爵未亡人との恋愛が関係していると言われています。
そして幸か不幸か、この恋愛が破局に向かう中でベートーベンはこの運命の創作活動に舞い戻ってきます。
そういう意味では、本格的に創作活動に着手されたのは1807年で、完成はその翌年ですが、全体を見渡してみると完成までにかなりの年月を要した作品だと言えます。そして、ベートーベンは決して筆の早い人ではなかったのですが、これほどまでに時間を要した作品は数えるほどです。
その理由は、この作品の特徴となっている緊密きわまる構成とその無駄のなさにあります。
エロイカと比べてみるとその違いは歴然としています。もっとも、その整理しきれない部分が渾然として存在しているところにエロイカの魅力があるのですが、運命の魅力は極限にまで整理され尽くしたところにあると言えます。
それだけに、創作には多大な苦労と時間を要したのでしょう。
それ以後の時代を眺めてみても、これほどまでに無駄の少ない作品は新ウィーン楽派と言われたベルクやウェーベルンが登場するまではちょっと思い当たりません。(多少方向性は異なるでしょうが、・・・だいぶ違うかな?)
それから、それまでの交響曲と比べると楽器が増やされている点も重要です。
その増やされた楽器は第4楽章で一気に登場して、音色においても音量においても今までにない幅の広がりをもたらして、絶大な効果をあげています。
これもまたこの作品が広く愛される一因ともなっています。
気合いの入った鋭角的な表現がウィーン・フィルとの間で軋みを生じている
私の中ではショルティと言えばつい最近なくなったような感覚があるのですが、確認してみれば20世紀の終わりには既に亡くなっているのであって、没後から既に20年以上の歳月が過ぎ去っているのです。
これは何とも言えず不思議な感覚であって、そう言えばカラヤンなんかもこれと似たような感覚を与えてくれる存在でした。
おそらく、そう言う感覚を持ってしまう背景には、膨大な録音を残したことと、その膨大な録音の少なくない部分が現役盤として長く流通していたことが大きな要因だったのかも知れません。
そして、もう一つこの両者に共通点があるとすれば、存命中は多くのアンチ・ショルティ、アンチ・カラヤンによってボロクソに言われ、とりわけコアなクラシック音楽ファンからは目の敵にされていたと言うことです。
しかし、その経歴を眺めていると、この両者は両極端とも言える存在であったことにも気づかされます。
カラヤンは戦前のドイツにおいて積極的にナチス党員になることによってキャリアを積み重ねていきました。しかし、ドイツの敗戦によってその経歴は大きなマイナスとなり演奏禁止の処分が受けることになるのですが、その苦境を救ったのがEMIのレッグでした。
それに対して、1946年に殆ど無名だったショルティがバイエルンの歌劇場のシェフにおさまることが出来たのは、非ナチ化によって脛に傷を持つドイツ人音楽家が駆逐されたことが大きな要因でした。さらに言えば、その抜擢の背景にはナチスを断固として許さなかったトスカニーニやエーリヒ・クライバーの後押しがあったことをショルティは認めています。
そのおかげで、ミュンヘンにおいてはそれなりに名を知られた指揮者になっていくのですが、そこからさらに飛躍していく手掛かりがなかなか得られずにいました。
そんな鬱屈した日々を救ってくれたのがDeccaのカルショーでした。
今さら言うまでもないことですが、Deccaが社運をかけて取り組んだ「ニーベルングの指輪」の全曲録音にショルティが抜擢されからです。
ショルティが凄いと思うのは、この抜擢に際して、ベートーベンの交響曲も全曲録音させろとカルショーに迫ったことです。
普通ならば、ニーベルングの指輪に抜擢してもらっただけで満足するものです。しかし、ショルティはこの抜擢をさらなるチャンスと見て、カルショーに対してグイグイと要求を押しつけていくのです。
おそらく、カルショーにしてみれば、レーベル幹部の反対を押し切ってショルティを抜擢した以上は何があっても彼を切ることは出来なかったはずです。そして、ショルティもそのあたりの事情は十分に把握していたはずです。
そのあたり、えげつないと言えばえげつない話かも知れないのですが、それくらいの押しの強さがなければこの世界でのし上がっていくことは出来ないのです。
そして、その事はカラヤンもまた同様でした。
さらに言えば、ショルティは「ラインの黄金」でとてもよい仕事をしました。
カルショーもまたその仕事ぶりを見て、ニーベルングの指輪の全曲録音に目処がつく思いをしたはずです。
しかし、ベートーベンの交響曲となると、レーベルとしてもカタログは既に飽和状態でした。そのカタログに今さらショルティによる新しい録音を追加する意味を見いだすのは難しい状態であり、さらに言えば、ウィーン・フィル自身もショルティの棒でベートーベンを録音することには乗り気ではありませんでした。
そこで、カルショーは折衷案をショルティに提案します。
まずは3番、5番、7番を録音して、その録音が商業的に成功すれば残りの作品も録音しようというものでした。
ショルティもまたそのあたりが落としどころと判断したのでしょう、取りあえずはその折衷案を受け容れて録音されたのが、この一連のベートーベン録音だったというわけです。そう言えば、初期盤のジャケットも何とも言えず手抜き感が拭いきれません。(^^;
そして、おそらくはカルショーが予想していたように、その録音は商業的には成功をおさめることはなくて、おそらくは胸をなで下ろしたのではないかと思われます。
レーベルのプロデューサーがレコードが売れなくて胸をなで下ろすというのも不思議な話なのですが、逆から見ればそれほどまでにショルティには指輪の録音に集中してほしかったのであり、そのためにもウィーン・フィルとの間でいらぬ悶着を引き起こしたくなかったのでしょう。
さて、そのベートーベンの録音なのですが、世間的には芳しくない評価が一般的だったのですが、最近はその尖った表現を評価する向きもあるようです。
ただし、その尖った表現が5番では顕著だったのですが、その翌年に録音された「エロイカ」ではかなり後退したものになっています。いや、その一ヶ月後に録音された第7番でもその傾向ははっきりと表れています。
確かに第5番の冒頭などはかなり気合いの入った鋭角的な表現なのですが、それがウィーン・フィルとの間で軋みを生じているのは明らかです。そして、その軋みのなかでショルティの鋭角的表現が少しずつウィーン・フィルのなかに包摂されていくのです。
それは、ウィーン風の曲線的な表現があちこちで顔を出すことからも明らかです。
そして、その包摂された両者の関係は如実に表れてしまっているのが「エロイカ」だろうと思われるのです。
おそらく、この鋭角的な表現が頭の先から尻尾の先まで貫徹されていれば、おそらくレイホヴィッツのベートーベン録音に先立つ先駆的な録音になったかも知れません。
しかし、その様なベートーベンを録音するにはウィーン・フィルというのは相応しい相手ではなかったのでしょう。
そして、この一連の録音が商業的に成功しなかったのは、ショルティに攻撃的なまでの表現が受け容れられなかったのではなくて、それを貫くことが出来ずに、どこか折衷的な表現に留まってしまったからではないかと愚考する次第なのです。
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