シューマン:謝肉祭~4つの音符による面白い情景 作品9
(P)アニー・フィッシャー 1957年6月1日録音
Schumann:Carnaval, Op.9
様々な人間的な感情の交錯
ロマン派の時代におけるピアノ音楽の新しい地平を切り開いたシューマンの、最初期における輝かしい金字塔がこの作品です。
最初と最後に音楽全体の序と終結の役目を果たす比較的規模簿の大きな曲を配置し、その間に様々な容貌と特徴を持った華麗なる19の小品をちりばめたこの作品は、古典派のかたぐるしい上着を脱ぎ捨てて、人間的な感情のあふれるがままに楽想を飛翔させたものです。
ただし、シューマンが偉大なのはその様な飛翔が恣意的で放埒なものになることなく、全ての音楽がごく小さな根本動機からの変奏として作品全体が強固に結びあわされていることです。
しかし、このような言葉による説明は現実に鳴り響く音楽の前では虚しいだけです。
私たちはその音楽に謙虚に耳を傾ければ、シューマンがこの作品に施した様々な謎かけに関する知識などを持たなくても、光と影が明滅する木漏れ日のように、様々な人間的な感情の交錯に陶然とさせられます。
ここにおいて神は音楽の表舞台から退場し、音楽は純粋に人間にのみ仕えるようになったのです。
第1曲:前口上
第2曲:ピエロ
第3曲:アルルカン
第4曲:高貴なワルツ
第5曲:オイゼビウス
第6曲:フロレスタン
第7曲:コケット
第8曲:スフィンクス(謎として沈めてあると言うことで通常は演奏されない。フィッシャーもその指示に従っています。)
第9曲:パピヨン
第10曲:A.S.C.H. - S.C.H.A. - 踊る文字
第11曲:キアリーナ
第12曲:ショパン
第13曲:エストレラ
第14曲:めぐりあい
第15曲:パンタロンとコロンビーヌ
第16曲:ドイツ風ワルツ?
第17曲:パガニーニ(間奏曲)
第18曲:告白
第19曲:プロムナード(散歩)
第20曲:休憩
第21曲:ペリシテ人と戦うダヴィッド同盟の行進
「音」というパーツの精度を極限まで高め、そのパーツをに寸分の誤差もなく組み立てることでシューマンの底深い情念を再現した
シューマンのピアノ作品はどうにも苦手なので敬遠していました。
フィッシャーの録音に関してもモーツァルトやベートーベンはさっさと聞いてはいたのですが、シューマンだけは長く放置されていました。
しかし、それでは古典派だけでこのピアニストを判断することになりますし、何よりも録音の数そのものが少ないのですから、いつまでも放置ではイカンだろうと言うことで聞いた見たのです。
そして、聞いてみて度肝もを抜かれたのです。
異論はあるでしょうが、これはもうシューマンに関してはホロヴィッツと並んで絶対に無視できない録音だとは言えそうです。
ただし、こういう書き方をすると「○○をご存知でしたらね」みたいな哀れみを込めたメールをいただくことになるのですが、まあ、それでも凄いものは凄いので、敢えてこう書ききりましょう。(^^v
こういう演奏を聞くと、まさにプロだなと感心させられます。
特に、この直前にはモーラ・リンパニーの、それもピアニストとしては第一線を退いていた時期のコンチェルトを聞いていたので、その違いには唖然とするしかありません。
おかしな話ですが、ある意味ではマチュア精神に溢れたリンパニーのコンチェルトは、誰の耳が聞いても驚かされる凄みを持っています。もしも、それを実演などで聞かされた日には、その凄みにノックアウトされることは間違いありません。
そして、今の日本でも、こういうスタイルの演奏でリストなんかを取り上げて人気を博しているピアニストがいますね。
そう言うスタイルの演奏と較べれば、こういうフィッシャーのような演奏は派手さは一切ないので、多くの聞き手にアピールするのは難しいかも知れません。
しかし、ある程度はクラシック音楽というものを聞き続けてきた耳であれば、この演奏の背後に秘められた驚くべき精度さと、それに裏付けられた深い情念には気づくはずです。
それは喩えてみれば、通常の工業製品ならば精々が10分の1ミリ程度の精度で仕上がっているものが、フィッシャー工房の手作りではネジ1本に至るまでもが100分の1ミリの精度で仕上がっているようなものです。
そして、驚くべきは、その精度でもってシューマンという製品をイメージできている凄さです。
考えてみれば、ロマン派を代表する典型的な性格小品の本家本元がシューマンなのですから、多くのピにストはその雰囲気に乗っかってザックリ仕上げていることが多いのです。
そして、シューマンのピアノ作品にいつもなにがしかの不満を感じていたのは、そう言う仕上げの雑さが原因だったことをこのフィッシャーの演奏は教えてくれたのです。
情念は雰囲気ではなくて、精度です。
シューマンの底深い情念を形づくっている「音」というパーツの精度を極限まで高め、その精緻なパーツをさらに寸分の誤差もなく組み立てることで再現して見せているのです。ですから、ここに雰囲気に甘えて曖昧に弾きとばしてるようなパーツはただの一つもありません。
そして、それを証明しているのが、私が冗談半分で「フィッシャー・ペース」と呼んでいる録音クレジットです。
噂によると、これだけ時間をかけて録音を行っても、結局はフィッシャーがOKを出さなかったのでお蔵に入ってしまったものも少ないそうです。(彼女が亡くなってからお蔵から出てきたそうです)
そして、これが音楽というものの難しいところなのでしょうが、結局そこまで細部にこだわって作り込むことで逆にスポイルされる部分も少なくないので、結果としては思わしくないことになってしまうこともあったようです。
ただし、この一連のシューマンの録音に関してはあり得ないほどの日数はつぎ込んでいないので、こだわった事によるプラスがマイナスを上回ったようです。
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