モーツァルト:ピアノ協奏曲第14番 変ホ長調 K.449
(ピアノと指揮)ゲザ・アンダ:ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ 1966年4月録音
Mozart:Piano Concerto No.14 in E-flat major, K.449 [1.Allegro vivace]
Mozart:Piano Concerto No.14 in E-flat major, K.449 [2.Andante]
Mozart:Piano Concerto No.14 in E-flat major, K.449 [3.Allegro ma non troppo]
ウィーン時代のピアノコンチェルト

ウィーンでの売れっ子ピアニストとしての生活が始まると、モーツァルトはその需要に応えるために次々と協奏曲が生み出していきます。
第14番 K449:1784年2月9日完成
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第15番 K450:1784年3月15日完成
第16番 K451:1784年3月22日完成
第17番 K453:1784年4月12日完成
第18番 K456:1784年9月30日完成
第19番 K459:1784年12月11日完成
いわゆる売れっ子ピアニストであるモーツァルトのための作品群です。
1784年はモーツァルトの人気が絶頂にあった年で、予約演奏会の会員は174人に上り、大小取りまぜて様々な演奏会に引っ張りだこだった年となります。そして、そのような需要に応えるために次から次へとピアノ協奏曲が作曲されていきました。また、このような状況はモーツァルトの中にプロの音楽家としての意識を芽生えさせたようで、彼はこの年からしっかりと自作品目録をつけるようになりました。おかげで、これ以後の作品については完成した日付が確定できるようになりました。
なお、この6作品はモーツァルトが「大協奏曲」と名付けたために「六大協奏曲」と呼ばれることがあります。
しかし、モーツァルト自身は第14番のコンチェルトとそれ以後の5作品とをはっきり区別をつけていました。それは、14番の協奏曲はバルバラという女性のために書かれたアマチュア向けの作品であるのに対して、それ以後の作品ははっきりとプロのため作品として書かれているからです。
つまり、この14番も含めてそれ以前の作品にはアマとプロの境目が判然としないザルツブルグの社交界の雰囲気を前提としているのに対して、15番以降の作品はプロがその腕を披露し、その名人芸に拍手喝采するウィーンの社交界の雰囲気がはっきりと反映しているのです。
ですから、15番以降の作品にはアマチュアの弾き手に対する配慮は姿を消します。
そうでありながら、これらの作品群に対する評価は高くありませんでした。
この後に来る作品群の評価があまりにも高いが故にその陰に隠れてしまっているという側面もありますが、当時のウィーンの社交界の雰囲気に迎合しすぎた底の浅い作品という見方もされてきたからです。しかし、最近はそのような見方が19世紀のロマン派好みのバイアスがかかりすぎた見方だとして次第に是正がされてきているように見えます。
オーケストラの響きが質量ともに拡張され、それを背景にピアノが華麗に明るく、また時には陰影に満ちた表情を見せる音楽は決して悪くはありません。
モーツァルト:ピアノ協奏曲第14番 変ホ長調 K.449
このコンチェルトは出版のためでも、演奏会のためでもなく、彼のピアノの教え子であったバルバラ・フォン・ブロイヤー嬢のために作曲されました。
モーツァルト自身も「これは全く特殊なジャンルの協奏曲で、大編成よりは小編成のオーケストラのために書かれています」と記しているのです。
そのために、響きが華やかで外向的なものになりやすいハ長調やニ長調ではなくて、どちらかと言えば内輪の親密な雰囲気を出しやすい変ホ調が採用されています。
しかしながら、モーツァルトはこの作品を弟子のための練習曲に留めたわけではなく、自分自身の演奏会でも取り上げています。
そして、その演奏会の模様についても「ボクの弾いた新しい協奏曲は特に受け、どこへ行ってもこの演奏会を褒め讃えています」と胸を張っています。
- 第1楽章:Allegro vivace
- 第2楽章:Andante
- 第3楽章:Allegro ma non troppo
真正なる「田舎くささ」の魅力が溢れています
モーツァルトのピアノコンチェルトと言えばセルとカサドシュのコンビによる録音が一つのスタンダードでした。このコンビによる録音でモーツァルトと出会い、以来40年近くにわたって聞き続けてきました。
今さらいうまでもないことですが、とても立派なモーツァルトです。
しかし、その事は認めながらも、これを聞いて「退屈でつまらん」と思う人がいても否定はしません。
なんだか、最近、そんな思いがふとよぎる自分に驚くことがあります。
年をとるというのは不思議なものです。
何ともはや、恐れを知らぬ物言いですが、まあそう言う「怖いもの知らず」は年寄りの特権でもあります。
何故そんな思いがよぎるのかと言えばゲザ・アンダのモーツァルトを聞いたからです。
アンダは1961年から68年にかけて「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」と言うオケを使ってモーツァルトのピアノ協奏曲を全曲録音しています。
「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」はモーツァルテウム音楽院の教授と彼らの教え子である優秀な学生によって構成された室内楽オケであり、シャンドル・ヴェーグの時代に黄金期を迎えたことはよく知られています。
アンダはこの手頃なオケを使って弾き振りで全集を完成させています。
言うまでもないことですが、いわゆる演奏の完成度と言うことで言えば、セルとカサドシュの録音には及びません。
70年代に録音され、その後スタンダードとなったブレンデルとマリナーの演奏と比べてもその差は明らかですし、内田光子とジェフリー・テイト(2017年の6月に鬼籍には入られました)との全集とくらべても、と言うように、いくらでも言葉を連ねることが出来ます。
ひと言で言えば「田舎くさい」のです。
しかし、世の中が「グローバル・スタンダード」という訳の分からぬ言葉で埋め尽くされ、その片方で「地方の時代」だという胡散臭いアジテーションが跋扈する社会から眺めてみれば、この真正なる「田舎くささ」はとても魅力的に映ります。
そして、その田舎くさい自由と明朗さは、グローバル企業で働くエリートビジネスマン的な価値観に対する最も有効なカウンターパンチになることに気づかされます。
ここでのアンダはとっても自由です。
オケの長い提示部を経て、ピアノが千両役者ととして登場してくるような場面では嬉しさが抑えきれないようにテンポが走り出していきます。
逆に、歌いたいところに来るとグッとテンポを抑えて思う存分に歌い上げています。聞きようによってはコブシがまわっているかと思うほどの感情移入であり、まるでド演歌版のモーツァルトに聞こえ部分もあります。
そこにあるのは、モーツァルトの音楽に内包されている人間の率直な感情の表出であり、一分の隙もないエリートビジネスマン的な完璧さとはかなり遠いところで音楽は成り立っています。
おそらく、この背景には「ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカ」という極めて親密な関係で結ばれたオーケストラを弾き振りで演奏していることが大きく寄与しているのでしょう。
弾き振りというのは下手をすると「オーケストラ伴奏つきのピアノ曲」になってしまう危険性をはらんでいます。
ソリストがピアノに集中するのは当然なのですが、その集中が深くなればなるほどオーケストラのコントロールがおろそかになるからです。
しかし、ここでのオーケストラはその親密さのゆえに、指揮者のコントロールがおろそかになっても、まるで一つの有機体のように振る舞っています。
その結果として、このコンチェルトはピアノとヴァイオリンによる「ヴァイオリン・ソナタ」のように、ピアノとオーケストラという楽器による「オーケストラ・ソナタ」のような自由さを獲得しているのです。
これを「大雑把」と捉えるか「骨太」と捉えるかは聞き手の好みにもよるでしょう。
しかし、基本的にはこういう演奏を「大雑把」ととらえて切り捨てていた自分が、久しぶりに聴き直してみて心動かされてしまったという事実にいささか驚かされてしまいました。
そして、その驚きが最初に述べたような恐れ多い物言いとなってしまったのです。
確かに、年をとると不思議なことがたくさん起こります。
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