モーツァルト:ディヴェルティメント 第11番 ニ長調 K.251「ナンネル・セプテット」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1966年8月21日~22日録音
Mozart:Divertimento in D Major, K.251 "Nannerl-Septett" [1. Allegro molto]
Mozart:Divertimento in D Major, K.251 "Nannerl-Septett" [2. Menuetto]
Mozart:Divertimento in D Major, K.251 "Nannerl-Septett" [3.Andantino]
Mozart:Divertimento in D Major, K.251 "Nannerl-Septett" [4. Menuetto (Tema con variazioni)]
Mozart:Divertimento in D Major, K.251 "Nannerl-Septett" [5. Rondeau (Allegro assai)]
Mozart:Divertimento in D Major, K.251 "Nannerl-Septett" [6. Marcia alla francese]
弦楽器と管楽器のためのディヴェルティメント
Mozart:Divertimento in D Major, K.251 "Nannerl-Septett"
Herbert von Karajan:Berliner Philharmoniker, Orchestra Recorded on August 21-22, 1966
このディヴェルティメントは姉ナンネルの「霊名の祝日」のために書かれたので「ナンネル・セプテット」と呼ばれることがあります。
アインシュタインはナンネルの25歳の誕生日(7月30日)のために書かれた作品と述べているのですが、当時のカソリック圏では「誕生日」よりも「霊名の祝日」の方が重要視されたので、現在ではナンネルの「霊名の祝日(7月26日)」のために書かれたものと言うことで落ちついています。
モーツァルトはこの直前にザルツブルグの市長も務めていたハフナー一族の結婚式のために本格的なセレナードの注文を受けていて(ハフナー・セレナード K.250)、それを仕上げた後に大急ぎでこの作品を仕上げたようです。
そのために、アインシュタインなどは「他の3曲よりも急いでやや投げやり書かれたもの」と述べているのですが、それでもこの音楽にあふれる快活で陽気な雰囲気は姉への贈り物にピッタリですし、もしかしたらこれほど明るく弾むような音楽はそれまで書いたことがなかったのではないかと思うほどです。
さらに、この作品を特徴づけるのは、第1ヴァイオリンと競うかのようにオーボエがその主役の座を狙っていることです。
とりわけ、「Andantino」で弦楽器による美しい旋律を独奏オーボエが引き継ぐところなどは到底「急いでやや投げやり書かれた」ものとは思えない美しさにあふれています。
そこには、才能あふれる姉への愛情と尊敬があふれていますし、アインシュタインが指摘しているように、10年前にともにパリで過ごした日々を思い出すためにフランス風を演じてみたのでしょう。
それは「オーボワ」が非常にフランス的な楽器だからである。
ゲーテの劇のなかで、エグモントがクレールヒェンのまえに「スペイン風に」、つまりスペインの服装で現われ出ようとしたのと同様に、ヴォルフガングは姉さんのまえで「フランス風に」ふるまいたかったのである。
おそらくそれは、1764年と1766年に(つまり10年前に)パリでいっしょに住んでいた日々の想い出のためであろう。
- 第1楽章:Allegro molto
- 第2楽章:Menuetto
- 第3楽章:Andantino
- 第4楽章:Menuetto
- 第5楽章:Allegro assai
- 第6楽章:Marcia alla francese
弦楽器と管楽器のためのディヴェルティメント
ディヴェルティメントというのは18世紀に流行した音楽形式で、日本語では「嬉遊曲」と訳されていました。しかし、最近ではこの怪しげな訳語はあまり使われることがなく、そのままの「ディヴェルティメント」と表示されることが一般的なようです。
さて、このディヴェルティメントとよく似た形式としてセレナードとかカッサシオンなどがあります。これらは全て貴族などの上流階級のための娯楽音楽として書かれたものだと言われていますが、その区分はあまり厳密ではありません。
ディヴェルティメントは屋内用の音楽で、セレナードは屋外用の音楽だったと説明していることが多いのですが、例えば有名なK.525のセレナード(アイネク)がはたして屋外での演奏を目的に作曲されたのかと聞かれればいたって疑問です。さらに、ディヴェルティメントは6楽章構成、セレナードは8楽章構成が典型的な形と書かれていることも多いのですが、これもまた例外が多すぎます。
さらに言うまでもないことですが、19世紀以降に書かれたセレナード、例えばチャイコフスキーやドヴォルザークなどの「弦楽ためのセレナード」などは、18世紀おけるセレナードとは全く違う種類の音楽になっています。ディヴェルティメントに関しても20世紀になるとバルトークの「弦楽のためのディヴェルティメント」のような形で復活するのですが、これもまた18世紀のものとは全く異なった音楽となっています。
ですから、これらは厳密なジャンル分けを表す言葉として使われたのではなく、作曲家の雰囲気で命名されたもの・・・ぐらいに受け取っておいた方がいいようです。
実際、モーツァルトがディヴェルティメントと命名している音楽だけを概観してみても、それは同一のジャンルとしてくくることに困難を覚えるほどに多様なものとなっています。
楽章構成を見ても6楽章構成にこだわっているわけではありませんし、楽器構成を見ても管楽器だけによるもの、弦楽器だけのもの、さらには両者を必要とするものと多種多様です。作品の質においても、「卓上の音楽」にすぎないものから、アインシュタインが「音楽の形式をとった最も純粋で、明朗で、この上なく人を幸福にし、最も完成されたもの」と褒めちぎったものまで、これもまた多種多様です。アインシュタインは、全集版において「ディヴェルティメント」という名前がつけられていると言うだけで、騎馬バレーのための音楽と繊細この上ない室内楽曲がひとまとめにされていることを強く非難しています。ですから、彼は全集版にしたがって無造作に分類するのではなく、作品を一つ一つ個別に観察し、それがどのグループに入るかを決める必要があると述べています。
新モーツァルト全集においては、アインシュタインが指摘したような「無情」さは幾分は改善されているようで、楽器構成を基本にしながら以下のような3つのカテゴリーに分類しています。
- <第1部> オーケストラのためのディヴェルティメント、カッサシオン
- <第2部> 管楽器のためのディヴェルティメント
- <第3部> 弦楽器と管楽器のためのディヴェルティメント
アインシュタインが「音楽の形式をとった最も純粋で、明朗で、この上なく人を幸福にし、最も完成されたもの」と評価したのは「K247・K287・K334」の3つの作品のことで、新全集では第3部の「弦楽器と管楽器のためのディヴェルティメント」のカテゴリに分類されています。さらに、姉ナンネルの誕生日のために書かれたK251(アインシュタインは「他の3曲よりもやや急いで投げやりに書かれた」と評しています)や、彼がこのような室内楽的な繊細さの先駆けと評したK205もこのカテゴリにおさめられています。
ただし、このカテゴリにはいくつかの断片作品の他にK.522:音楽の冗談 ヘ長調「村の音楽家の六重奏曲」がおさめられているのは謎です
- K205:ディヴェルティメント 第7番 ニ長調…「5、6人の演奏者が行進曲とともに登場、退場し、庭にのぞんだ蝋燭の光に明るい広間で、本来のディヴェルティメントが演奏するさまが想像される。」
- K247:ディヴェルティメント 第10番 ヘ長調「第1ロドロン・セレナーデ」…「二つの緩徐楽章の第1の方はアイネ・クライネのロマンツェを予感させる。」
- K251:ディヴェルティメント 第11番 ニ長調「ナンネル・セプテット」…「なぜオーボエを使うのか?それはオーボエが非常にフランス的であるからである。ヴォルフガングはお姉さんの前でフランス風に振る舞いたかったのである。おそらくそれは、パリで一緒に住んでいた日々の思い出のためであろう。」
- K287:ディヴェルティメント 第15番 変ロ長調「第2ロドロン・セレナード」…「2番目のアダージョはヴァイオリン・コンチェルトの純正で情の細やかな緩徐楽章となる。そして、フィナーレは、もはや「結末」ではなく、一つの偉大な、全体に王冠をかぶせる終楽章になっている。」
- K334:ディヴェルティメント 第17番 ニ長調「ロビニッヒ・ディヴェルティメント」…「2番目の緩徐楽章はヴァイオリンのためのコンチェルト楽曲であって、独奏楽器がいっさいの個人的なことを述べたてるが、伴奏も全然沈黙してしまわないという「セレナード」の理想である。」
自分の楽しみのためだけに指揮をしてるように聞こえるモーツァルトです
カラヤンは前年に引き継いで、1966年にも避暑地のサンモリッツで、気のおけないベルリンフィルのメンバーと気楽な感じで演奏会やセッション録音を行っています。
この時に録音されたのがヘンデルの合奏協奏曲から3曲(第5番、第12番、第10番)と、モーツァルトのディヴェルティメントが2曲(第11番ニ長調 K.251、第10番ハ長調 K.247)でした。
録音クレジットを見てみるとこれらの録音は66年の8月17日から23日にかけて行われているのですが、驚くのは、おそらくこの23日で夏のお休みを切り上げて、25日からダーレムのイエス・キリスト教会でワーグナーの「ワルキューレ」の録音を開始していることです。
おそらく夏の休暇と言っても、その間もおそらくは「ワルキューレ」のスコアとにらめっこしていたんだろうなと想像されます。
カラヤンという男は絶対に「汗」を見せない人だったのですが、それでもこういう点と点を結んでいくと、彼は尋常でない努力を裏で積み重ねていたことは疑う余地はありません。
そして、そう言う大変な日々の中で、結局彼の心と体をいやしたのは「音楽」だったのだと思わせてくれるのが、この避暑地における音楽なのです。
そう言えば、バックハウスはとある淑女から「マエストロはお暇なときは何を為されているのですか」と問われたときに「自分の楽しみのためにピアノを弾いています」と答えたというのは有名な話です。
そして、こういう避暑地でのカラヤンの録音を聞いていると、それはまさに暇なときに自分の楽しみのためだけに指揮をしているように聞こえるのです。
ただし、指揮者はピアニストと違って、自分の楽しみのために指揮をしようと思えばオーケストラを用意する必要があります。
普通はそんな「贅沢」な事は出来ないのですが、それが出来てしまうことがカラヤンの凄いところだったのでしょう。
そして、こんな書き方をするとカラヤンには申し分けないのですが、この何とも言えず肩の力の抜けた楽しげなモーツァルトは、カラヤンとベルリンフィルが本気で録音した時のモーツァルトよりもはるかにモーツァルトらしいのです。
おそらくは、サンモリッツに集ったのはベルリンフィルの主なメンバーではあったでしょうがフルメンバーではなかったはずです。
クレジットが「ベルリンフィル管弦楽団」とはなっていても、その編成はかなり小ぶりであったと思われます。
ところが、その小編成の弦楽合奏が紡ぎ出す響きの何という美しさ!!
そして、時々聞こえる独奏ヴァイオリンのうっとりするような響きと伸びやかなホルンの何という美しさ!!
これを聞いてしまうと、何故にカラヤンは本気モードの時にあそこまで過剰な響きでモーツァルトを描き出そうとしたのかと疑問に思わざるを得ません。
しかし、そう言う愚痴をこぼすのはやめましょう。
こういう形で、カラヤンという指揮者の素顔が垣間見られるような録音の幾つかが残ったのですから、それで良しとすべきなのでしょう。
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