モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1963年5月20日録音
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [1.Molto Allegro]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [2.Andante]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [3.Menuetto]
Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [4.Allegro assai]
これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。
モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。
そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。
完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。
自らの若さを前面に出して、この上もなく直線的で躍動感に満ちた演奏を繰り広げている
バーンスタインのモーツァルトというのはどこかしっくりと来ませんでした。
世間的には80年代にウィーンフィルを指揮した後期の交響曲集が評価されているようですが、何故か、私の中ではほとんど記憶に残っていません。記憶に残っていないと言うことは、それほどがっかりもしなかったけれども、感心もしなかったと言うことです。
モーツァルトの交響曲なんてものは、それこそ次から次へと供給されますから、そうやって供給される録音の一つくらいの位置づけしか感じなかったのでしょう。
こんな事を書くとバーンスタインを愛する方からはお叱りを受けそうなのですが、その頃私がすっかり気に入っていたのがセル&クリーブランド管による録音でした。
ですから、当時の私にとってモーツァルトというのはもっとスッキリと見通しの良い音楽として認識されていたのです。
もちろん、色々な録音を聞いていくことによって、それだけがモーツァルトの全てではないと言うことも多少は分かっていきました。
例えば90年代に、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団という聞いたこともないようなマイナー・オケと録音したペーター・マークのモーツァルトなんかにすっかり魅せられたりもしたものでした。
しかし、そうなってみると、バーンスタインの録音はあまりにも「常識」の範囲に収まっているような気がしたものです。
音楽表現では「アポロン」「デモーニッシュ」という言葉がよく使われます。
その言葉を借用すれば、セルが「アポロン」の代表格ならば、マークやフルトヴェングラーが「デモーニッシュ」の代表となるのでしょう。
そして、その両端を結んだライン上に、多くの指揮者が己の見識と感性に従って然るべき立ち位置を見いだすのでしょうが、その「存在感」は「両端」ほどには大きくはならないと言うことです。
しかし、こういう書き方をすると、表現というものはどちらか一方に振り切れないと意味が希薄になるように受け取られかねないのですが、それは違います。
おそらく、振り切れた表現というのは、どんな耳にも「分かりやすい」ものです。
それと比べると、振り切れていない表現というものは、その穏やかな表現の中に真に音楽的なものが含まれているのか、それともただただ空疎なだけなのかを聞き取るには、聞き手の側にそれなりの「傾注」が求められます。
例えば、中庸の極みと言われるクーベリック&バイエルン放響によるモーツァルトなどは、その素晴らしさを聞き取るには強い「傾注」が求められるのです。
バーンスタインという人の特徴は常に振り切れることを目指していたことです。フルトヴェングラーにしても、トスカニーニにしてもみんな振り切れていましたし、それ故に彼らの音楽は常に「分かりやすかった」のです、
面白いのは、バーンスタインの場合は、その振り切れるベクトルがニューヨーク時代の若い頃と、それ以後のウィーンフィルとの客演を中心にした時代とでは真逆になることです。
振り切れるタイプとしては、それはかなり珍しい部類にはいると思われます。
そして、振り切るにはそれなりのパワーが必要なのですが、さすがのバーンスタインも晩年に向かうにつれて少しずつフルスイングが出来なくなっていたように感じられます。(ただただテンポが遅くなっていった)
そう思えば、この若い頃に録音したモーツァルトは見事なまでにフルスイングしています。
当時のモーツァルトのスタンダードはワルターでした。
おそらく、若いバーンスタインはそのワルターの姿を常に間近で見続けていたと思います。そして、どうあがいても、自分はワルターのようにはモーツァルトは演奏できないことは分かっていたはずです。
いや、そんな事はバーンスタインだけに限った話ではなくて、誰だってワルターのようにはモーツァルトは指揮できないのです。
ですから、ここでは、そんなワルター的なモーツァルトに喧嘩を売るような勢いでフルスイングしています。もちろん、喧嘩を売るつもりはなかったでしょうが(^^;、それでもそう感じてしまうほどに「真逆」のスタンスで臨まざるを得なかったのでしょう。
同じく独襖系の王道たるベートーベンやブラームスの交響曲だと妙に生真面目で律儀になるのに、何故かモーツァルトの交響曲では自らの若さを前面に出して、この上もなく直線的で躍動感に満ちた演奏を繰り広げているのは、ある意味ではワルターの背後霊の為せる技だったのかも知れません。
そして、さらに細かい話になるのですが、この一連の録音は思わぬところでもワルターの背後霊に絡め取られたようなのです。
交響曲第36番 ハ長調 "Linz" K386:1961年3月6日録音:初出 1971年→10年塩漬け
交響曲第39番 変ホ長調 K.543:1961年3月20日録音:初出 1967年→6年塩漬け
交響曲第40番 ト短調 K.550:1963年5月20日録音:初出 1967年→4年塩漬け
交響曲第41番 ハ長調 "Jupiter" K.551:1968年1月25日録音:初出 1971年→4年塩漬け
どの録音も随分と長い間塩漬けにされていたことが分かります。
リンツ・シンフォニーなどは10年も塩漬けにされていますし、超メジャー曲のト短調シンフォニーやジュピター・シンフォニーでも4年間も塩漬けにされています。
理由は明らかでしょう。
CBSレーベルのカタログに、モーツァルトの後期シンフォニーに関してはワルターの録音があれば十分だったのです。
そして、その事をバーンスタイン自身も不満にも思わなかったのでしょう。
穿ちすぎた見方かも知れませんが、様々な意味で「恐るべしブルーノ・ワルター!!」・・・なのです。
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