クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」組曲

アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団 (ツィンバロン)トーニ・コーヴェス 1956年11月録音





Kodaly:Hary Janos suite [1.Prelude. The Fairy Tale Begins]

Kodaly:Hary Janos suite [2.Viennese Musical Clock]

Kodaly:Hary Janos suite [3.Song]

Kodaly:Hary Janos suite [4.The Battle and Defeat of Napoleon]

Kodaly:Hary Janos suite [5.Intermezzo]

Kodaly:Hary Janos suite [6.Entrance of the Emperor and His Court


ハンガリー農民のイマジネーションと真実

1926年に喜歌劇「ハーリ・ヤーノシュ」が成功をおさめると、バルトークのすすめもあって、そのオペラから6つのエピソードを選び出して管弦楽用の組曲を作曲することになりました。そして、結果としてこの組曲がコダーイの代表作となりました。

この組曲は以下の6つの場面から成り立っています。各曲にはコダーイ自身によって説明が付与されています。


  1. 前奏曲、おとぎ話は始まる (Elojatek, Kezd0dik a tortenet)
    「意味深長なくしゃみの音で”お伽噺は始まる”ことになります。」

  2. ウィーンの音楽時計 (A becsi harangjatek)
    「場面はウィーンの王宮。ハンガリーからやって来た純朴な青年ハーリは、有名なウィーンの”オルゴール時計”を見て、すっかり驚き、夢中になってしまいます。時計が鳴り出すと、機械仕掛けの小さな兵隊の人形が現れます。
    華やかな衣装を身に纏ったからくり人形が、時計の周りをぐるぐる行進し始めるのです。」

  3. 歌 (Dal)
    「ハーリとその恋人(エルジュ)は、彼らの故郷の村のことや、愛の歌に満たされた静かな村の夕暮れのことを懐かしみます。」

  4. 戦争とナポレオンの敗北 (A csata es Napoleon veresege)
    「司令官となったハーリは、軽騎兵を率いてフランス軍に立ち向かうことになりました。ところが、ひとたび彼が刀を振り下ろすと、さあどうでしょう。フランス軍の兵士たちは、まるでおもちゃの兵隊のように、あれよあれよとなぎ倒されていくではありませんか!
    一振りで2人、ふた振りで4人、そして更に8人10人・・・と、フランス軍の兵隊たちは面白いように倒れてゆきます。
    そして最後に、ナポレオンがただ一人残され、いよいよハーリとの一騎討ちと相成りました。
    とはいっても、本物のナポレオンの姿など見たことのないハーリのこと、『ナポレオンという奴はとてつもない大男で、それはそれは恐ろしい顔をしておった・・・。』などと、想像力たくましく村人たちに話します。
    しかし、この熊のように猛々しいナポレオンが、ハーリを一目見ただけで、わなわなと震えだし、跪いて命乞いをしたというのです。
    フランスの勝利の行進曲”ラ・マルセイエーズ”がここでは皮肉にも、痛々しい悲しみの音楽に変えられています。」

  5. 間奏曲 (Intermezzo)
    「この曲は間奏曲ですので、特に説明はありません。」

  6. 皇帝と廷臣たちの入場 (A csaszari udvar bevonulasa)
    「勝利を収め、ハーリはいよいよウィーンの王宮に凱旋します。ハーリは、その凱旋の行進の様子を、想像力たくましく思い描きます。しかし所詮は、空想に基く絵空事。
    ここで描かれているのも、ハンガリーの農民の頭で想像した限りでの、それは豊かで、それは幸福な、ウィーンのブルク王宮の様子に過ぎません。」



この6つの場面は二つの世界から成り立っていることに気づかされます。
まず一つは、ハーリ・ヤーノシュという人物が生み出したイマジネーションの世界です。

第2曲の「ウィーンの音楽時計」はハーリがウィーンの王宮を訪れたときの話と言うことになっています。ハーリはその王宮でオーストリア皇帝フランツの娘から求婚されたが断ったと自慢するのですが、ここで描かれているのはその王宮にあった「オルゴール時計」の話です。
時計が鳴り出すと、機械仕掛けの小さな兵隊の人形が現れてぐるぐる行進し始め様子にハーリはすっかり驚き、夢中になってしまうのです。

そんなハーリは第4曲の「戦争とナポレオンの敗北」で、ハーリ一人の力でナポレオン軍を打ち破った話をはじめます。そのお話は3つの部分から成り立っていて、まずは勇ましくフランス軍が行進してきて、さらには英雄ナポレオンが登場するのですが、それもあっという間にハーリによって打ち破られるというのです。

そして、最後の第6曲では、ナポレオンに勝利したハーリは華々しくウィーンの宮廷に凱旋することになるのです。面白いのは、ここで描かれている皇帝や宮廷のお偉いさん達は、すべてハーリというハンガリーの素朴な農民が夢想した姿として描かれていることです。そして、それは第4曲で描かれるナポレオンにも共通しています。
小さな主題が馬鹿馬鹿しいまでの大仕掛けで表現されていく様子は、それが明らかに冗談音楽であることを示しているのですが、その冗談の向こう側に素朴なハンガリの農民の気質が刻み込まれていることにも気づかされるのです。

そして、その様なハンガリーの農民の真実の気質が美しく歌い上げられているのが、第1曲,第3曲,第5曲です。
つまり、この組曲はその様な真実と冗談のようなイマジネーションが交互に織りあわされているのです。

第1曲の前奏曲には、ただのホラ話ではなくて、それを生み出した民族の誇りが描かれています。
第3曲の「歌」はハンガリー民謡の「こちらはティーサ河、あちらはドゥーナ河」から編曲されたもので、民族がもつ深くて高貴な愛情が描かれています。

そして第5曲は「間奏曲」という素っ気ないタイトルがつけられ、コダーイ自身も「特に説明はありません。」と素っ気ないのですが、個人的にはこれがこの作品の中の白眉だと考えています。
私はこの音楽を聞くたびに、涙をふりはらいながら踊り続ける男の姿が浮かぶのです。
冒頭の旋律はヴェルブンコシュという、若者を軍に募るための舞曲によるものだと言うことなのですが、それがこの音楽に涙を感じさせる要因なのかもしれません。そして、ホルン・ソロに始まる素朴な美しさにあふれたトリオの部分がその涙にさらに深みを与えています。

コダーイが終生愛し続けたハンガリーの農民の魂があふれています


ドラティは僅か14歳でフランツ・リスト音楽院に入学を許され、その音楽院で4年にわたって教えを受けたのがコダーイでした。
当時、その音楽院では一人の教師が一つのクラスのすべての授業を受け持つシステムをとっていたので、ドラティは作曲にかかわるありとあらゆる事をコダーイから学んだことになります。

そのクラスは男性ばかりで15人だったとドラティは回想しているのですが、その中でドラティだけが飛び抜けて若かったとのことです。
当時の学制では入学に関する年齢制限がなかったので、試験に合格さえすれば誰でも入学が許可されたのです。

さらに、ドラティの回想によれば、当時のコダーイの立ち位置はかなり微妙なものだったようです。

当時のハンガリーではブラームスの影響が大きくきわめて保守的なものだったので、音楽院の中でのコダーイへの風当たりはかなり強かったのです。また、ドラティ自身も恵まれた音楽環境の中で育ったのですが、ブダペスト・フィルのヴァイオリニストをつとめていた父親はコダーイの革新的な音楽には批判的であり、その両親と教師との軋轢を「モンタギュー家対キャプレット家」のような状況だったと振り返っています。
もちろん、コダーイはその様な圧迫に対して、「私は昨日のために教えることは出来ない」として譲ることはなく、教え子のために彼は立ち向かうべき時には立ち向かったと回想していました。

そして、ドラティは結局は作曲家になることはなかったのですが、それでも作曲の知識はすべての音楽活動の基礎であり、コダーイから学んだことは生涯の大部分に至るまで豊かな「貯蔵」として役立ったと述べています。

実際、ドラティはコダーイにとっても優秀な教え子だったようです。
この「ハーリ・ヤーノシュ」組曲の初演はバルセロナの「パウ・カザルス管弦楽団」の定期演奏会で行われたのですが、そのリハーサル用のピアノ版スコアが間に合わないという状況になってしまいました。そこで、コダーイはスコアの何枚かを信頼に足る教え子に託してバルセロナに向かわせたのですが、その中に若きドラティが選ばれていたのです。

ですから、ドラティが演奏するコダーイの作品は師匠直伝と言うことになるのですが、そう言う「いい加減」な箔をつける必要もないほどに、そこにはコダーイが終生愛し続けたハンガリーの農民の魂があふれています。

ドラティは56年に手兵のミネアポリス交響楽団とハーリ・ヤーノシュの組曲を録音していますが、ガランタ舞曲とマロシュセーク舞曲はハンガリーからの亡命者を中心に結成されたフィルハーモニア・フンガリカと録音を行っています。レーベルはマーキュリーだったので、50年代とは思えないほどに生々しい音で録音されていて、いささか驚かされます。

そして、73年にはコダーイの管弦楽曲のすべてをフィルハーモニア・フンガリカと録音しています。
レーベルはDeccaなので悪い録音ではないのですが、マーキュリーの生々しさはありません。

ただ、音楽の形は20年近い時間が経過しても変わることはなく、例えば同じハンガリー出身のセルの「ハーリ・ヤーノシュ」と較べてみれば、コダーイの洗練の中にひそむ土の香りが見事に表現されています。
そして、その意味でも、やはりドラティにとってコダーイの作品をともに演奏したいのはフィルハーモニア・フンガリカだったのだと納得させられます。

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