クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 イ長調 Op.81(B115)

(P)エディット・ファルナディ:バリリ四重奏団 1954年録音



Dvorak:Piano Quintet No.2 in A major , Op.81 [1.Allegro ma non tanto]

Dvorak:Piano Quintet No.2 in A major , Op.81 [2.Dumka: Andante con moto]

Dvorak:Piano Quintet No.2 in A major , Op.81 [3.Scherzo-Furiant: Molto vivace]

Dvorak:Piano Quintet No.2 in A major , Op.81 [4.Allegro]


ドヴォルザークという作曲家の真価がもっとも発揮された分野

知名度は抜群で多くの人に親しまれているのに、実際に聞かれる作品はごく僅かという作曲家がいます。その典型のような存在がこのドヴォルザークでしょう。
そう言う私もあまり偉そうなことは言えないのであって、とりわけ彼の室内楽作品はほとんど紹介できていません。

しかしながら、彼が残した膨大な作品をもう一度俯瞰的に眺め直してみれば、ドヴォルザークという作曲家の真価がもっとも発揮された分野が室内楽であったことに気づかされます。そして、彼の残した室内楽作品を聞いていると、いわゆる「国民楽派」という言葉で括られる作曲家たちの中におけるドヴォルザークの特異性のようなものもはっきり見えてきます。

スメタナなどに代表される「国民楽派」の音楽というものは、多かれ少なかれ大国からの圧力に苦しむ民族の苦しみと抵抗の表出という側面を持っていました。ですから、彼らの音楽の多くは「標題」的でした。もしくは、それをもう少し内面化したならば「私小説」的なスタイルをとることが多かったようです。
その事は、管弦楽や声楽を伴うオペラなどではより顕著なのですが、より抽象度の高い室内楽作品においてもその傾向は貫かれていました。

しかし、ドヴォルザークにおいては、さすがにオペラや管弦楽作品ではそう言うナショナリズム的な側面が顔を出す作品も多いのですが、それが室内楽作品の分野になるとその手の「標題性」はきわめて希薄になります。

そして、いささか安直な言葉で申し訳ないのですが、そういう風に「純音楽的」に構築することによって成立した音楽の方が、天性のメロディーメーカーというドヴォルザークの資質との間で絶妙なバランスが成立したようです。
彼の室内楽作品はブラームスの室内楽作品に較べても見劣りがしないほどの構築性をもっていながら、ブラームスにはない親しみやすさも兼ね備えているのはその様なバランスのなせる技なのでしょう。

誰の言葉かは失念しましたが、ドヴォルザークでどのジャンルを残すかと問われれば、躊躇わずに交響曲は捨てても室内楽は捨てられないと書いていた人がいました。
私の場合は、そう言う無茶な状況設定は願い下げにしてほしいですし、交響曲を躊躇いもなしに捨てられるほどの蛮勇もありませんが、それでも、彼の残した室内楽作品にはもう少し光が当たってもいいだろうという思いはあります。

ピアノ五重奏曲 イ長調 Op.81(B115)

ドヴォルザークはいわゆる「五重奏曲」というスタイルでは5曲を残しています。


  1. 弦楽五重奏曲 イ短調 Op.1 (1861)

  2. ピアノ五重奏曲 イ長調 Op.5 (1872)

  3. 弦楽五重奏曲 ト長調 Op.77 (1875)

  4. ピアノ五重奏曲 イ長調 Op.81 (1887)

  5. 弦楽五重奏曲 変ホ長調 Op.97 (1893)



この中でもっとも演奏機会が多いのがこの作品81のピアノ五重奏曲だと言われるのですが、この作品の美しさを考えれば、驚くほどに認知度が低いと言わざるを得ません。

この作品の特徴を一言で言えば、ドヴォルザークがブラームスや古典派の作品から学んだ「理」の部分と、ドヴォルザーク自信の豊かな歌謡性が見事に融合していると言うことでしょう。

第1楽章冒頭でチェロが歌い出す憂愁に満ちた旋律ラインは疑いもなくドヴォルザークそのものです。そして、それは同時に、「これはやはり国民楽派の手になる室内楽作品なんだな」と思わせます。
しかし、ドヴォルザークはこの憂愁のメロディに少しずつソナタ形式の破片を拾い集めてきては、このメロディにそれをまとわせていきます。もっとも、楽理的にはどうなっているのかは分かりませんが、聞いているものにとってはまさにその様に聞こえます。

そして、その破片のすべてを身にまとった時に、その衣装はソナタ形式という鎧に姿を変えていて、その鎧姿の雄々しさの中でクライマックスを迎えてこの楽章は閉じられます。
なんだか手品を見ているかのような見事さなのです。

続く第2楽章でも「ドゥムカ」というスラブの民謡形式が採用されています。「ドゥムカ」とは緩やかな悲歌と速くて情熱的なメロディが対照的に出てくる形式です。
冒頭の哀愁に満ちた旋律を聴くと、今度こそ「国民楽派」的だと思うのですが、ここでもドヴォルザークはそれを生の形で使うようなことはしていません。

「悲歌」の部分を「A」、情熱的な部分を「B」とすると、「ABA - C - ABA」というロンド風の3部形式に仕立て直しています。
そして、こういう風に仕立て直すことで、この「ドゥムカ」の持つ哀愁がより深く聞き手の胸に染み込むことになるのです。

同じ事は続く第3楽章にも言えて、ここでもボヘミアの民族舞曲である「フリアント」の形式を使っているのですが、その2拍子と3拍子が交代する激しい舞踏の形式をスケルツォのスタイルに昇華させています。

つまりは、ドヴォルザークはその様な民族的な音楽をそのままの形で音楽に取り込むのではなくて、それを一つの素材として西洋古典派音楽という枠組みの中に入れ込んでみせたのです。
その意味では、彼の音楽はバルトークにつながっていく要素を含んでいたのかもしれません。

もちろん、そんな事は彼の交響曲や協奏曲を聞いている限りでは夢にも思い浮かばないことなのですが、このような室内楽作品を聞いていると、それもまたドヴォルザークという人の重要な一側面ではなかったのかと気づかされるのです。

より親密でローカリティな味わいに満ちたドヴォルザーク演奏にはオンリー・ワンとしての魅力があります


調べてみると、この作品の録音は少なくはありません。一般的な聞き手から見れば「マイナー作品」の範疇に入るでしょうから、それを考えればいささか驚かされます。
私の手元にもすでにパブリックドメインとなった録音が二つあります。


  1. (P)サー・クリフォード・カーゾン:ウィーン・フィルハーモニー弦楽四重奏団 1962年10月29日録音

  2. (P)エディット・ファルナディ:バリリ四重奏団 1954年録音



おそらく、この作品は演奏する側から見れば、一度は録音をしてみたいと思わせる魅力があるのでしょう。
こういう構成の作品の場合、大きなポイントを握るのはピアノパートです。音楽はなんと言ってもバランスが大切ですから、そのバランスを維持する上で一番大きな役割を果たすのがピアノだからです。

なんと言ってもピアノのパワーは、それ1台でフルオーケストラに対抗することが可能なのですから、その気になれば弦楽四重奏などは簡単に吹き飛ばしてしまうことが可能です。ただし、吹き飛ばしてしまえば音楽としては成立しないのであって、そのあたりのバランスを保持していく役割は基本的にピアノが担うことにならざるを得ないのです。

その意味で言えば、このカーゾンのピアノは見事としか言いようがありません。
偉いと思うのは、これほどのビッグネームのピアニストでありながら、どちらかと言えば引き気味で、このウィーンフィルの首席奏者で構成されている弦楽四重奏団の美質を見事に引き出していることです。
そして、ピアノが歌うべきところでは、居丈高になることなく、実に美しく透明感のある「歌」を聞かせてくれます。
とりわけ、「ドゥムカ」の「悲歌」を歌い上げるピアノの美しさは出色です。

それと比べると、バリリ四重奏団と組んだエディット・ファルナディのピアノはいささか雑に聞こえてしまいます。



Edith Farnad



エディット・ファルナディと言う名前は今ではほとんど忘れられてしまっているのですが、12才でベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番を弾き振りしたという神童で、バルトークにも師事したという女流ピアニストでした。
リストや師であるバルトークが得意だったと言うことで、この録音の雰囲気ともあわせてみると、いささか力勝負という面があったのかもしれません。70年代まで生きたのですが、ステレオ録音期にはいると殆ど録音活動は行わなくなったようです。

ただし、「いささか雑」と書いたのは、それはあくまでもカーゾンと聞き比べてのことであって、それはかなり不公平な比較であることも事実なのです。
あのカーゾンと較べられれば、ほとんどのピアニストは「いささか雑」に聞こえてしまうののですから。

しかし、このバリリ四重奏団の録音にはカーゾン盤にはない魅力があります。
それは、より親密なローカリティな味わいです。
そして、この後数多くの録音が為されたのですが、こういうテイストで演奏する団体はほぼ皆無でした。

おそらく、多くの団体にとって意識の片隅に存在したのは「カーゾン&ウィーンフィル弦楽四重奏団」の演奏だったようです。結果として、この「ファルナディ&バリリ四重奏団」の録音にはオンリー・ワンとしての魅力が残ったと言うことになります。

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