シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54
(P)ジュリアス・カッチェン イシュトヴァン・ケルテス指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 1962年3月25日~4月30日
Schumann:Piano Conserto in A minor Op.54 [1.Allegro affetuoso]
Schumann:Piano Conserto in A minor Op.54 [2.Intermezzo]
Schumann:Piano Conserto in A minor Op.54 [3.Allegro vivace]
私はヴィルトゥオーソのための協奏曲は書けない。
クララに書き送った手紙の中にこのような一節があるそうです。そして「何か別のものを変えなければならない・・・」と続くそうです。そういう試行錯誤の中で書かれたのが「ピアノと管弦楽のための幻想曲」でした。
そして、その幻想曲をもとに、さらに新しく二つの楽章が追加されて完成されたのがこの「ピアノ協奏曲 イ短調」です。
協奏曲というのは一貫してソリストの名人芸を披露するためのものでした。
そういう浅薄なあり方にモーツァルトやベートーベンも抵抗をしてすばらしい作品を残してくれましたが、そういう大きな流れは変わることはありませんでした。(というか、21世紀の今だって基本的にはあまり変わっていないようにも思えます。)
そういうわけで、この作品は意図的ともいえるほどに「名人芸」を回避しているように見えます。いわゆる巨匠の名人芸を発揮できるような場面はほとんどなく、カデンツァの部分もシューマンがしっかりと「作曲」してしまっています。
しかし、どこかで聞いたことがあるのですが、演奏家にとってはこういう作品の方が難しいそうです。
単なるテクニックではないプラスアルファが求められるからであり(そのプラスアルファとは言うまでもなく、この作品の全編に漂う「幻想性」です。)、それはどれほど指先が回転しても解決できない性質のものだからです。
また、ショパンのように、協奏曲といっても基本的にはピアノが主導の音楽とは異なって、ここではピアノとオケが緊密に結びついて独特の響きを作り出しています。この新しい響きがそういう幻想性を醸し出す下支えになっていますから、オケとのからみも難しい課題となってきます。
どちらにしても、テクニック優先で「俺が俺が!」と弾きまくったのではぶち壊しになってしまうことは確かです。
カッチェンの冴えわたった響きでシューマンを演奏すればどうなるのだろうかという興味が湧きます
カッチェンというピアニストの魅力はなんと言ってもその冴えわたった透明感あふれる響きでしょう。語彙が乏しくて申し訳ないのですが、それは「ガツーン!」ではなくて「カツーン!」という感じの響きです。しかし、決して「カキーン!」というような耳障りな響きになることはありません。
ですから、カッチェンと言えば「ブラームス弾き」という評価が定着しているのですが、その響きはベートーベンの音楽にはとても相応しいように思えたものでした。
カッチェンのベートーベンと言えばの5つの協奏曲は全て録音が残っていますし、ソナタや変奏曲に関しても少なくない録音が残っています。
そのどれもがさえざえと晴れ渡った冬の朝のような佇まいを見せてくれる響きで、中村草田男の「冬の水一枝の影も欺かず 」という一句を思いだしたものです。
しかし、ここではシューマンです。
そう言う響きで、ある種の「幻想性」が求められる音楽を演奏すればどうなるのだろうかという興味が湧きます。
この数日、彼のシューマンの録音をポツポツと聞いているところなので確たる事は言えないのですが、そう言う「幻想性」などと言うことは一切顧慮しないで己の持ち味を前面に押し出した演奏の方が面白いように思えました。
その典型が57年に録音された「謝肉祭」かもしれません。
ただし、その演奏がシューマンに相応しいのかと問われれば異論も出るでしょう。
冒頭の「前口上」からして、「これって確かシューマンだよね?」と聞き直したくなるような強烈な響きでスタートします。
そして、その後に続く物語も幻想性という茫漠たるベールをはぎ取って、ひたすらクリアな世界が展開していきます。
ただし、おかしな話かもしれないのですが、そうやってクリアに描かれているがゆえに、この謝肉祭は強い物語性を感じてさせてくれるのです。
しかし、その物語にもう少し「詩情」のようなものが欲しいという気持ちが沸き起こってきたとしてもそれは否定できません。
それをシューマンに求めることは当然の権利なのですから、それ故に同意しかねる部分があるという人がいても当然だと言うことにはなります。
それでも、序章の「前口上」に対応するような形で、終曲「ペリシテ人と闘うダヴィッド同盟の行進曲」が華やかに環を閉じるのを聞くとき、その鮮やかな語り口は申し分なく面白いと思ってしまうのです。
もちろん、面白くないという人がいても全く異とはしません。
ところが、こういう冴えわたった響きだけでは駄目ではないかと思ったのかどうかは分かりませんが、作品によっては、このカッチェンならではの響きを少しばかり封印して、やや丸めのタッチで演奏した録音もあります。
そう言えば、天才と言われながらも、結局は単色のパレットしか持っていなかったために行き詰まり、最後薬物中毒を疑われてキャリアを絶ってしまった
マイケル・レビンのようなヴァイオリニストもいました。
その事を思えば、カッチェンは10歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番を弾いてデビューするという神童ぶりを発揮しながら、ただの神童で終わることのなかったピアニストでした。
ですから、複数のパレットで、それぞれの作曲家に相応しい響きを用いるのは当然だったのかもしれませんが、そうなると、どこか不自由で窮屈な感じが否定しきれないのです。
異論はあるかもしれませんが、その典型と思えるのが1962年録音の協奏曲です。
もちろん、その事は比較の話なので、他のピアニストと較べればはるかに冴えわたった響きで男性的なシューマンに聞こえるかもしれません。
しかし、私などは、彼の持ち味を躊躇うことなく発揮すればもっと強烈なシューマンになったのにと残念に思ってしまうのです。
ここでのカッチェンのピアノにはどこかリミッターがかかっていて、その響きをコントロールしようとしているように聞こえます。
そして、それをサポートするケルテスもまたオーケストラの響きを丸め込もうとしています。そして、その指示に応えたイスラエルフィルの繊細で美しい弦楽器の響きはシューマンに相応しいのかもしれません。
それでもひねくれ者の私は、ここでも「謝肉祭」の時のように「カツーン!」と行ってくれれば、そして、オケもそれにあわせて演奏してくれれば、それはシューマンらしくはなくても面白い演奏になったのではないかと残念に思ってしまうのです。
この協奏曲の録音クレジットが「1962年3月25日~4月30日」となっているのですが、おそらくは1ヶ月以上かけて録音したのではなくて、おそらくは3月の下旬に録音して、不備を感じた部分を4月の終わり頃に録りなおしたものでしょう。とりあえずはレーベルから提供されているデータを記載しておきました。
また、カッチェンは「謝肉祭」においては謎として沈めてあると言うことで通常は演奏されない「スフィンクス」を第8曲の後に収録しています。
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