Portrays Verdi Heroines
(S)マリア・カラス:ニコラ・レッシーニョ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年9月19日,21日&24日録音
Verdi:Lady Macbeth "Macbeth" [Act1. Nel Di Della Vittoria, Cavatina: Vieni! T'affretta!]
Verdi:Lady Macbeth "Macbeth" [Act2. La Luce Langue]
Verdi:Lady Macbeth "Macbeth" [Act4. Una Maccia E Qui Tuttora! (Sleep Walking Scene)]
Verdi:Abigaille "Nabucco" [Ben Io T'invenni ....Anch'io Dischiuso Un Giorno]
Verdi:Elvira "Ernani" [Act1. Sorta E La Notte Cavatina: Ernani! Ernani, Involami]
Verdi:Elisabetta Di Valois "Don Carlos" [Act4. Tu Che Le Vanita]
Portrays Verdi Heroines
「マクベス」より
- 勝利に日に・・・さあ、いそいですぐに(第1幕)
自分の夫が王となることを魔女が予言したと伝える手紙をマクベス夫人が読み上げるモノローグから始まる。このモノローグには音符は与えられていないので芝居のように読み上げられるのですが、その直後に夫人の抑えきれない興奮を象徴するかのようにドラマティックなレチタティーヴォへと移行する部分は極めて印象的です。そして、「いそいですぐに」と続くアリアでは野心に火がついた夫人の姿が露わとなります。
- 日の光がうすらいで(第2幕)
王を殺害したマクベス夫妻は「バンクォーの子孫が王となる」という魔女の予言を恐れてバンクォーとその息子の殺害を決める。しかし、マクベス夫人はその魔女の予言をおそれて「日の光は薄らいで」と心の不安を吐露する。
- 消えてしまえ、呪わしいこのしみよ(第4幕)
あまりにも有名な「夢遊の場」で、夜になると夢遊状態で城内をさまよい歩き「ここにもまだ染みがある」と手を擦り、国王殺害を独白する。歌はほとんど語りに近い形で歌われ、最後の最後にピアノで三点変ニが要求される。
「ナブッコ」より
- ああ、わたしが見つけた運命の書よ・・・いつかわたしも晴の身となり(第2部)
バビロンの王ナブッコには二人の娘がいるが、その内の一人アビガイッレは王宮で自分が奴隷の娘であることを記した古文書を発見する。そのために、姉である自分ではなく妹のフェネーナに王位継承権があることを知る。
「ああ運命のよ書よ」で始まるモノローグから「いつかわたしも晴の身となり」と続くこのアリアは、奴隷腹である自分への恥辱と怒りの爆発です。
とりわけ、「宿命的な侮辱よ」と叫ぶところではハイCから2オクターブ下へと一気に下降する。
そして、それに続く「いつかわたしも晴の身となり」では悲しみの感情が一気にあふれ出すのです。
「エルナーニ」より
- 夜のとばりがおりたのに・・・エルナーニよ、いっしょに逃げて(第1幕)
エルナーニの恋人ドンナ・エルヴィーラは伯父であるシルヴァ老人と結婚させられてしまうことになる。そんなエルヴィーラはエルナーニが自分を救出してくれると信じて歌うアリア。
「ドン・カルロ」より
- 世のむなしさを知る神(第4幕)
政治的事情で許嫁である王子ではなく年の離れた父親に嫁ぐことになったフランス王女エリザベッタのアリア。このオペラ最大の聞かせどころで、故郷フランスへの望郷の念やこの世では報われないカルロへの愛の虚しさなどが歌い上げられます。極めて長大なこのアリアをだれることなく歌いきるのは至難の業です。
歌役者カラスの真骨頂
ヴェルディは脳天気な歌芝居だったオペラの世界にシリアスなドラマを持ち込んだ作曲家でした。ですから、そこで歌われるアリアは声を張り上げてその美しさを誇示するのではなく、登場人物の複雑な感情を表現するドラマの一部となりました。
マクベス夫人の悪魔的とも言える劇的なアリアから、罪の意識にさいなまれて城の中を彷徨い歩く場面までを説得力を持って表現するには、歌手には歌だけではなくて一流の女優にも匹敵する感情表現が求められました。
ナブッコにおけるアビガイッレの怒りと恥辱の表現、ドン・カルロでのエリザベッタの望郷と虚しさの表現などは、オペラという世界をヴェルディ以前と以後に分かつには充分すぎるほどのインパクを持ったのです。
そして、こういう感情表現という点において、おそらくはこのマリア・カラスを凌駕するソプラノ歌手は存在しないでしょう。
そして、全体の平均点は上がり続けてる中で突出した存在を認めようとしない時代の空気の中では、当分の間は現れることもないでしょう。
おそらく、これ以上の言葉を費やすことは無駄でしょう。
確かに、カラスの声はその絶頂期であった五〇年代前半と較べれば衰えは見え始めています。しかし、それは絶頂期があまりにも高かったためであって、この領域に片足でも踏み込めた歌姫は殆どいないのです。
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