クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シベリウス:交響曲第6番 ニ短調 Op.104

渡辺暁雄指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 1962年音(文京公会堂)



Sibelius:Symphony No.6 in D minor, Op.104 [1.Allegro molto moderato]

Sibelius:Symphony No.6 in D minor, Op.104 [2.Allegretto moderato]

Sibelius:Symphony No.6 in D minor, Op.104 [3.Poco vivace]

Sibelius:Symphony No.6 in D minor, Op.104 [4.Allegro molto.]


古典的均衡に潜む新しさ

シベリウスの交響曲と言えば4番と7番が「傑作」と言うことになっています。
それに次いで第5番が祝典的な華やかさをもちながらもシベリウスらしい凝縮した作品になっていると評価されています。

そして、世間では大好きだという人が多い第1番や第2番の交響曲は若書きの作品であり、「真のシベリウス」になりきっていない「深み」にかける作品と言うことになっています。
さらに、第3番はそう言う深みにかける若書きの時代から真のシベリウスに変化していく「過渡期の作品」らしいのです。

そして、第6番は何故かいつも忘れ去られたようにほとんど言及されないのが特徴です。
貶されることもないのですが、それほど褒められもせず、シベリウスの7つの交響曲の中では一番影の薄い存在、それがこの第6番の交響曲です。

ああ、それにしても評論家というのは「罪深い存在」です。
せめて、「真のシベリウス」だとか「深みに欠ける」などと言う言葉の前に「私は」という主語をつけて、最後に「思います」という述語で締めくくってもらいたいものです。

しかし、一般の聴衆は意外としたたかで、評論家が傑作と思う作品でプログラムを組むと誰も聴きに行かないので、真のシベリウスからはほど遠い(^^;事になっている「フィンランディア」や「カレリア組曲」や1番、2番の交響曲ばかりが演奏されることになるのです。
そして、そんな中で、これまた最近人気が出始めているのが、長い間忘れ去られたような存在だったこの6番の交響曲です。

実は、私も最近になってこの交響曲のセレナードのような美しさにすっかりはまってしまってよく聞くようになっています。
もしかしたら、シベリウスの作品の中では聞く回数が一番多いのがこの作品かもしれません。

形式的にもサイズ的に古典的な交響曲のたたずまいを持っていて、本当に美しい音楽だと思います。
そして、この交響曲と「銀河鉄道の夜」を結びつけて論じたのが作曲家の吉松隆でした。

宮沢賢治とシベリウス/銀河とオーロラの共振

彼はシベリウスと賢治の共通点にふれたあとに「共に一種の土俗的かつ民族主義的テイストを基盤に持ちながらも、そこから離れてフワリと成層圏を越え、オーロラや銀河の彼方の透明な思想を手にした作品を紡いだ点でも実に良く似ているのである。」とまとめています。
さらに、別のところで、シベリウスの交響曲を7つの星からなる星座に喩えたりもしていますので、カレ(吉松)はよほど星空が好きなようです。

個人的には、この作品を銀河に喩えるよりは、影の中に時折燦めく光の美しさに彩られた北欧の自然をイメージするのですが、しかし、そう言う多様なイメージを喚起するところにこの作品の素晴らしさがあるのだとは思います。
もっともっと聞かれていい作品だと思います。

世界最初のステレオ録音によるシベリウス交響曲全集


1962年に録音された「世界最初のステレオ録音によるシベリウス交響曲全集」です。
さらに、日本国内で録音されたクラシック音楽が世界的なメジャーレーベル(Epic Records)からリリースされたのもおそらく初めてだろうと言われています。

渡邉暁雄の名前は日本におけるシベリウス受容の歴史と深く結びついています。その業績は朝比奈とブルックナーの関係と較べればいささか過小評価されている感じがするのですが、60年代の初めにこれだけの録音を行い、それが世界市場に向けてリリースされたのは「偉業」と言わざるを得ません。

ただしこの録音の初出年を確定するのには手間取りました。
62年に録音されて、その後「Epic Records」からリリースされたのですから、常識的に考えればぼちぼちパブリック・ドメインになっていても不思議ではありません。しかしながら、どうしてもその初出年が確定できなかったのです。
しかし、漸くにして、1966年に「Epic SC 6057」という番号でボックス盤の全集としてリリースされたことが確認できました。
おそらく、この全集盤の前には分売でも発売されたと思われます。

ボックス盤による全集「Epic SC 6057」
「Epic SC 6057」

ただし、不思議なのは「作曲家別洋楽レコード総目録」の67年版や68年版にはこの全集が記載されていないことです。
渡邉暁雄と日フィルによるこの「偉業」が1966年に「Epic Records」からりリースされたのであれば、当然国内でも発売されたと思うのですが67年版にも68年版にも記載されていません。しかし、ここで確認を打ち切っていたのが私のミスで、69年版の総目録を調べてみると記載されていて、発売が1966年12月となっているのです。
この記載漏れが何に起因するのかは分かりませんが、もしかしたら舶来品を尊び国産品を蔑むこの業界の体質が呈したのかもしれません。

と言うことで、国内でも1966年に発売されているので、この録音は間違いなくパブリック・ドメインの仲間入りをしたことが確認された事はめでたいことです。

この全集はクレジットを見る限りは1962年に集中的に録音されたように見えます。


  1. シベリウス:交響曲第1番 ホ短調 Op.39:1962年5月7,8日録音(東京文化会館)

  2. シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 Op.43:1962年録音(杉並公会堂)

  3. シベリウス:交響曲第3番 ハ長調 Op.52:1962年8月7,8日録音(東京文化会館)

  4. シベリウス:交響曲第4番 イ短調 Op.63:1962年6月20,21日録音(東京文化会館)

  5. シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 Op.82:1962年2月18日録音(文京公会堂)

  6. シベリウス:交響曲第6番 ニ短調 Op.104:1962年音(文京公会堂)

  7. シベリウス:交響曲第7番 ハ長調 Op.105:1962年3月7日録音(杉並公会堂)



しかし、録音プロデューサーの相澤昭八郎氏は1961年から1962年にかけて録音は行われたと語っています。別のところではおよそ1年半をかけてこのプロジェクトを完成させたとも述べていますので記憶違いではないでしょう。
おそらく、1962年という極めてザックリとしたクレジットしか残っていない2番と6番に問題があったのでしょう。

相澤は録音の編集に関しては渡邊からの注文が詳細を究めたので、お金のかかるスタジオではなくて渡邊の自宅で行ったと証言しています。
渡邊の注文は演奏上の細かいミスを潰していくというのではなく、オーケストラのバランスが適正に表現されているか否かに集中していたそうです。

しかし、ワンポイント録音ではそう言うバランスの調整というのはほとんど出来ません。ワンポイント録音で可能なのは左右のチャンネルのバランスを調整するくらいですから、録音現場で拾ったバランスがほぼ全てです。
渡邊もその事は承知していたと思われるます。
何回かのテイクの中からもっとも適正と思えるバランスのものを選びだしてはテープに鋏を入れ、最後のつめとして可能な範囲でバランスの調整を行ったのです。

それでも、どうしても納得できない場合は場をあらためてセッションを組んだものと思われます。
相澤が1961年からプロジェクトをはじめたといいながら録音クレジットは62年だけで完結したように見えるのは、そう言う録音での苦闘が水面下に隠れてしまったからでしょう。

アメリカやイギリスのメジャーレーベルであれば、62年と言えば既にステレオ録音の経験を充分に積んできた時代です。Deccaのようなレーベルであれば「録音に適した会場」を既に見つけ出していて、さらにはそう言うホールの録音特性を知り尽くしていました。
しかし、日本におけるステレオ録音となると、おそらくは手探り状態だったはずです。
その差は歴然としていました。

文京公会堂では会場の前半分の椅子を撤去することが可能でした。その撤去した空間を平戸間にすることでマイクセッティングの自由度を上げることが可能だったようです。
しかし、杉並公会堂や東京文化会館ではそう言うわけにもいかなかったので苦労は随分と多かったようです。

しかしながら、そう言う苦労を乗り越えて実現したこの録音は極めてクオリティの高い優秀なものに仕上がっています。

確かに、時代相応の限界があるので、楽器の響きなどはいささか「がさつ」なところがあるかもしれません。しかし、その「がさつ」さは録音ではなくて、そこで鳴り響いていたオケのものかもしれません。
人によっては強奏部分では音がつまると指摘する人もいますが、それほど気になるほどではありません。
それよりは、渡邊が徹底的に腐心した、オケの理想的なバランスがもたらす自然な響きが非常に見事です。

おそらく、この成果の手柄は録音エンジニアの若林駿介氏に帰すべきでしょう。
若林はこの録音の前にアメリカに渡って、ワルターとコロンビア響の録音現場に参加して学ぶ機会を持っています。ですから、この録音のクオリティをそう言うアメリカでの経験に求める人もいます。
確かに、それは若林にとっても貴重な経験だったことは疑いはないのでしょう。しかし、この録音はそう言う一連のワルター録音と較べると方向性が少しばかり違う事に気づきます。

この録音におけるオケのバランスとプレゼンスの良さは、あるはずのない「理想」を「録音」という技術によって生み出したと言うべきものになっています。
それはあるがままのものをレコード(記録)したと言うよりは、ある種の創作物になっていると言った方がいいかもしれません。言葉をかえれば、プロデューサーの相澤、録音エンジニアの若林、そして指揮者の渡邊の3人によって生み出された「芸術」というべきものになっているのです。

その意味では、この録音を「人為的」と感じる人がいるかもしれません。しかし、こういう事が可能なのが「スタジオ録音」の魅力でもあるのです。

また、丁寧にテイクを積み重ねた結果だとは思うのですが、日フィルの合奏能力も見事なものです。
いわゆる欧米のメジャーオーケストラでも、来日のライブなんかだとこれよりも酷い演奏を平気で聴かせてくれます。
もちろん、個々の楽器にもう少し艶があってもいいとは思う場面はあるのですが、おそらくは貧弱な楽器を使っていた60年代のことですから、そこまで言えば人の能力を超えたレベルの注文になってしまいます。

シベリウス:交響曲第6番 ニ短調 Op.104:1962年音(文京公会堂)

シベリウスの音楽は体温が低いというのが通り相場です。
初期のフィンランディアとかカレリア組曲などは充分に熱をはらんだ音楽であるのですが、年を重ねるにつれレヒンヤリとした低体温の音楽に変わっていきます。

ですから、そう言う低体温の音楽を熱気溢れるスタイルで演奏すると何とも言えない不思議な雰囲気になります。
この「不思議」な感覚で最初から最後まで押し切ったのがセーゲルスタム&デンマーク国立放送響による交響曲全集でした。

そして、1番から聞き始めてきてこの6番にまで来ると、若き渡邊と日本フィルによる全集も、セーゲルスタムほどの確信犯ではないにしても、正統派のヒンヤリ演奏ではなく熱気をはらんだ強い共感に裏打ちされた演奏であった事に確信が持ててきます。

この6番のシンフォニーは、これに続く7番とならんで一番ヒンヤリ度の高い音楽です。
冒頭部分は「おっ、これはちょっとヒンヤリ系かな」と思うのですが、やはりオケの響きはホットではないにしてもウォームです。そして、渡邊もオケをグイグイ引っ張っていくので音楽は熱気をはらんできます。

随分昔になるのですが、このシベリウスの6番を何となく中途半端な音楽と感じて「一番影の薄い存在」として作品紹介を書いていました。
2番や5番のような華やかさには欠けますし、4番の渋さもなければ7番の凝集もないと言うことです。
そして、その反面、古典的な枠にきちんと収まる行儀の良さもあって、20世紀における、そしてシベリスの最晩年の交響曲としては中途半端な存在と感じたのです。

しかし、そう言う物言いに、「作品紹介にこういう否定的なことばかり書くのはいかがなものか」というメールを頂きました。

メールをもらったときは「私がそう感じたんだから仕方がないでしょう」と思ったのですが、考えてみれば「紹介」なのですから、「こいつはつまらない奴でして」と言って紹介するのはやはり間違いだと気づきました。
本当につまらないと思うのなら紹介しなければいいのであって、紹介する以上は褒めないといけません。
映画評論家の淀川長治氏もその様に語っていました。

渡邊と日フィルによる覇気に満ちた演奏を聴きながら、何故かそんな昔のことを思い出してしまいました。
もちろん、作品紹介の文章は全て新しく書き直していることは言うまでもありません。

よせられたコメント

2018-01-31:たつほこ


2020-02-17:Sammy


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