クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのロンド ロ短調 D.895

(Vn)ヨハンナ・マルツィ (P)ジャン・アントニエッティ 1955年11月9日~12日録音



Schubert:Rondo in B minor, D.895


協奏曲への扉を開こうとした作品

シューベルトのヴァイオリンとピアノのための二重奏曲としては幻想曲とならんで双璧を為す作品と言えます。
幻想曲は31年の短い生涯を終える年に作曲されましたが、このロンドはその1年半ほど前に書かれています。それは20代最後の年だったのですがシューベルトにとっては間違いなく最晩年の作品と言えるものでした。

シューベルトに許されたこの世での時間は余り長くはなかったのですが、それでも彼は驚くほど多分野にわたって作品を残しています。
その中心に座るのが歌曲であることは間違いないのですが、交響曲や室内楽作品、そしてピアノ曲においても数多くのすぐれた作品を残していますし、あまり知られていないのですが歌劇や宗教音楽にも手を伸ばしています。

しかし、そんなシューベルトにとって大きな欠落が協奏曲の分野でした。
確かに、初期には協奏的な作品を幾つかは残していますが、それは習作の域を出ず、ピアノソナタや交響曲、そして弦楽四重奏曲の分野のように晩年に大きな果実をもたらすことはありませんでした。

しかしながら、この「ヴァイオリンとピアノのためのロンド」を聞くと、明らかに協奏曲の世界への扉を開けようとしていたことが伺えます。
ここでシューベルトが試そうとしているのはヴァイオリンという楽器を独奏楽器として徹底的に活用しつくすことです。
ですから、その音楽の形はピアノとヴァイオリンを協奏曲的に扱うことで一つの頂点を築いたベートーベンのクロイツェルとは明らかに違います。

それは、冒頭の導入部で、ピアノに導かれてヴァイオリンがいきなり華やかに上行音階で登場することで明らかとなります。また、シューベルトらしい叙情的なメロディを延々と歌い継いでいく場面も用意されていますし、終結部での華やかな盛り上がりも見事です。
ヴァイオリンには最初から最後まで華やかな技巧とそれを担保するテクニックを要求しています。

そして、こういう作品を聞かされると、彼が協奏曲の分野で活躍できなかったのは、彼のまわりにはアマチュア演奏家しかいなかったからだと言うことに気づかされます。
そう言う意味で、この作品はそれまでの仲間内のアマチュア演奏家を想定した作品とは一線を画しています。

この「ヴァイオリンとピアノのためのロンド」は出版業者のアルタリアの別荘で書かれ、初演もその別荘において、すぐれたピアニストであった友人のボックレットと、そのつながりで交流が出来た偉大なヴァイオリニスト、スラヴィークによって行われました。つまりは、こういうすぐれた演奏家を想定できる環境を手に入れたことで、シューベルトの中にも協奏曲への扉が開かれようとしたのです。

惜しむらくは、その道を切り開いていくための時間がほとんど残されていなかったことです。


素朴さがもたらした一つの奇蹟


最初の1音が出た瞬間から耳は引きこまれ、最後のクライマックスで曲が閉じられたときには呆然たる思いで天井を見上げてしまいました。
マルツィと言えば、その流麗な歌い回しで横へ横へと歌い継いでいく能力に関しては抜きんでたものがありました。ただし、その流麗さはカラヤンにに代表されるような「人工的な美」ではなくて、極めて素朴な歌でした。

たとえてみれば、徹底的に人の手が加えられたフレンチのような美味ではなくて、畑に生えていた野菜を引き抜いて丸かじりするような美味です。そして、この「美味」が多くの人に理解されるためには長い時間がかかりました。

1950年代は「構築」する時代でした。
それはシゲティやリヒターが高く評価された時代でもあったのです。ですから、マルツィはEMIのボスであったレッグから演奏スタイルを変えることを求められ、結局それを受け入れられなかったために、女はEMIを離れ、結果としてヴァイオリニストととしてのキャリアを事実上絶ってしまうことになります。
レッグという男は多くの演奏家を見いだして育て上げた功績も多いのですが、その陰で潰してしまった演奏家もたくさんいたようで、その最大の過ちの一つはこのマルツィであったことは事実です。

やがて時代は「構築」から「カラヤン美学」へと転換していくのですが、それでもマルツィの素朴な歌に気づく人は多くありませんでした。
しかし、そんなマルツィの他に替えがたい魅力に気づく人もいたわけで、そう言う人たちが彼女が残した数少ないレコードを奪い合うようになり、いつしかマルツィと言えば中古レコード市場では名の通った存在になっていきます。もともと出回った数が少ないこともあって初期盤は数十万円の値がつくようになり、ついたあだ名が「6桁のマルツィ」でした。

しかし、この幻想曲で聞くことのできるマルツィはそんな「素朴」さだけではなく、そこから一歩踏み込んだ姿を見せているのです。それはより技巧的な華やかさを要求しているロンドにおいても同様です。
それは、無心に作品と向き合う事が、結果として作品そのものにその様な踏み込む要素が溢れていれば、彼女の音楽もそれに従って踏み込んだものになっていくのです。それは素朴さがもたらす一つの奇蹟だったと言えるかもしれません。
そして、その素朴さがふとハイフェッツなんかを思い出せるような場面があるのですから大したものだと言わなければなりません。

それから、ジャン・アントニエッティと言うピアニストはマルツィの伴奏以外では名前を見ることはないのですが、消して悪いピアニストではありません。
特に、この幻想曲やロンドなどでは伴奏をつけるだけではどうしようもないほどの重みがありますから、彼の貢献も書き留めておきたいと思います。

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