シューマン:幻想小曲集 作品12
(P)アニア・ドーフマン:1958年9月29日 & 10月8,9日録音
Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [1.Des Abends]
Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [2.Aufschwung]
Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [3.Warum]
Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [4.Grillen]
Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [5.In der Nacht]
Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [6.Fabel]
Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [7.Traumes Wirren
Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [8.Ende vom Lied]
すべてが楽しい結婚式にとけ込む
ふと気づいてみると、シューマンのピアノ作品をほとんど取り上げていないことに気がつきました。その背景には、彼のピアノ作品に対する何とはない「苦手意識」みたいなものがあるからでしょう。
そこにはベートーベンのような強靱な構築力や推進力はありませんし、シューベルトほどの歌謡性もなく、憂愁の色合いもショパンのほどには色濃くはありません。しかし、考えてみればそれは当然で、彼の二流のベートーベンでもなければ、シューベルトやショパンの後塵を拝したわけでもありません。
シューマンは疑いもなくシューマンなのであって、時には暗いデモーニッシュな雰囲気をたたえる幻想性を愛でるべきなのでしょう。
その雰囲気が私の中では上手く心に添ってこなかったというわけです。
しかし、自分の心にどこか添わないからと言っていつまでも放置しておくにはこの欠落が大きすぎます。少しは頑張ってぼちぼちと取り上げていかなければいけないでしょう。
この「幻想小曲集 作品12」も今まで取り上げていなかった作品です。シューマンの数あるピアノ作品の中でももっとも有名な部類に属するものですから、自分でもいささか信じがたい欠落です。
しかし、シューマンのピアノ作品については取り上げ方が少ないと言うことでメールを頂いたことは一度もないので、もしかしたら、何となくピンとこないという人も多いのかもしれません。
この小曲集は1837年から1838年にかけて書かれた作品ですが、その時期はまさにクララとの結婚をめぐってクララの父と訴訟も交えた激しいやり取りを行っていた時期と重なります。それはシューマンにとっては心がズタズタにされるような危機的状況であると同時に、そこから立ち直ってクララへの愛を音楽で告白することによって一つの飛躍を勝ちとった時期でもありました。
この小品集はまさにその様なクララへの愛の表白であることは明らかであり、彼はその時期に2つのピアノ・ソナタ(Op.11 & Op.14)、子供の情景(Op.15)、クライスレリアーナ(Op.16)、幻想曲(Op.17)などを生み出すのです。
「幻想小曲集」はホフマンの小説「カロの手法による幻想小品集」に由来しますし、彼はここにおさめられた「楽長クライスラー」の詩から「クライスレリアーナ」を着想するのですから、よほどこの文学作品から影響を受けたのでしょう。
そう言えば、音楽家としてのシューマンは作曲と評論が二本柱でした。評論活動にこれほど力を注いだ作曲家というのも珍しい存在で、音楽と文学の結びつきをこれほど隠さなかった作曲家も珍しいのかもしれません。
そして、その文学との結びつきが持って回った「晦渋」さを身にまとわせて、私の中では音楽を素直に音楽としてだけ聞くことを邪魔しているのかもしれません。
幻想小曲集 作品12
第1曲「夕べに(Des Abends)」:静かな夕暮れが迫る黄昏時を思わせる静かな音楽。作品全体の「序」にあたるのでしょうか。「非常に心を込めて弾く(Sehr innig zu spielen)」と指定されている。
第2曲「飛翔(Aufschwung)」:「序」から一転して力強く大空に羽ばたくイメージの音楽。「きわめて急速(Sehr rasch)」にと指定されている。
第3曲「なぜに(Warum?)」:典型的なロマン派の叙情的な小品になっている。真剣で、そして静かな問いかけが為される音楽。「ゆっくりと繊細に(Langsam und zart)」と指定されている。
第4曲「きまぐれ(Grillen)」:スケルツォの形をとるが中間部では物思いに沈む。「ユーモアをもって(Mit Humor)」と指定されている。
第5曲「夜に(In der Nacht)」:暗い情熱に満ちた音楽で、シューマンはこの曲について「愛する人の待つ灯台に夜ごと泳いでいく人と、松明を掲げて待つ愛する人」の寓話をクララに書き送っています。「情熱をもって(Mit Leidenschaft)」と指定されている。
第6曲「寓話(Fabel)」:「子供情景」を思わせるようなメルヘン風の音楽。「ゆっくり(Langsam)」と指定されている。
第7曲「夢のもつれ(Traumes Wirren)」:極めて技巧的な音楽なのでコンサートでは単独で取り上げられる機会の多い音楽。「極めて速く(Auserst lebhaft)」と指定されている。
第8曲「歌の終わり(Ende vom Lied)」:詩的で短編小説のような性格小品。「適度なユーモアをもって(Mit gutem Humor)」と指定されている。この終曲について「すべてが楽しい結婚式にとけ込むと言うことです」とクララに書き送っているが、同時に「君を想う心の痛みが帰ってくると」とも書きつづっています。
nowhere did she force
「Ania Dorfmann」なんて紹介されても、それって「なんて読めばいいの」レベルの認知度の低さでしょう。
調べてみると、「アニア・ドーフマン」というのがGoogleで検索をかけたときに一番ヒットしますから、それが一般的なのでしょう。ただし、日本語のサイトで彼女の経歴などにふれているページはほぼ皆無です。ですから、「貴方って、いったいだれ?」という疑問は消えません。
そこで、外国のサイトなども参考にすると少なくとも以下のことが分かりました。
彼女は1899年7月9日にウクライナのオデッサで生まれ、何と11才で始めてコンサートを行い、驚くことに彼女より若かったハイフェッツと組んでちょっとしたツアーも行っていたのです。
その後パリに出て本格的に音楽を勉強し、ロシア革命の混乱をくぐり抜けてベルギーでピアニストとしてのキャリアをスタートさせます。
そして、1936年にニューヨークでアメリカデビューを飾ります。そして、1939年にはトスカニーニ&NBC交響楽団と共演するんですが、トスカニーニが女性をソリストとして招いたのは彼女が初めてだったようです。しかし、1956年にジュリアード音楽院の教授になってからは、残された人生のほとんどを教育活動に注ぎ込み、それはなくなる直前まで続いたようなのです。
さらに調べてみると、1984年4月23日付の「New York Times」に彼女の死亡記事が載っていて、そこに、あのショーンバーグの彼女のコンサートへの評が紹介されています。
「Nowhere did Miss Dorfmann strive for large-scaled conceptions and nowhere did she force. The result was an evening of refined, pleasant piano playing.」
「large-scaled conceptions」ってなんて訳すのかな?
でも、ザッとこんな感じでしょうか、「ミス・ドーフマンは作品が持つ大きな構造を表現するために力を尽くし、そして至るところで力強かった。そのおかげで、洗練された快適なピアノ演奏の夜をすごすことができた。」
ショーンバーグに「The result was an evening of refined, pleasant piano playing.」と言わせるとは大したものですが、それ以上に目をひいたのは「nowhere did she force.」の部分です。
<追記>
恥はさらすもので(^^;、「Nowehere did she」の部分は否定形だから「全体構造の表現に固執せず、いかなる場面でも力まず」と訳すべきじゃないですか・・・とアドバイスいただきました。
なるほど、私の頭の中には第2曲の強烈な印象があったので「至るところで力強く」なんて思ってしまい、「そうか彼女は昔からこういうパワフルな演奏をしていたんだ」と勝手に思ってしまっていました。
ほんとにアドバイス、感謝!!
<追記終わり>
確かに、この幻想小曲集を聞いていて、第1曲の「夕べに」では繊細な響きで始まったものが第2曲の「飛翔」ではまさに頭をかち割られるかのような衝撃を味あわせてくれます。
これほどの「力強さ」はルービンシュタインを凌ぎます。
あのルービンシュタインでさえここまで阿漕な事はしていません。
そうやって彼女の名前「アニア・ドーフマン」を眺めていると、突然「芦屋道満」という名前が浮かび上がってきました。
「芦屋道満」なんて言われても何のことか分からない方が大部分だと思うのですが、もしかしたら火野正平の「にっぽん縦断 こころ旅」を見ている人は兵庫県佐用町で「道満塚」を訪ねる回があったことを思い出されたかもしれません。
この「道満塚」と向き合うように建っているのが「清明塚」で、立派な「清明塚」に対して「道満塚」が朽ちていたのが印象的でした。
今や安倍晴明は陰陽師としてすっかり有名になったのですが、その清明と争ったのがもう一人の陰陽師が「芦屋道満」でした。いろいろな物語では若くてハンサムで正義の味方の清明と、それと対抗する年老いた老獪な陰陽師として道満は描かれます。
しかし、いつの時代も本当に魅力的なのは正義の味方ではなくて悪の方なんですね。正義の味方に声援を送って必死ななのはガキだけで、本当に魅力的なのは「悪」の方だと気づくことで人は大人になるのです。
そして、この頭打ち割るような第2曲の出始めを聞いたときに「ドーフマン」→「道満」という連想がスムーズに浮かび上がってきたのです。
もしかしたらドーフマンは第1線の戦いからは身を退いたものの、悪の巣窟「ジュリアード音楽院」に根城を築いたのかもしれませんね。
よせられたコメント 2021-02-27:joshua ショーンバーグのコンサートへ評が紹介されていますが、学生には、否定の副詞で始まる倒置文の解釈練習にいいでしょうねえ。彼女は、どこをとっても何々などしていない、という、強調文です。しかし、これを音楽評論と位置づけた上で、conceptionsの語意を確定するには、それなりに音楽体験がモノを言うかと存じます。直訳して、大きな構想を目指して励むなど、どこにも見られない、何のことだろう?、と。次の文は簡単で、果たして洗練された楽しいピアノ演奏、と褒め言葉です。ショーバーグは、1984年当時の大言壮語的演奏に辟易していたのかもしれません。ちなみに、1字違いで、シェーンベルグ。方や、ピアニストはドルフマン。共にゲルマン系と思われます。さて、第3曲のwarum?がバックハウス辞世の演目であるのが気になって、ここへ辿りつきました。バックハウスは、カーネギーホールデビュー1954年にも、これを弾いています。コルトーもよく弾いていたような、、、Warum? 何故に?
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