ベートーベン:交響曲第7番 イ長調 作品92
アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団 1963年7月録音
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [1.Poco Sostenuto; Vivace]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [2.Allegretto]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [3.Presto; Assai Meno Presto; Presto]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [4.Allegro Con Brio]
深くて、高い後期の世界への入り口
「不滅の恋人」は「アマデウス」と比べるとそれほど話題にもなりませんでしたし、映画の出来そのものもいささか落ちると言わなければなりません。しかし、いくつか印象的な場面もあります。(ユング君が特に気に入ったのは、クロイツェル・ソナタの効果的な使い方です。ユング君はこの曲が余りよく分からなかったのですが、この映画を見てすっかりお気に入りの曲になりました。これだけでも、映画を見た値打ちがあるというものです。)
それにしても、「アマデウス」でえがかれたモーツァルトもひどかったが、「不滅の恋人」でえがかれたベートーベンはそれに輪をかけたひどさでした。
第9で、「人類みな兄弟!!」と歌いあげた人間とは思えないほどに、「自分勝手」で「傲慢」、そしてどうしようもないほどの「エキセントリック」な人間としてえがかれていました。一部では、あまりにもひどすぎると言う声もあったようですが、ユング君は実像はもっとひどかったのではないかと思っています。
偉大な音楽家達というものは、その伝記を調べてみるとはっきり言って「人格破綻者」の集まりです。その人格破綻者の群の中でも、とびきりの破綻者がモーツァルトとベートーベンです。
最晩年のぼろ屑のような格好でお疾呼を垂れ流して地面にうずくまるベートーベンの姿は、そのような人格破綻者のなれの果てをえがいて見事なものでした。
不幸と幸せを足すとちょうど零になるのが人生だと言った人がいました。これを才能にあてはめると、何か偉大なものを生み出す人は、どこかで多くのものを犠牲にする必要があるのかもしれません。
この交響曲の第7番は、傑作の森と言われる実り豊かな中期の時期をくぐりぬけ、深刻なスランプに陥ったベートーベンが、その壁を突き破って、後期の重要な作品を生み出していく入り口にたたずむ作品です。
ここでは、単純きわまるリズム動機をもとに、かくも偉大なシンフォニーを構築するという離れ業を演じています。(この課題に対するもう一つの回答が第8交響曲です。)
特にこの第2楽章はその特徴のあるリズムの推進力によって、一つの楽章が生成発展してさまをまざまざと見せつけてくれます。
この楽章を「舞踏の祝祭」と呼んだのはワーグナーですが、やはり大したものです。
そしてベートーベンはこれ以後、凡人には伺うこともできないような「深くて」「高い」後期の世界へと分け入っていくことになります。
機動力満点のベートーベン
ワーグナーが「舞踏の聖化」とよんだこの作品にとって、これは一つの理想型かもしれないと思わせるほどの説得力に満ちた演奏です。
いつも言っていることですが、ドラティの手兵はミネアポリスのオケでした。そして、そのコンビで「Mercury」において数々の優れた録音を残しました。このオーケストラは20世紀の初めに創設されたのですが、30年代にはいるとオーマンディ、40年代はミトロプーロスという、それなりのビッグネームを指揮者に迎えます。
しかし、このオケが推しも推されもせぬ有名オケにのし上がるのは49年にドラティを迎えることによってでした。
ドラティという人は天性のオーケストラ・ビルダーであり、数々の落ち目のオーケストラに乗り込んではその立て直しにただならぬ能力を発揮しました。そして、ミネアポリスの場合はその変わっていく様が「Mercury」の録音によって、図らずも克明に記録されることになるのです。
しかし、こういうタイプの指揮者は、ともすれば既に完成してしまっているオケを相手にするとあまり上手くいかないという人もいます。しかし、ドラティの場合は、完成したオケからさらに高いレベルの響き引き出す能力も兼ね備えていました。
それがロンドン交響楽団でした。
この両者がどのようにして結びついたのかは知れませんが、「Mercury」での録音の相手として、次第にミネアポリスからロンドンへと移行していきます。そして、随分腕を上げたねと感じていたミネアポリスのオケも、このロンドン響との録音を聞いてしまうとまだまだ荒っぽい部分が多いことに気づかされてしまうのです。
と言うか、この時代のロンドン響って、かなり凄いオケだったことに気づかされます。
ぼんやりと聞いていると、ドラティの棒に従って何の危なげもなく演奏しているので通り過ぎてしまうのですが、弦楽器群を中心とした機動力の高さは尋常ではありません。やや早めのテンポで、かつ、くっきりとした強めのアクセントで一切の曖昧さを排する造形は、それに完璧に追随できるオケの能力が合ってこそ実現するものです。
低弦楽器も思いの外しっかりと鳴らし切っているのですが、その低弦楽器でさえ驚くほどの機動性を発揮しています。
そして、金管群もまた、ここぞと言うところでは思いっきり強奏しているのですが、見事なまでにオケのトゥッティを突き抜けてくれます。
さらに付け加えれば、フィナーレにおける打ち返す波のように、盛り上がってはひいていくオケのコントロールの完璧さは圧巻です。弦楽器をベースとしながら、そこへ次々と楽器が付け加えられることによって音楽が大きく盛り上がっていく様子が「Mercury」の優秀録音によって、まるでスコアを眺めているかのような明晰さでとらえられています。
それと比べると、60年、62年に録音された「序曲」の方はいささか荒っぽく感じる部分があります。早めのテンポ、くっきりとした強めのアクセントという特徴は交響曲よりもはっきりしているのですが、いささかぶっきらぼうに思える部分があります。
そこで、気になって調べてみると、「序曲」の方は明らかにマスタリングの影響で音圧が上げられています。
部分的にははっきりとリミットいっぱいまで引き上げられている部分があります。
特に「エグモント序曲」が一番被害を受けているようで、弱音部における微細なニュアンスがやや犠牲になっているなっているこも含めて、荒っぽく感じてしまう原因はそのあたりにもあるのかも知れません。
確かにパッと聞いた感じでは迫力満点に聞こえるのですが、実に持ってつまらぬ事をしてくれるものです。
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