ワーグナー:タンホイザーより「ヴェヌスベルグの音楽.」
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団 1961年1月録音
Wagner:Venusberg Music from Tannhauser
男の身勝手
オペラのストーリーというのは男の身勝手というものが前面に出ているものが多いのですが、その最たるものがワーグナーでしょう。そのワーグナーの中でも、とりわけ「酷い」なあ・・・!!と感心させられるのがタンホイザーです。
誰かが似たようなことを書いていたような気がするのですが、このお話を現代風に翻案してみればこんな風になります。
『都会に出て行って風俗のお店通いに狂ってしまった男とそんなアホ男を田舎でひたすら待ちわびる純情な娘、そしてそんな娘に密かに心を寄せる堅気の田舎青年・・・というのが基本的な人間関係です。
この男、一度は改心したかのように見えて田舎に戻ってきます。ところが、村の祭りで例の堅気の青年が「徳」だの「愛」だのとほざくのを聞いて心底うんざりしてしまって、「やっぱり町の風俗の姉ちゃんが一番だ!」なんどと叫んでしまいます。
驚いたのは村の衆であり、とりわけその純情娘の親や親戚から総スカンを食って再び村にはおれなくなってしまいます。
しかし、それでも世間知らずの純情娘はそのアホ男のことが忘れられず、必死で彼のことをとりなします。
仕方がないので、一族の連中は、「そんならハローワークに言ってまともな仕事について堅気の生活をするなら許してやる。(ローマ法王の許しを得るなら許してやる)」といいます。男は仕方なくハローワークに通うのですが(ローマ巡礼)、基本的に考えが甘いので上手く職を得ることなど出来るはずもなく「世間の連中はどうせ俺のことなんか何も分かってくれないんだ!やっぱり俺には風俗の姉ちゃんが一番だ!!」と叫んで男は再び都会に出て行こうとします。
ところが、嫌と言うほど裏切り続けられたにもかかわらず、その純情娘はそれでもアホ男のことを忘れられず、最後は自分の命を投げ出して彼を救ってくれるのです。
さすがのアホ男もその娘の献身的な愛のおかげでようやくにして目覚め、おまけに、世間の人もその娘の心を思ってアホ男を許します。』・・・という、男の身勝手を絵に描いたようなお話です。
さして、ここで序曲に続けて演奏される「ヴェヌスベルグの音楽」というのは、言ってみれば、アホ男が溺れてしまった風俗店での楽しい一時を描いた音楽だと言えます。
最後に、あらためて指摘するまでもないことですが、このアホ男とは疑いもなくワーグナー自身のことです。彼は己のアホさ加減と身勝手さを嫌と言うほど知っていました。でも、そんなあほうな自分でもいつか命をかけてでも愛して救ってくれる純情な女性が現れることを本気で信じていたのもワーグナーという男でした。
ワーグナーへの強い共感
サヴァリッシュ先生の演奏を凄いとは思うけれど、メンデルスゾーンのようなロマン派の作品だとあと一つ何か足りないモノを感じると書きました。そして、その理由として、作曲する側の「俺が俺が」と前に出てくる強烈な自己主張に呼応する演奏する側の「自己意識」みたいなモノが希薄ではないか、と書きました。
しかし、この一連のワーグナーの管弦楽曲集を聞くと、事はそれほど単純ではないことに気づかされます。
演奏のテイストは大きくは変わっていません。
オーケストラを完璧にコントロールして、精緻に、そして一点の曖昧さもなく音楽を形作っていきます。
しかし、不思議なことに、このワーグナーではメンデルスゾーンの時に感じたような「何か足りない」みたいな感覚は希薄です。
もちろん、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュみたいな演奏と比較すれば物足りなく思うかもしれませんが、そもそも、サヴァリッシュの音楽はそういう音楽とはアプローチの仕方が全く異なります。
セルやライナーなども基本的に同じだと思うのですが、彼らは「音」そのもの精緻に積み重ねていくことで、その結果として自ずからワーグナーの世界を描き出そうとしています。
サヴァリッシュもまた同じです。
そして、きっとメンデルスゾーンの時は音そのものを積み重ねた造形美には感心させられるモノの、結果として、そこからはメンデルスゾーンの自意識みたいなモノは感じ取れなかったわけです。しかし、このワーグナーからは、明らかにサヴァリッシュの自意識がワーグナーの自意識に呼応している事を感じます。
最弱音から始まるリエンチ序曲は、精緻に積み重ねられた音がフィナーレに向かって拡大していく様は、まさにワーグナーの自己意識に呼応するサヴァリッシュの姿が浮かび上がります。
ジークフリート牧歌では、精緻さと透明さを保持しながら、明らかにワーグナーに呼応する音楽のうねりが感じ取れます。
そうやって、思い至るのは、サヴァリッシュは素晴らしいオペラの指揮者だったという事実です。
私たちにとってサヴァリッシュと言えば、いつもN響を指揮しているおじさん、コンサート指揮者というイメージが強いのですが、若き時代のサヴァリッシュはカラヤンやビングからウィーンやメトへ誘われるほどのオペラ指揮者だったのです。特に、ワーグナーのオペラは彼にとってはもっとも親しいモノであったのですから、そこには強い共感もあったのでしょう。
ですから、ロマン派の作品になると「何か足りない」と感じてしまうと言う言い方は、あまりにも短絡的な物言いだったと反省する次第です。
よせられたコメント
【最近の更新(10件)】
[2025-03-28]

ラヴェル:スペイン狂詩曲(Ravel:Rhapsodie espagnole)
シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1950年12月26日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 26, 1950)
[2025-03-24]

モーツァルト:セレナード第6番 ニ長調, K.239「セレナータ・ノットゥルナ」(Mozart:Serenade in D major, K.239)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-21]

シューベルト:交響曲第2番 変ロ長調 D.125(Schubert:Symphony No.2 in B-flat major, D.125)
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1949年12月20日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 20, 1949)
[2025-03-17]

リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲, Op.34(Rimsky-Korsakov:Capriccio Espagnol, Op.34)
ジャン・マルティノン指揮 ロンドン交響楽団 1958年3月録音(Jean Martinon:London Symphony Orchestra Recorded on March, 1958)
[2025-03-15]

リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 ,Op.18(Richard Strauss:Violin Sonata in E flat major, Op.18)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)グスタフ・ベッカー 1939年録音(Ginette Neveu:(P)Gustav Becker Recorded on 1939)
[2025-03-12]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589(プロシャ王第2番)(Mozart:String Quartet No.22 in B-flat major, K.589 "Prussian No.2")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2025-03-09]

ショパン:ノクターン Op.27&Op.37(Chopin:Nocturnes for piano, Op.27&Op.32)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1956年発行(Guiomar Novaes:Published in 1956)
[2025-03-07]

モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425(Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1960年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1960)
[2025-03-03]

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調, Op.68(Brahms:Symphony No.1 in C Minor, Op.68)
アルトゥール・ロジンスキ指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック 1945年1月8日録音(Artur Rodzinski:New York Philharmonic Recorded on January 8, 1945)
[2025-02-27]

ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調(Debussy:Sonata for Violin and Piano in G minor)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)ジャン・ヌヴー 1948年録音(Ginette Neveu:(P)Jean Neveu Recorded on 1948)