R.シュトラウス:ホルン協奏曲第1番 変ホ長調 作品11
(Hr)デニス・ブレイン ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1956年9月23日録音
Concerto No.1 for Horn and Orchestra E-flat major, Op.11 [1.Allegro]
Concerto No.1 for Horn and Orchestra E-flat major, Op.11 [2.Andante]
Concerto No.1 for Horn and Orchestra E-flat major, Op.11 [3.Rondo: Allegro]
芸とは不思議なもの
よく知られているように、シュトラウスの父親はビューローから「ホルンのヨアヒム」と讃えられるほどのホルンの名手でした。シュトラウス自身も小さい頃からホルンの響きにはなじんでいて、どんなにぐずっていてもホルンの響きを聞くと機嫌がなおったというエピソードも残っているほどです。
そんなシュトラウスですから、後に管弦楽法の大家と言われるほどの大作曲家になった後もホルンは常に重要なメロディが与えられる存在であり続けました。
ですから、協奏曲にはあまり興味がなかったように見えるシュトラウスがホルンのための協奏曲を2曲も残しているのは当然と言えば当然のことだったのかもしれません。
ただし、のこされた2曲の間には60年という年月が横たわっています。
最初の協奏曲は彼が19歳の頃に作曲されています。きっかけは父親の60歳の誕生日を祝うためでした。
ここには若者らしい気概が満ちあふれていて、おくられた父親の方はその大胆さに苦言を呈したと伝えられています。しかし、息子の方はそんなオヤジの小言に対して「だって、お父さんは家で練習しているときはもっと難しいパッセージを繰り返し練習しているじゃないですか。それをみんなの前で聞いてもらうだけの話ですよ!」と反論したそうです。
そして、その最初の協奏曲から60年近い年月を隔てて書かれたのが第2番の協奏曲です。
こちらは、第二次大戦下で次第にドイツの劣勢が明らかになる中で、その終わりに向けた絶望と諦めの中で作曲されました。そして、それ故か、この作品には滅び行くドイツへの挽歌としてモーツァルトへのオマージュが捧げられているように聞こえます。
ロンドと題された最終楽章は明らかにモーツァルトの「狩りのロンド」を思い出させます。
おそらく、シュトラウスの父が子の二つめの協奏曲を聴くことがあれば、最初の時のような苦言は呈さなかったでしょう。それほどまでに、ここではホルンは自由に振る舞うことが許されています。
とは言え、不思議なもので、そう言う無理のない自由さにふれた後で最初の協奏曲を聴くと、高みを目指して勢い込んだ若者の気概がかけがえのないものに思われてきたりもします。
芸とは不思議なものです。
真摯に音楽と向き合おうとする一人の男の姿
聞くところによると、ホルンという楽器は正確に音を出すことが非常に難しい楽器らしいです。もっとも、他人から聞かなくても、ソロを前にしたときのホルン奏者の不安そうな表情を見ていれば概ね察しはつきます。その日のプログラムがブルックナーの4番なんかだった日には、それこそ「体調不良により本日欠席」と言いたくなることでしょう。
ホルンの難しさはグルグル巻きになった管の長さと、それに似合わぬマウスピースの小ささに由来するそうです。構造的にきわめて不安定で、一発で音程を安定させるのが非常に困難なので、吹き始めで音を外す確率が非常に高い楽器です。
さらに困るのが高音域です。同じ指使いでいくつもの音が出ますから、ちょっとした加減の違いで間違って隣の音が出てしまいます。
しかし、そう言う不自由さと引き替えに、他の金管楽器にはない独特の音色が大きな魅力となっています。ホルンは金管楽器に分類されるのですが、そのふくよかでふっくっらとした響きは木管楽器を思わせるものがあります。言ってみれば、金管と木管のいいとこ取りをしたような魅力がホルンにはあるのです。
ですから、そう言う魅力のある響きのホルンを、まるでクラリネットやオーボエのように自由自在に吹きこなしてくれれば、その名人芸には拍手喝采なのです。
そう言う意味において、デニス・ブレインは唯一無二の存在でした。1950年代においては、それは疑いもない事実でした。
しかし、音楽教育のレベルが上がり、さらには録音がアナログからデジタルに移行することで、演奏家の技術は飛躍的に向上しました。
とりわけ底辺のレベルが大きく向上した事は疑いがなく、その成果を最も享受したのがオーケストラでした。これは今さら繰り返す必要もなく、80年代以降のオーケストラの技術的向上はめざましいものがあります。ただし、その結果として指揮者が個性を主張しづらくなり、結果として平均点は高いものの小利口な演奏ばかりがはびこることになりました。
しかし、その様な技術的向上の中で、頂点の部分はどうだったのでしょうか?
ヴァイオリンのハイフェッツ、ピアノのホロヴィッツ、そしてホロンのでニス・ブレイン。
名人と呼ばれたた彼らの芸は、今の時代から見れば技術的にはもはや過去のものになったのでしょうか。
答えは明らかに「NO!」です。
しかしながら、50年代においては飛び抜けた存在だった彼らに、技術的には互角に肩を並べる存在は登場してきています。その意味では、彼らはもはや「神」ではありません。
ホルンで言えば、ベルリンフィルみたいなトップ・オケの首席を務めるような連中の中には、疑いもなくブレインと肩を並べるホルン奏者がいます。しかし、これもまたオケの時と同じで、技術的完成だけで事が成り立つほど音楽というものは底が浅くはありません。うまいとは思うものの、結局最後まで心に残るのはブレインの録音です。
確かに、1957年9月、エディンバラ音楽祭からの帰路にトライアンフTR2とともにこの世を去ることでブレインの存在は「伝説」となり、その「伝説」ゆえに彼の録音は「神話化」されていると見る向きもあるでしょう。しかし、そう言う音楽以外のことを一切心から排除して、虚心坦懐に彼の音楽に耳を傾けてみれば、そこで聞こえてくるのは譜面台の上に自動車関係の雑誌を載せていたやんちゃ坊主の姿ではなく、何処までも真摯に音楽と向き合おうとする一人の男の姿です。
そんな男が残した録音を、いかに古いものであっても紹介しておくのがこのようなサイトの役割でしょう。
この若きホルン奏者の名を広く世に知らしめたのが、1944年録音のベートーベンのホルンソナタです。
- ベートーベン:ホルンソナタ ヘ長調 作品7:(P)Denis Matthews 1944年2月21日録音
この録音はもしかしたら、ヒストリカル音源を楽しめるかどうかのリトマス試験紙かもしれません。SP原盤時代の録音ですからパチパチノイズは満載ですが、そのノイズの向こう側に驚くほど明瞭にホルンとピアノの響きがとらえられています。
ここで、どうしてもパチパチノイズが気になって音楽が楽しめないという人は、無理をせずにヒストリカルの世界とは縁を切った方がいいでしょう。しかし、最初は気になっても、聞き進めていくうちにホルンとピアノの響きに魅了されテイクという人は、どんどんとこのディープな世界ニアしに踏み込んでいっても、人生における貴重な時間の無駄遣いとはならないでしょう。
それと比べれば、40年代に録音されたモーツァルトの二つの協奏曲と、リヒャルト=シュトラウスの協奏曲ははるかに聞きやすく仕上がっています。ベートーベンのソナタが気にならない人ならば全くのノープロブレムでしょうし、そちらが気になってもこちらが気にならないのならば、この辺りを下限としてヒストリカルの世界を辿ればいいでしょう。
- モーツァルト:ホルン協奏曲第2番 K417:ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1946年3月27日録音
- モーツァルト:ホルン協奏曲第4番 K495:マルコム・サージェント指揮 ハレ管弦楽団 1943年11月21日録音(意外と雑音少ない)
- R.シュトラウス:ホルン協奏曲第1番 変ホ長調 作品11:アルチェロ・ガリエラ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1947年5月21日録音
当然の事ながら、1956年に録音されたリヒャルト=シュトラウスの二つの協奏曲ならば、ネックは「モノラル録音」だということだけです。
- R.シュトラウス:ホルン協奏曲第1番 変ホ長調 作品11:ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1956年9月23日録音
- R.シュトラウス:ホルン協奏曲第2番 変ホ長調:ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1956年9月23日録音
ただし、この「モノラル」であると言うことがどうしても我慢できないという人がいれば、それはもうヒストリカルの世界とは無縁と言うことになるでしょう。それは、事の良し悪しではなくて、己の心が拒否するもののために時間を費やすことができるほど人生は長くはありません。
しかし、これもまたもう一つの真実だと思うのですが、人は必ず変わります。特に、年を兼ねれば、今まで見向きもしなかったものが急に美味しく思えることがあります。
ブレインが残したこれらの録音は疑いもなく、クラシック音楽の演奏史における一つのランドマークです。ですから、こういう古い録音を今は心が拒否しても、できれば何年かの時を隔てて、時には思い出したように聞き直してみれば、その音楽が貴方の心をとらえるときが来るかもしれません。
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