ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93
マルケヴィッチ指揮 ラムルー管弦楽団 1959年10月録音
Beethoven:Symphony No.8 in F major, Op.93 [1.Allegro vivace e con brio]
Beethoven:Symphony No.8 in F major, Op.93 [2.Allegretto scherzando]
Beethoven:Symphony No.8 in F major, Op.93 [3.Tempo di Menuetto]
Beethoven:Symphony No.8 in F major, Op.93 [4.Allegro vivace]
谷間に咲く花、なんて言わないでください。
初期の1番・2番をのぞけば、もっとも影が薄いのがこの8番の交響曲です。どうも大曲にはさまれると分が悪いようで、4番の交響曲にもにたようなことがいえます。
しかし、4番の方は、カルロス・クライバーによるすばらしい演奏によって、その真価が多くの人に知られるようになりました。それだけが原因とは思いませんが、最近ではけっこうな人気曲になっています。
たしかに、第一楽章の瞑想的な序奏部分から、第1主題が一気にはじけ出すところなど、もっと早くから人気が出ても不思議でない華やかな要素をもっています。
それに比べると、8番は地味なだけにますます影の薄さが目立ちます。
おまけに、交響曲の世界で8番という数字は、大曲、人気曲が多い数字です。
マーラーの8番は「千人の交響曲」というとんでもない大編成の曲です。
ブルックナーの8番についてはなんの説明もいりません。
シューベルトやドヴォルザークの8番は、ともに大変な人気曲です。
8番という数字は野球にたとえれば、3番、4番バッターに匹敵するようなスター選手が並んでいます。そんな中で、ベートーベンの8番はその番号通りの8番バッターです。これで守備位置がライトだったら最低です。
しかし、私の見るところ、彼は「8番、ライト」ではなく、守備の要であるショートかセカンドを守っているようです。
確かに、野球チーム「ベートーベン」を代表するスター選手ではありませんが、玄人をうならせる渋いプレーを確実にこなす「いぶし銀」の選手であることは間違いありません。
急に話がシビアになりますが、この作品の真価は、リズム動機による交響曲の構築という命題に対する、もう一つの解答だと言う点にあります。
もちろん、第1の解答は7番の交響曲ですが、この8番もそれに劣らぬすばらしい解答となっています。ただし、7番がこの上もなく華やかな解答だったのに対して、8番は分かる人にしか分からないと言う玄人好みの作品になっているところに、両者の違いがあります。
そして、「スター指揮者」と呼ばれるような人よりは、いわゆる「玄人好みの指揮者」の方が、この曲ですばらしい演奏を聞かせてくれると言うのも興味深い事実です。
そして、そう言う人の演奏でこの8番を聞くと、決してこの曲が「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、疑いもなく後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーであることに気づかせてくれます。
マルケヴィッチ版に込められた執念の結実
マルケヴィッチのベートーベンと言えば基本的には以下のラムルー管との録音がメインとなります。第3番「英雄」はシンフォニー・オブ・ジ・エアとの録音(MONO)が残っていて、それはそれで素晴らしい演奏なのですが、彼が己のベートーベンを問うという意気込みで取り組んだのラムルー管との録音であったことは間違いありません。
交響曲 第1番 ハ長調 作品21 1960年10月録音
交響曲 第5番 ハ短調 作品67「運命」 1959年10月録音
交響曲 第6番 ヘ長調 作品68 「田園」 1957年10月~11月録音(MONO)
交響曲 第8番 ヘ長調 作品93 1959年10月録音
交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱」 1961年1月録音
当然の事ながらマルケヴィッチにしてみれば全集として完成させる意気込みだったと思いますが、そのあまりにも厳しい訓練に音を上げたラムルー管が反旗を翻して録音は頓挫してしまいました。
聞いてみればすぐに分かることですが、あの緩いことで有名だったラムルー管が別人のような引き締まりようです。それでいながら、例えば8番の第3楽章のトリオでのフレンチホルンの響きなどは、まさにフランスのオケならではの美しさにが溢れていますから、ここまで鍛え上げたマルケヴィッチの手腕はたいしたものです。
そう言えば、フランスのオケによるベートーベンのシンフォニーというのは意外と録音が少ないです。
全集としてまとまっているものとなるとシューリヒト&パリ音楽院管弦楽団による録音くらいしか思い浮かびません。そして、あの録音もまたドイツのオケの重厚な響きによるベートーベンではなく、まるで「ステンドグラスのようなベートーヴェン」と評されたものでした。(録音は悪いですが・・・)
それだけに、この録音が頓挫してしまったことは、歴史的損失と言えるほどの傷手でした。何故ならば、この一連の録音は演奏が素晴らしいと言うだけでなく、旧全集に含まれる様々な問題点をマルケヴィッチなりに見直しを行った、いわゆる「マルケヴィッチ版」が使われていたからです。
よく知られていることですが、ベートーベンの楽譜と言えば、19世紀半ばに編纂された旧全集版(ブライトコプフ版)が使われていました。しかし、この旧全集版にはいろいろな問題が含まれていることは周知の事実であり、それ故に多くの指揮者は自分なりに手を加えた私家版をもっているのが普通でした。
しかし、マルケヴィッチの場合は、その様な部分的な手直しという領域をはるかに超えるもので、最終的には全3巻からなる「マルケヴィッチ版」を出版するに至るほどだったのです。この「マルケヴィッチ版」が出版されたのは1980年代ですから、その研究成果の全てがラムルー管との録音に反映されているわけではありませんが、それでもこの手の話に詳しい人による、主要な部分はこの録音でもしっかり押さえられているようなのです。
このような旧全集版に対する批判的研究をまとめる形で数多くの校訂版が出版されるようになるのはペータース版が嚆矢となるのですが、そのペータース社からほぼ時を同じくしてマルケヴィッチ版が出版されていますから、その重みは大したものなのです。
ただし、90年代にはいるとベーレンライター版が出版されるようになり、その影響力は一気に下がってしまい、結果としてこのマルケヴィッチ版を使った録音というのはこれからも現れそうにもないのです。
それだけに、残りの4曲(2?4番と7番)もラムルー管との録音が残ってほしかったと切に思わずにはおれないのですが、それもまた死んだこの年を数えるような仕儀です。
このマルケヴィッチ版の特徴が何処にあるのかと言うことを専門的に紹介できる資料も能力も持ち合わせていません。ただ、このラムルー管との録音を聞いた上での感想として述べさせてもらえれば、明晰さへの強い指向です。
ただし、この指向は、マルケヴィッチという指揮者の本能でもありますから、それがマルケヴィッチ版のスコアに依存する問題なのか、指揮者マルケヴィッチの手柄なのかは区別はつきません。
しかし、このラムルー管との録音は、その様な私家版を生み出すほどの執念が結実したものであったことは疑いがありませんし、逆に言えば、そこまでの執念を込めて臨んだからこそラムルー管が音を上げたと言えるのでしょう。
さて、ここで紹介している8番の交響曲ですが、一般的には7番と9番に挟まれた美しくはあってもこぢんまりとした音楽だとしては軽く見られてきていました。
しかし、その第1楽章はこの時期のベートーベンには珍しくいきなり第1主題がフォルティッシモ提示されます。さらに、その後もフォルテ記号の嵐なので、おそらくこれを譜面通りやると血管がぶち切れそうになるはずです。ですから、その辺りをどほどに手加減をして美しくまとめる指揮者が大半だったので先に述べたような誤解を招く結果となったのだと私は思うのです。
しかし、そのフォルテの嵐とも言うべき譜面面を見る限りは、こぢんまりした交響曲どころかかなり異形の音楽になっていると思うのです。
そして、その異形ぶりをこのマルケヴィッチの演奏はものの見事なまでに描ききっているのです。
それはもう、何とも言えないほどの苛烈な演奏です。
それなりの再生システムで、音量やや大きめで再生すれば、その血管ぶち切れの凄みが十分に伝わってくるかと思います。
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