クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

フォーレ:ヴァイオリンソナタ第1番 イ長調 作品13

(vn)クリスチャン・フェラス (P)ピエール・バルビゼ 1964年9月21日~25日録音



Faure:Violin Sonata No.1 in A major, Op.13 [1.Allegro molto]

Faure:Violin Sonata No.1 in A major, Op.13 [2.Andante]

Faure:Violin Sonata No.1 in A major, Op.13 [3.Allegro vivo]

Faure:Violin Sonata No.1 in A major, Op.13 [4.Allegro quasi presto]


フランス室内楽の嚆矢

フォーレが音楽家としてのスタートを切った時代のパリでは、音楽と言えば「オペラ」でした。今でこそフランス音楽において「室内楽」というジャンルは大きな地位を占めていますが、19世紀の中葉においては、室内楽などというものはアマチュア音楽家が内輪の集まりで演奏されるもの、と言うのが一般的な認識でした。ですから、プロの音楽家が目指すべきものはオペラの作曲であり、室内楽などというものには誰も見向きもしなかったのです。ですから、酔狂にも、そう言うアマチュア演奏家のために供給される室内楽作品は過去の名品を下敷きにした陳腐で保守的な音楽ばかりでした。

ですから、まさにその様な時期に、若きフォーレがこのようなヴァイオリンソナタを発表したというのは音楽史的に見れば画期的な出来事だったのです。
まさにこの作品をきっかけとして、次々と魅力的なフランスの室内楽作品が生み出されていきます。そして、音楽史的に見れば、あのブラームスのヴァイオリンソナ第1番と較べても3年先んじていますし(フォーレ:1876年・ブラームス:1879年)、この10年後にして漸くフランクのヴァイオリンソナタ(1886年)が生まれるのです。
そう言う意味において、この作品こそがフランス室内楽の嚆矢と言っても言い過ぎではないのです。

しかしながら、晩年のフォーレがこの時のことを回想して次のように語っていました。

「本当のことをいうと、1870年以前には、私はソナタや四重奏曲を書きたいとは思っていなかった。当時は、若い作曲家の作品が演奏される場などなかったからだ。」
オレは本当は、そんな事はやりたくなかったんだ・・・というわけです。

しかしながら、本当はやりたくなっかたしごとに取り組むきっかけを与えたのはサン・サーンスでした。それは、サン・サーンスが871年に国民音楽協会を設立し、若手のフランス人作曲家の作品を世に知らしめようとの努力をはじめたからです。
フォーレもそのサン・サーンスの呼びかけに応えて、このヴァイオリンソナタの作曲に着手することになったのです。
作曲はこの時期に知り合ったヴァイオリニスト、ユベール・レオナールの協力も得られたことで順調に進んだようです。とりわけ、レオナールからは演奏上の問題をレクチャーしてもらえたことが大きな助けとなったようです。

実際、その様にして仕上がったヴァイオリンソナタは、今までの古いヴァイオリンソナタとは全く異なる魅力を持った美しい音楽に仕上がっています。そして、その美しさは初演の時にも素直に受け入れられて大成功を収めます。

この日の様子をサン=サーンスは後日次のように記していたそうです。

「ここ数年間のフランスとドイツにおいて発表された音楽の中に、あれほど優れており、またあれ以上の魅力を持つ作品はない。」

音楽の基本的な構造は古典的と言えるほどの明晰さを持ちながら、音楽が持つ手触りはベートーベンのソナタとは全く異なります。このふんわりとした光と影が交錯するような手触りをもった音楽は今までには存在しないものでした。何ともいい加減で、都合のいい表現を許してもらえるならば、それは明らかに「フランス的」な軽さに満ちた音楽だったのです。
それでいながら、フィナーレに向けて高揚していく感触は、何処までいっても確かな手応えが感じにくいこの後の時代のフランス音楽達とも何処か違います。
淡い光と影の交錯だけで終わらないところが、この作品の魅力だとも言えます。

それにしても、全く先行するもののない世界において、いきなりこのような作品を生み出してしまったところにフォーレの凄みを感じてしまいます。

無理をしてるなぁ・・・


フェラスは1957年にフォーレのソナタを録音しているのですが、その7年後に、もう一度録音をしています。
それほどメジャーではない作品を、わずか7年という短いスパンで再録音するというのは異例なことなので、それはレーベル側の要望ではなくてフェラス自身の要望だっただろうとは想像されます。そして、そう言う演奏家側の要望でこういう再録音が行われると言うことは、この時代のフェラスの立ち位置がかなり高かったことも窺わせてくれます。

この二つの録音はわずか7年しか隔たっていないのに、明らかに音楽の形は大きく変わってしまっています。そして、その違いを問いたかったので再録音を要望したのでしょう。

その変化とは、先にチャイコフスキーのコンチェルトで述べたことがそっくりそのままあてはまります。
フェラスの自殺をカラヤンとの関係に求める説は昔からあったのですが、おそらくは彼自身を追い込んでいったであろう演奏様式のチェンジは、カラヤン以前から芽生えていたことをこの録音は教えてくれます。もちろん、65年にカラヤン&ベルリンフィルとの関係を正式にスタートさせる以前からカラヤンとの関係はあったのでしょうが、主観性を大切にする彼本来の姿を変えようとしたのは彼の内発的な思いからであったことは疑いないようです。

考えてみれば、その様な変化が外から強いられたものならば、その変化が己の身に添わないものだと分かった時点で容易に捨てることが出来たでしょう。しかし、その変化が内発的なものであれば、その変化を成し遂げることの出来ない己をせめることに繋がってしまいます。
時代の変化の中で、あるべき己の姿をしっかりと認識して、変わってはいけない己の本質を守り抜いていくというのは難しいことだったのでしょうか。

この64年録音のフォーレは、57年盤と較べればはるかに客観性が高くてプロポーションも立派です。
57年盤で感じたある種の不安定さはほぼ払拭されていますし、それでいてフェラス本来の美音も損なわれていません。チャイコフスキーの項でも述べたように、演奏というものを幾つかの観点に細分化して得点化し、それを平均してみれば64年盤の方がかなり高評価になるはずです。ですから、第2番もあわせて録音されていると言うことも含めれば、フェラスのフォーレは64年盤こそが代表盤と言うことになるはずです。

しかし、残念なことに、57年盤のある種の不安定さの中から感じ取れた繊細な光と影の交錯、青年が持つある種思い詰めた青白さのようなものはすっかり消えてなくなっています。
そして、我が儘な聞き手は言うのです。

何だ、こんな風に立派な方向性で演奏するならば、他にももっといいものがある。

例えばハイフェッツの55年盤!!

フェラスの57年盤よりもさらに古い録音ですが、この作品がもつ、古典的と言えるほどの明晰さをこれほど鮮やかに描ききった演奏は他には思い当たりません。そして、その明晰さゆえに光と影が淡く交錯するのではなく、光と影が明確に二分化されてしまっているのですが、その潔さが逆に生理的な快感に繋がってくるような演奏です。

結局、フェラスは時代の変化に己を添わせることで、自分が持つ最大の強みを見失ってしまったような気がするのです。
もちろん、人によっていろいろな見方はあるでしょうが・・・。

よせられたコメント

2016-03-12:emanon


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