バルトーク:ヴァイオリン協奏曲 第2番 Sz.112
(Vn)ユーディ・メニューイン アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団 1957年2月12日~13日録音
Bartok:Violin Concerto No.2 in B Major, Sz.112 [1.Allegro non troppo]
Bartok:Violin Concerto No.2 in B Major, Sz.112 [2.Andante tranquillo]
Bartok:Violin Concerto No.2 in B Major, Sz.112 [3.Allegro molto]
バルトークの驚嘆すべき構成力
どうでもいいことなのかもしれませんが、バルトークのヴァイオリン協奏曲に関しては、そのナンバリングをめぐって確認しておく必要があります。
古い時代の資料を見ていると、バルトークのヴァイオリン協奏曲は「ヴァイオリン協奏曲」とだけ記されていて、第1番とか第2番というナンバリングはされていません。何故ならば、バルトークが作曲したヴァイオリン協奏曲は1937年に着手し、翌38年に完成された1曲だけだと思われていたからです。
ところが、バルトークの死後10年近くが過ぎ去った1956年に一人の女流ヴァイオリニストがこの世を去り、彼女の遺品を整理している過程でバルトークから彼女におくられたヴァイオリン協奏曲の草稿が発見されたのです。その女流ヴァイオリニストとはシュティフ・ガイエルなる女性であり、バルトークが一時激しい思いを寄せていた人物として知られています。バルトークは彼女への思いを手紙の中で「これが貴方の示導動機です」と短い旋律を書き添えて、このヴァイオリン協奏曲を献呈していたのです。
残された記録によると、このヴァイオリン協奏曲は1907年に着手され、翌1908年に完成されていて、その草稿譜はシュティフ・ガイエルに贈られているのです。そして、1911年に、第1楽章だけが「肖像」というタイトルでひっそりと演奏されたことがあるようなのですが、結局はその協奏曲の存在はほとんど知られることなく埋もれてしまったのです。
確かに、この二人の関係は1908年2月のガイエルからの別れの手紙で終止符を打ったのですから、彼女にしてもこのような作品を献呈されて困ってしまったのでしょう。
しかし、それでもなお破棄することなく手元に大切に置いてくれたのは音楽家としての責務を自覚していたからでしょう。
ガイエルの死によって再発見されヴァイオリン協奏曲は1959年に出版され、作曲年代に従って「ヴァイオリン協奏曲第1番(遺作)」と命名されました。そして、それに従って、従来は「ヴァイオリン協奏曲」とされていた作品は「ヴァイオリン協奏曲第2番」とナンバリングされることになったのです。
- バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第1番(遺作)
- バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番
普通に考えれば、第1番の方に「遺作」と断り書きがつくのはおかしな話なのですが、それは上で述べたような事情に基づくものです。
もっとも、このようなことを知っていようが知らなかろうが、作品を聞く上ではどうでもいいことではあるのですが・・・。
なお、この現在では「第2番」とナンバリングされているヴァイオリン協奏曲には、大きな変動を経験した20世紀初頭の音楽界のあらゆる要素が、バルトークという偉大な作曲家のフィルターを通して取り込まれた音楽になっています。そこには12音技法による旋律も登場すれば民謡などによく登場する5音階も使われ、さらにはディアトニック音階や四分音を使ったかのような部分も登場するのです。
そして、驚くべきは、その様な新しい試みをものの見事なまでに古典的な均衡の中にまとめ上げている事です。
ですから、実際の音楽を耳にすれば、後の時代の「前衛」という名の「非音楽」のようなことにはなっていないのです。
まさに、バルトークこそは誰かが言ったように「20世紀という時代に多くの人が受けた衝撃」をもの見事なまでに受け取ってものの見事なまでに消化しつくした音楽家だったのです。
バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番
第1楽章:アレグロ・ノン・トロッポ(ソナタ形式)
冒頭部分は明らかに民謡的な5音階で始まります。そして、それに続く第1主題もこれまた明らかに5音階的です。しかし、続く第2主題は明らかに12音技法による旋律になっています。しかし、同時にそれはきわめて旋律的です。このあたりが、意だけあって心のない(もっとも、そう言う人たちは最初から心なんていらないと言うでしょうが)音楽家達とバルトークを大きく隔てるポイントなのでしょう。
展開部にはいると、いよいよヴァイオリンの名人芸が遺憾なく発揮され、カデンツァの部分では4分音的な動きも見せるのですが、それもまたアロイス・ハーバが提唱したような理屈としての4分音組織とはおもむきは全く異なっています。
第2楽章:アンダンテ・トランクイロ(変奏曲形式)
主題と7つの変奏から成り立っている楽章です。主題は民謡的な穏やかさをもっているように見えるのですが、低声部では12音的な音列が使われています。変奏は、独奏ヴァイオリンがリズムを細分化したり、ハープと対話をしたり、カノン風に展開したりと多彩に展開されています。
第3楽章:アレグロ・モルト(ソナタ形式?)
民族舞踏風の活気に満ちた音楽になっています。この楽章はソナタ形式によっているのですが、そこで使われる主題は全て第1楽章の第1主題、第2主題を変形したものになっています。
これはかなり珍しい形式であり、見方によってはかなり自由度の高い第1楽章の変奏形式とも見ることが可能です。
しかしながら、その様に自由に振る舞いながら、全体はきわめて緊密な統一感のもとにまとめられていることは聞けば誰でも分かることです。
バルトークの驚嘆すべき構成力に驚かされるのみです。
バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第1番(遺作)
この作品を献呈されたガイエルは、この作品について次のように述べていたとのことです。
「これは本当の協奏曲ではなく、むしりヴァイオリンとオーケストラによる幻想曲なのです」
「どちらの楽章も肖像なのです。最初のは彼が愛した乙女の、第2のは彼が感嘆していたヴァイオリニストの」
残念ながら、ガイエルというのがどれほど感嘆すべきヴァイオリニストだったのかを知るすべは何もありません。ですから、バルトークが心を寄せたのが「乙女」だったのか「感嘆すべきヴァイオリニスト」だったのか、それとも彼女が述べているようにその両方だったのかは今となっては誰も分かりません。
しかし、この作品には、確かにガイエルが述べたような側面は明らかに指摘できます。そして、バルトークは後にこの第1楽章をもとに「肖像」という作品を残していますから、おそらくは彼が愛したのは「乙女」の方だったのでしょう。
第1楽章:アンダンテ ソステヌート
二つの主題とその展開による5つの部分から成り立っています。最初の主題は独奏ヴァイオリンによって示されますが、それはまさにバルトークが愛した乙女であることは確かなようです。このしなやかで美しい旋律こそはバルトークが愛した乙女、ガイエルの姿なのでしょう。
これに続く二つめの主題は第1ヴァイオリンの第1プルトによって奏されます。最初の主題を提示し終えた独奏ヴァイオリンは、ここでは自由に振る舞います。そして、最後は美しい第1主題だけが用いられ、独奏ヴァイオリンはハープの伴奏を伴って美しく音楽を閉じます。
第2楽章:アレグロ ジョコーソ
第2楽章へは切れ目無く接続されます。こちらは、第1楽章とは違ってラプソディックな名人芸が独奏ヴァイオリンに託されます。ガイエルが述べたように、この楽章で描かれるのは「感嘆していたヴァイオリニスト」なのです。
冒頭の動機はバルトークが手紙にしたためた「ガイエールの動機」なのですが、それが複雑な展開によって全体の統一性が損なわれないように深い配慮が施されています。もっとも、聞き手の方はそのような深い配慮に気づかなくとも、この音楽が何を言っているのかが常人には到底理解できないような「意」だけの音楽ではないことは容易に聞き取れることでしょう。
古典的な均衡
メニューヒンとフルトヴェングラーに関するエピソードは語り尽くされていますので、今さら繰り返しません。
ただ、一つ指摘しておきたいのは、メニューヒンがフルトヴェングラーを擁護するという行為は、戦勝国側の音楽家が高みの安全なポジションから手をさしのべたというような気楽なものではなかったと言うことです。フルトヴェングラーを擁護するという行為は、当時のアメリカのユダヤ人社会においては「裏切り」行為以外の何ものでもなかったのです。
そして、アメリカの音楽界ではユダヤ人のグループが大きな力を持っていましたから、メニューヒンがフルトヴェングラーの非ナチ化裁判で擁護するだけでなく、無罪となった後に積極的に共演を行ったことは、結果としてメニューヒン自身がアメリカの音楽界から追放されるという結果を招いたのです。
しかし、メニューヒン自身は、そう言う現実的なリスクよりも、フルトヴェングラーという偉大な音楽家と共演することによる音楽的な喜びの方が大きかったようです。彼は、フルトヴェングラーとの共演を重ねるうちに、彼以外の指揮でコンチェルト演奏する気は起こらないと語っているのです。ですから、彼はアメリカのユダヤ人社会から追放されても、活動の拠点をロンドンに移して音楽活動を続けたのです。
ただし、メニューヒンがいくらフルトヴェングラーの偉大さを賞揚しても、さすがにバルトークともなれば問題はあるんじゃないかと思いました。
メニューヒン自身はバッハ・ベートーベン・ブラームスに並ぶ4番目の「B」としてバルトークを評価していましたが、フルトヴェングラーの真骨頂は3番目の「B」までだというのは衆目の一致するところでしょう。この精緻な数式のようなバルトークの音楽はフルトヴェングラーの気質とは合わないんじゃないかと思ったのです。
ですから、いささか意地悪な気持ちで、メニューヒンが数年後に、ドラティのとのコンビで録音した演奏と聞き比べてみて、いくらフルトヴェングラーでも万能じゃないよ、と言ってやろうと思ったのです。
ところが、実際に聞いてみて驚きました。
フルトヴェングラー盤のバルトークは見事なまでの古典的な均衡の中に音楽を形作っているのです。
録音のクオリティという点ではドラティ盤との間には途轍もない差があるので、そのぶんもかなり不利なのですが、それでもこの背筋のしゃんと伸びた佇まいの良さはドラティを上回っています。そして、その様な均衡を保ちながら、音楽全体はフルトヴェングラーらしい大きなうねりが十分に感じられるのです。
いやはや参りました、これは今もってその他の数多くの録音に交じっても十分すぎるほどに存在価値のある録音でした。
それから、ドラティとメニューヒンはこのミネアポリスのオケではなくて、ニュー・フィルハーモニー管との間でもう一枚録音しているのですが、オケの性能の問題もあって完成度としては後年の録音の方が明らかにすぐれています。
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