ホロヴィッツ/カーネギー・ホール ザ・ヒストリック・コンサート
(P)ウラディミール・ホロヴィッツ 1965年5月9日録音
Bach:Toccata, Adagio and Fugue in C major, BWV 564 [1.Toccata](Arr. Ferruccio Busoni)
Bach:Toccata, Adagio and Fugue in C major, BWV 564 [2.Adagio](Arr. Ferruccio Busoni)
Bach:Toccata, Adagio and Fugue in C major, BWV 564 [3.Fuga](Arr. Ferruccio Busoni)
Schumann:Fantasy in C major [1.Durchaus phantastisch und leidenschaftlich vorzutragen - Im Legendenton - Erstes Tempo - Adagio - Im Tempo]
Schumann:Fantasy in C major [2.Massig. Durchaus energisch. - Etwas bewegter. - Viel bewegter]
Schumann:Fantasy in C major [3.Langsam getragen. Durchweg leise zu halten. - Etwas bewegter. - Nach und nach bewegter und schneller. - Adagio]
Scriabin:Piano Sonata No.9, Op.68 "Black Mass"
Scriabin:2 Poemes, Op.32-1
Chopin:Mazurkas in C-sharp minor, Op.30-4
Chopin:Etudes in F major, Op.10-8
Chopin:Ballade No.1 in G minor, Op.23
Debussy:Children's Corner [3.Serenade for the Doll]
Scriabin_Etude_Op2-1_Hrowitz_65
Moszkowski:15 Etudes de Virtuosite in A flat Major ,Op72-11
Schumann:Kinderszenen, Op.15-7 [Traumerei]
ホロヴィッツ/カーネギー・ホール ザ・ヒストリック・コンサート
演奏曲目
前半
- バッハ:トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV564
- シューマン:幻想曲 ハ長調 作品17
後半
- スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第9番 作品68 「黒ミサ」
- スクリャービン:詩曲 嬰ヘ長調 作品32の1
- ショパン:マズルカ 第21番 嬰ハ短調 作品30の4
- ショパン:練習曲 第8番 ヘ長調 作品10の8
- ショパン:バラード 第1番 ト短調 作品23
アンコール
- ドビュッシー;人形へのセレナード [「子供の領分」、第3曲]
- スクリャービン:練習曲 嬰ハ短調 作品2の1
- モスコフスキー:練習曲 変イ長調 作品72の11
- シューマン:トロイメライ [「子供の情景」作品15
歴史的証言者としての録音
正直言って今さら何もつけくわえる必要のない録音なのですが、それでも「初めて」の人は初めてなので、この録音の経緯などについて必要最低限の事だけは記しておきます。
彼のショーマンシップに溢れたライブ録音などを聞くとにわかには信じがたいのですが、コンサートを前にしたホロヴィッツはいつも舞台の袖で震えていたそうです。
ホロヴィッツと言えば、どちらかというとそのエキセントリックな振る舞いばかりが喧伝されるのですが、その奥に隠された彼の神経はきわめて繊細なものだったようです。
彼は自分の力だけでは舞台の袖から出ていく勇気が持てなかったので、その背中を押してくれる人が常に必要でした。そして、時には、どうしても動こうとしないホロヴィッツの背中を突き飛ばすようにして舞台に送り出すこともあったようなのです。
しかし、そんな生活がついに耐えられなくなった彼は、1953年2月25日の「シルバー・ジュビリー・コンサート」を一つの区切りとして公開の演奏会から姿を消し、それ以後は気のおもむくままにスタジオでのセッション録音だけを行うようになります。
そして、このスタイルを最後まで貫き通していれば彼もまたグールドのような存在になったのかもしれません。
しかし、やはり、ホロヴィッツはグールドとは違って本質的に舞台の人でした。
ポツリポツリとスタジオ録音は行いながら、やがて彼は舞台への復帰の日を探るようになります。
そして、ついに意を決して行ったのが、1965年5月9日、カーネギー・ホールでのリサイタルだったのです。このコンサートのことを英語圏では「Historic Return」と称してるのです。
このコンサートの実施が決まると大変な熱狂が巻き起こり、演奏会のチケット発売前夜には、冷たい雨と強い風の中であったにもかかわらず、1000人を超えるファンが徹夜でカーネギー・ホールを取り囲みました。
それを聴いたホロヴィッツの夫人(トスカニーニの娘ですね)は自ら温かい珈琲を配って回ったという話は有名ですし、その夫人は並んでいる人から「もう12時間待っているんです」と言われたのに対し、「私は12年待ったのよ」と切り返したというのも有名なエピソードです。
しかし、この12年の空白を経ての復帰コンサートというのは、演奏家に対してどれほどのプレッシャーを与えるものなのでしょうか。
実際、この復帰コンサートは予定の時間が来てもホロヴィッツは現れませんでした。5分、10分と経ってもホロヴィッツは姿を現さず、やはり今日もキャンセルになるのではないかという不安が劇場に広がっていきます。
そうです、この時もまた、ホロヴィッツは舞台の袖で震えていて、どうしても出ていく勇気が持てなかったのです。
しかし、およそ20分が経過したところで、ついに彼は意を決して舞台へと歩を進めます。この録音の冒頭の拍手は、まさにその一瞬からこの歴史的な出来事を捉えています。
おそらく、こういうコンサートのライブ録音に対して演奏の質に関して云々するのは無粋というものでしょう。
もちろん、冒頭のバッハから、既にホロヴィッツ以外の何ものでない音楽を聴かせてくれていますが、それでも絶好調の時のホロヴィッツと較べればいささか物足りないことは事実です。
しかし、このバッハで吹っ切れたのか、続くシューマンの幻想曲からはホロヴィッツの本領が発揮されはじめます。
レコードというのは、その言葉通り歴史的な瞬間を「記録」するという役割があります。
ですから、この録音はその様な歴史的証言者としての意義は途轍もなく大きいのですが、決してそれだけのものでない、第一級の音楽が聴ける録音であることも見逃してはいけないのです。
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