クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シューベルト:交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D759

スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ指揮 ミネアポリス交響楽団 1961年3月27日録音



Schubert:Symphony No.8 in B minor D.759 "Unfinished" [1.Allegro moderato]

Schubert:Symphony No.8 in B minor D759 "Unfinished" [2.Andante con moto]


わが恋の終わらざるがごとく・・・

この作品は1822年10月30日に作曲が開始されたと言われています。しかし、それはオーケストラの総譜として書き始めた時期であって、スケッチなどを辿ればシューベルトがこの作品に取り組みはじめたのはさらに遡ることが出来ると思われています。
そして、この作品は長きにわたって「未完成」のままに忘れ去られていたことでも有名なのですが、その事情に関してな一般的には以下のように考えられています。

1822年に書き始めた新しい交響曲は第1楽章と第2楽章、そして第3楽章は20小説まで書いた時点で放置されてしまいます。
シューベルトがその放置した交響曲を思い出したのは、グラーツの「シュタインエルマルク音楽協会」の名誉会員として迎え入れられることが決まり、その返礼としてこの未完の交響曲を完成させて送ることに決めたからです。

そして、シューベルトはこの音楽協会との間を取り持ってくれた友人(アンゼルム・ヒュッテンブレンナー)あてに、取りあえず完成している自筆譜を送付します。しかし、送られた友人は残りの2楽章の自筆譜が届くのを待つ事に決めて、その送られた自筆譜を手元に留め置くことにしたのですが、結果として残りの2楽章は届かなかったので、最初に送られた自筆譜もそのまま忘れ去られてしまうことになった、と言われています。

ただし、この友人が送られた自筆譜をそのまま手元に置いてしまったことに関しては「忘れてしまった」という公式見解以外にも、借金のカタとして留め置いたなど、様々な説が唱えられているようです。
しかし、それ以上に多くの人の興味をかき立ててきたのは、これほど素晴らしい叙情性にあふれた音楽を、どうしてシューベルトは未完成のままに放置したのかという謎です。

有名なのは映画「未完成交響楽」のキャッチコピー、「わが恋の終わらざるがごとく、この曲もまた終わらざるべし」という、シューベルトの失恋に結びつける説です。
もちろんこれは全くの作り話ですが、こんな話を作り上げてみたくなるほどにロマンティックで謎に満ちた作品です。

また、別の説として前半の2楽章があまりにも素晴らしく、さすがのシューベルトも残りの2楽章を書き得なかったと言う説もよく言われてきました。
しかし、シューベルトに匹敵する才能があって、それでそのように主張するなら分かるのですが、凡人がそんなことを勝手に言っていいのだろうかと言う「躊躇い」を感じる説ではあります。

ただし、シューベルトの研究が進んできて、彼の創作の軌跡がはっきりしてくるにつれて、1818年以降になると、彼が未完成のままに放り出す作品が増えてくることが分かってきました。
そう言うシューベルトの創作の流れを踏まえてみれば、これほど素晴らしい2つの楽章であっても、それが未完成のまま放置されるというのは決して珍しい話ではないのです。

そこには、アマチュアの作曲家からプロの作曲家へと、意識においてもスキルにおいても急激に成長をしていく苦悩と気負いがあったと思われます。
そして、この時期に彼が目指していたのは明らかにベートーベンを強く意識した「交響曲への道」であり、それを踏まえればこの2つの楽章はそう言う枠に入りきらないことは明らかだったのです。

ですから、取りあえず書き始めてみたものの、それはこの上もなく歌謡性にあふれた「シューベルト的」な音楽となっていて、それ故に自らが目指す音楽とは乖離していることが明らかとなり、結果として「興味」を失ったんだろうという、それこそ色気も素っ気もない説が意外と真実に近いのではないかと思われます。

この時期の交響曲はシューベルトの主観においては、全て習作の域を出るものではありませんでした。
彼にとっての第1番の交響曲は、現在第8(9)番と呼ばれる「ザ・グレイト」であったことは事実です。

その事を考えると、未完成と呼ばれるこの交響曲は、2楽章まで書いては見たものの、自分自身が考える交響曲のスタイルから言ってあまり上手くいったとは言えず、結果、続きを書いていく興味を失ったんだろうという説にはかなり納得がいきます。

ちなみに、この忘れ去られた2楽章が復活するのは、シューベルトがこの交響曲を書き始めてから43年後の1865年の事でした。ウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックによってこの忘れ去られていた自筆譜が発見され、彼の指揮によって歴史的な初演が行われました。
ただ、本人が興味を失った作品でも、後世の人間にとってはかけがえのない宝物となるあたりがシューベルトの凄さではあります。
一般的には、本人は自信満々の作品であっても、そのほとんどが歴史の藻屑と消えていく過酷な現実と照らし合わせると、いつの時代も神は不公平なものだと再確認させてくれる事実ではあります。


  1. 第1楽章:アレグロ・モデラート
    冒頭8小節の低弦による主題が作品全体を支配してます。この最初の2小節のモティーフがこの楽章の主題に含まれますし、第2楽章の主題でも姿を荒らします。
    ですから、これに続く第2楽章はこの題意楽章の強大化と思うほど雰囲気が似通ってくることになります。また、この交響曲では珍しくトロンボーンが使われているのですが、その事によってここぞという場面での響きに重さが生み出されているのも特徴です。

  2. 第2楽章:アンダンテ・コン・モート
    クラリネットからオーベエへと引き継がれていく第2主題の美しさは見事です。
    とりわけ、クラリネットのソロが始まると絶妙な転調が繰り返すことによって何とも言えない中間色の世界を描き出しながら、それがオーボエに移るとピタリと安定することによって聞き手に大きな安心感を与えるやり方は見事としか言いようがありません。



スコアに書かれた音は全て聞き手に伝えるべき


「Stanislaw Skrowaczewski」・・・日本では長く「スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ」と表記されてきましたが、実際の発音に則せば「スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ」の方が正しいそうなので、最近は「スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ」と表記されることが多くなってきているようです。
ただし、何処の国であっても,
「スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ」であろうが、「スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ」であるが、あまりにも長すぎて発音しづらいので、とりわけ英語圏を中心として「Mr.S(ミスターS)」と呼ばれることが多い指揮者です。そして、最近は読売日本交響楽団との関係が深いので日本人にとっては非常に馴染みのある指揮者の一人ともなっています。

それにしても、芸歴の長い人です。
1923年生まれですから、今年で御年92歳です。大変な早熟の天才で、11歳でピアニストとしてリサイタルを開き、13歳でベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を弾き振りするなど、神童ぶりを発揮した話は結構有名です。しかし、彼の名が世界に知れ渡ったのはセルの目にとまってクリーブランド管の客演に招かれた事がきっかけでした。そして、その客演指揮の成功でドラティの跡を継いでミネアポリスのオケを率いる事になり、さらにそのコンビでマーキュリー・レーベルやVOXレーベルに多くの録音を行ったことにによって多くの人にその存在を知られるようになりました。

そして、20年に近くにわたったミネアポリスとの関係を終えて再びヨーロッパに戻り、とりわけ1990年代にザールブリュッケン放送交響楽団とブルックナーの交響曲全集を完成させたことで押しも押されもせぬビッグネームの一人となりました。

「Mr.S」は本業は指揮者なのでしょうが、作曲家としての活動も活発に行っているという点ではパレーなどと似通っています。その意味では、作曲家が指揮活動を行ったときの特徴がそっくりそのまま彼にもあてはまります。
作曲家としての立ち位置がパレーと「Mr.S」とでは随分と違うのですが、指揮活動と言うことになると似通ってくるのは面白い現象です。

パレーのところで次のように述べたことが、「Mr.S」にもほぼあてはまるのではないでしょうか。

プロの作曲家であれば、言いたいこと、表現したいことは全て楽譜に詰め込んだという思いがあるはずです。
ですから、かなり思い切った言い方をしてしまえば、作曲家が指揮者(演奏家)に求めるものは、その楽譜を大切にして、それを「いかに」表現するかに力を傾注してくれることです。
間違っても、その楽譜を深読みして、そこに「何が」表現されているかを詮索し、その詮索をもとにしてもう一度「今まさに作品が生まれたか」かのように演奏するなどというのはお節介以外の何ものでもないはずです。」

そして、この「表現したいことは全て楽譜に詰め込んだという思い」はより強く、そうであるならば、そのスコアに書かれた音は全て聞き手に伝えるべき努力をするのが指揮者の仕事だというスタンスを絶対に崩さないのが「Mr.S」なのです。そして、そう言う彼の信念は若い頃からすでに確立していたことがはっきりと分かるのが、この30代のシューベルトの録音です。

非常に全体のバランスが良くて、ともすればエキセントリックになりがちなパレーと較べれば非常に真っ当な演奏に聞こえます。しかし、その真っ当なように聞こえる背景にある「バランス」と「明晰さ」への執念は尋常でないことが、聞き進んでいくうちにじわじわと伝わってきます。そして、その明晰さへの執念がともすれば音楽的なスケールを小さくするという批判がよく浴びせられるのですが、これを聞くと、ではあなたの言う「音楽的スケールっていったい何なのよ?」と聞いてみたくなったりします。
それはもしかしたら、「「何が」表現されているかを詮索し、その詮索をもとにしてもう一度「今まさに作品が生まれたか」かのように」演奏することを求めているのだとしたら、それは求める方が間違っているのです。最初から求めもしなければ追求もしていないものがないからと言って文句を言うのは筋違いで、もしもそう言うものが欲しいのならば、そう言うものを「売っている」お店に行けばいいのです。

でも、八百屋に行って肉がないと喚いている人の何と多いことか!!

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