レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア 第1組曲
ドラティ指揮 フィルハーモニア・フンガリカ 1958年4月録音
Respighi:Antiche danze et arie per liuto, Suite No.1 [1.Simone Molinaro: Balletto detto "Il Conte Orlando"]
Respighi:Antiche danze et arie per liuto, Suite No.1 [2.Vincenzo Galilei: Gagliarda]
Respighi:Antiche danze et arie per liuto, Suite No.1 [3.Anonymous: Villanella]
Respighi:Antiche danze et arie per liuto, Suite No.1 [4.Anonymous: Passo mezzo e Mascherada]
繊細な響きが魅力的な音楽
レスピーギは熱烈な古代ローマ帝国の賛美者というアナクロニズムの権化みたいな人だったようです。そして、その性行が歴史に埋もれつつあった17世のイタリア音楽の発掘という作業に向かわせたようです。
モンテヴェルディやヴィヴァルディの作品を校訂して出版なども行ったようです。
そして、そう言う作業の中で発掘してきた作品を下敷きにして、それらを現代的な装いにした管弦楽曲をたくさん生み出しました。
それらの作品はどれもが繊細な響きに彩られており、レスピーギ=ローマの松=ブッチャキサウンドと思っている人には、是非とも一度は聞いて欲しい音楽です。
リュートのための古風な舞曲とアリア
レスピーギの作品としてはローマ三部作に続いて有名な作品です。しかし、「次いで」と言っても、その二つの間には大きな隔たりがあります。しかし、隔たりがあるのはあくまでも「認知度」においてであって、音楽的な完成度という点では何差さもないどころか、個人的にはこちらの方がはるかに魅力的だと感じています。
タイトルは「リュートのための古風な舞曲とアリア」となっているのですが、16~17世紀のリュートのための音楽を管弦楽用に編曲したものなので、「リュートのための」となっていてもリュートの曲ではありません。
第1組曲 1917年 16世紀のリュート曲をオーケストラに編曲
第2組曲 1923年(1924年初演) 16、17世紀のリュート曲をオーケストラに編曲
第3組曲 1931年(1932年初演) 16、17世紀のリュート曲を弦楽合奏に編曲
この中では、弦楽合奏用に編曲された第3組曲がその優雅な響きによって最も親しまれています。第1曲目の「Italiana」が「風のくちづけ」というタイトルで本田美奈子が歌っていますし、第3曲の「Siciliana」が平原綾香が作詞をして歌っています。
また、認知度ではやや劣りますが、第1,2組曲も管弦楽に編曲されているので、より華やかな響きと美しいメロディが満載です。
もっともっと聞かれてもいい佳曲だと思います。
第1組曲
小舞踏曲(Balletto)(シモーネ・モリナーロの作品「オルランド伯爵」による)Allegretto moderato ニ長調 4/4拍子
ガリアルダ(Gagliarda)(ヴィンチェンツォ・ガリレイの作品による)Allegro maroato-Andantino mosso ニ長調 3/4拍子
ヴィラネッラ(Villanella)(16世紀末の作者不明の曲による)Andante cantabile-Poco piu mosso-Primo tempo ロ短調 2/4拍子
酔った歩みと仮面舞踏会(Passo mezzo e Mascherada)(16世紀末の作者不明の曲による)Allegro vivo-Vivacissimo-Allegretto-Allegretto-Vivo-Vivacissimo-Meno(maroato e sostenuto) ニ長調 2/4拍子
第2組曲
優雅なラウラ(Laura soave)(ガリアルダ風小舞踏曲、サルタレッロとカナリオBalletto con gagliarda, saltarello e canario)(ファブリツィオ・カロージョの作品による)Andantino-ガリアルダ(Allegro marcato)-サルタレッロ(Lo stesso tempo)-カナリオ(Andantino) ニ長調 2/4拍子
田園舞曲(Danza rustica)(ジャン・バティスト・ベサールの作品による)Allegretto ホ長調 2/2拍子
パリの鐘(Campanae parisienses)(中間部のアリアはマラン・メルセヌの作品による)Andante mosso-Largo espressivo ハ長調 4/4拍子
ベルガマスカ(Bergamasca)(ベルナルド・ジャノンチェッリの作品による)Allegro ニ長調 2/2拍子
第3組曲
イタリアーナ(Italiana)(オットリーノ・レスピーギ) Andantino 変ホ長調 3/4拍子
宮廷のアリア(Arie di corte)(ジャン・バティスト・ベサールの作品による) Andante cantabile ト短調 3/4拍子
シチリアーナ(Siciliana)(作曲者不詳) Andantino ハ短調 3/4拍子
パッサカリア(Passacaglia)(ルドヴィコ・ロンカッリの曲による) Maestoso ト短調 3/4拍子
オレはホントはこういう音楽をしたいんだよ
ドラティとマーキュリーレーベルといえば真っ先に思い浮かぶのが、チャイコフスキーの序曲「1812年」です。当時、世界中で200万枚売れたという超ベストセラーであり、このレーベルの録音の素晴らしさを世に知らしめた1枚です。陸軍士官学校のカノン砲がぶっ放され、72個の鐘が壮大に鳴り響くというのがこの録音の売りなのですが、確かにその迫力たるや尋常のものではありませんでした。
しかし、そういうカノン砲や鐘の音ばかりが話題になった録音なのですが、真面目に聴き直してみると意外なほどに演奏が素晴らしいことに驚かされたものです。これほどの高解像度の録音でもほとんど破綻を感じさせないオケの力量は、偉大なるオーケストラトレーナーだったドラティによる鍛錬のたまものでした。
そして、こういう大仕掛けのもとではともすれば緩みがちになり、粗っぽくもなってしまいがちな音楽をキリリと引き締めて、この冗談のような絵巻物を最後の最後まで大真面目に演じきっていました。
おそらくは、レーベルの側からは冗談みたいな音楽を要請されたのでしょうが、その冗談みたいな要請をこなしながらも、最低限の節度は保って音楽として成り立たせているあたりにドラティの良心を感じたものです。
そして、そう言う音楽家としての良心がこのレスピーギの一連の録音には如実に表れています。
オーディオが広く普及し、その「威力」を世に知らしめるためには、レスピーギの管弦楽曲は最適のアイテムでした。とりわけ、ローマの松は極限のピアニッシモから爆発するフォルティッシモまで含んでいますから、まさにオーディマニア御用達の音楽といえました。
ドラティもまた、モノラルの時代に一度、そしてステレオ録音になってからもう一度録音を行っています。
こういう事には聡いカラヤンも58年にはステレオでローマの松を録音しています。すべての楽器が力ずくではなく、しなやかに鳴りきって、その頂点で目も眩むような大爆発を演じて見せたフィルハーモニア管との演奏は実に見事なものでした。
ところが、ドラティの方は、その爆発する部分が意外と大人しいのです。
これを残念と見る向きも多く、そして私もその一人なのですが、どうやら、ドラティという人は最期の最後で「アホ」になることが出来ない人だったようです。当然、やろうと思えばやれたはずなのですが、それをやらないところにドラティという人の本質が潜んでいるように思います。
そして、その事を裏返すと、彼が「鳥」とか「教会のステンドグラス(これはかなりローマ三部作的な音楽ですが・・・))」、「ブラジルの印象」のような、他の人がほとんど取り上げない作品で素晴らしい演奏を聴かせてくれることにつがっています。その事は、ローマ三部作に続く彼の代表作である「リュートのための古風な舞曲とアリア」でも同様です。
レスピーギといえばローマの松に代表されるブッチャキ、スペクタクルサウンドが取り柄のように思われるのですが、そして実際そうでもあるのですが、それ以外にアッピア街道の松に聞ける繊細な響きこそが彼の本領であったように思います。
バロック時代のクラブサンやリュートの音楽を下敷きにした繊細な響きを、実に美しく響かせていくドラティを聞いていると、オレはホントはこういう音楽をしたいんだよ・・・という声が聞こえてきそうです。
自慢のオーディオシステムで爆音を轟かせるのもいいのですが、そういう繊細な響きを楽しむのも悪くない話です。とりわけ、聞く機会の少ない作品でもあるので、今もって貴重な録音だと言えます。
<追記>
「鳥」や「ブラジルの印象」のような作品だと、他に比較するものがないので、ドラティの演奏を云々することが難しいのですが、「リュートのための古風な舞曲とアリア」だといくらかは比較可能です。
例えば、手もとを探してみれば、我らがOzawaが70年代に手兵のボストン響と録音した一枚が出てきました。
まず感じることは、このドラティの録音から20年近い時間が経過しているのですが、録音のクオリティはほとんど前進していないことへの驚きです。
ただし、オケの機能という点ではかなり大きな差がありますので、Ozawa盤の方が音はきらきらと輝いていて盛り上がるべきところも華やかに盛り上がります。大したものです。
そして、大したもんだと思いながらも、本質的な部分でOzawaはこの時期から、いや、もしかしたら最初の頃から何も変わっていないし、ここから前に進むことは何もなかったんだということを痛感させられました。
Ozawaは、作曲家が書き記したスコアを分析し、その分析結果をオケに的確に伝えてクリアな響きと端正な佇まいを提供することにかけては若い頃から一流でした。ここでも、その手腕は遺憾なく発揮されています。そして、聞いているときはその響きに心奪われることは否定しないのですが、何故かそれ以上のものが何も残らないのです。
こういうコンサートってありますよね。聞いているときは「うわーっ!!」となるのですが、会場を出て電車に乗って、家に帰り着く頃には素面に戻って何も残っていないみたいな、あの感じです。
確かに、作曲家が指示したスコアを緻密に分析し、その読み取った事を適切に音に変換すれば「音楽」になるという確信が彼にはあるのでしょう。
しかし、このドラティの演奏とじっくり聞き比べてみれば、このレスピーギのような音楽であっても(ごめんなさい、レスピーギさんm(_ _)m..)、それだけでは足りないことをはっきりと教えられます。
ドラティの演奏にはOzawaのようなきらきらした響きはありません。どちらかといえばその響きはくすみがちであり、盛り上がるべきところも意図的と思えるほどに控えめです。しかし、そんな響きでもって語られていく音楽の語り口は全く別物です。
何気ない一つ一つのメロディの歌いましの違いは明らかであり、ドラティの歌は間違いなくしみ込んできます。
ドラティといえばオーケストラトレーナーとしての手腕が高く評価されるのですが、それだけでこの世界で食っていけるわけがないのです。そんな手腕以前に、この男の中に19世紀から連綿と続いてきている(こういう言い方の曖昧さといい加減さは自覚はしているのですが・・・)伝統がしっかりと血肉化しているのです。
そして、それはOzawaでさえも越えられなかったという事実は、日本人としてはいささか悲しい現実であることは間違いありません。
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