シューベルト:交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D759
マルコム・サージェント指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1960年10月26~27日録音
Schubert:Symphony No.8 in B minor D.759 "Unfinished" [1.Allegro moderato]
Schubert:Symphony No.8 in B minor D759 "Unfinished" [2.Andante con moto]
わが恋の終わらざるがごとく・・・
この作品は1822年10月30日に作曲が開始されたと言われています。しかし、それはオーケストラの総譜として書き始めた時期であって、スケッチなどを辿ればシューベルトがこの作品に取り組みはじめたのはさらに遡ることが出来ると思われています。
そして、この作品は長きにわたって「未完成」のままに忘れ去られていたことでも有名なのですが、その事情に関してな一般的には以下のように考えられています。
1822年に書き始めた新しい交響曲は第1楽章と第2楽章、そして第3楽章は20小説まで書いた時点で放置されてしまいます。
シューベルトがその放置した交響曲を思い出したのは、グラーツの「シュタインエルマルク音楽協会」の名誉会員として迎え入れられることが決まり、その返礼としてこの未完の交響曲を完成させて送ることに決めたからです。
そして、シューベルトはこの音楽協会との間を取り持ってくれた友人(アンゼルム・ヒュッテンブレンナー)あてに、取りあえず完成している自筆譜を送付します。しかし、送られた友人は残りの2楽章の自筆譜が届くのを待つ事に決めて、その送られた自筆譜を手元に留め置くことにしたのですが、結果として残りの2楽章は届かなかったので、最初に送られた自筆譜もそのまま忘れ去られてしまうことになった、と言われています。
ただし、この友人が送られた自筆譜をそのまま手元に置いてしまったことに関しては「忘れてしまった」という公式見解以外にも、借金のカタとして留め置いたなど、様々な説が唱えられているようです。
しかし、それ以上に多くの人の興味をかき立ててきたのは、これほど素晴らしい叙情性にあふれた音楽を、どうしてシューベルトは未完成のままに放置したのかという謎です。
有名なのは映画「未完成交響楽」のキャッチコピー、「わが恋の終わらざるがごとく、この曲もまた終わらざるべし」という、シューベルトの失恋に結びつける説です。
もちろんこれは全くの作り話ですが、こんな話を作り上げてみたくなるほどにロマンティックで謎に満ちた作品です。
また、別の説として前半の2楽章があまりにも素晴らしく、さすがのシューベルトも残りの2楽章を書き得なかったと言う説もよく言われてきました。
しかし、シューベルトに匹敵する才能があって、それでそのように主張するなら分かるのですが、凡人がそんなことを勝手に言っていいのだろうかと言う「躊躇い」を感じる説ではあります。
ただし、シューベルトの研究が進んできて、彼の創作の軌跡がはっきりしてくるにつれて、1818年以降になると、彼が未完成のままに放り出す作品が増えてくることが分かってきました。
そう言うシューベルトの創作の流れを踏まえてみれば、これほど素晴らしい2つの楽章であっても、それが未完成のまま放置されるというのは決して珍しい話ではないのです。
そこには、アマチュアの作曲家からプロの作曲家へと、意識においてもスキルにおいても急激に成長をしていく苦悩と気負いがあったと思われます。
そして、この時期に彼が目指していたのは明らかにベートーベンを強く意識した「交響曲への道」であり、それを踏まえればこの2つの楽章はそう言う枠に入りきらないことは明らかだったのです。
ですから、取りあえず書き始めてみたものの、それはこの上もなく歌謡性にあふれた「シューベルト的」な音楽となっていて、それ故に自らが目指す音楽とは乖離していることが明らかとなり、結果として「興味」を失ったんだろうという、それこそ色気も素っ気もない説が意外と真実に近いのではないかと思われます。
この時期の交響曲はシューベルトの主観においては、全て習作の域を出るものではありませんでした。
彼にとっての第1番の交響曲は、現在第8(9)番と呼ばれる「ザ・グレイト」であったことは事実です。
その事を考えると、未完成と呼ばれるこの交響曲は、2楽章まで書いては見たものの、自分自身が考える交響曲のスタイルから言ってあまり上手くいったとは言えず、結果、続きを書いていく興味を失ったんだろうという説にはかなり納得がいきます。
ちなみに、この忘れ去られた2楽章が復活するのは、シューベルトがこの交響曲を書き始めてから43年後の1865年の事でした。ウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックによってこの忘れ去られていた自筆譜が発見され、彼の指揮によって歴史的な初演が行われました。
ただ、本人が興味を失った作品でも、後世の人間にとってはかけがえのない宝物となるあたりがシューベルトの凄さではあります。
一般的には、本人は自信満々の作品であっても、そのほとんどが歴史の藻屑と消えていく過酷な現実と照らし合わせると、いつの時代も神は不公平なものだと再確認させてくれる事実ではあります。
- 第1楽章:アレグロ・モデラート
冒頭8小節の低弦による主題が作品全体を支配してます。この最初の2小節のモティーフがこの楽章の主題に含まれますし、第2楽章の主題でも姿を荒らします。
ですから、これに続く第2楽章はこの題意楽章の強大化と思うほど雰囲気が似通ってくることになります。また、この交響曲では珍しくトロンボーンが使われているのですが、その事によってここぞという場面での響きに重さが生み出されているのも特徴です。
- 第2楽章:アンダンテ・コン・モート
クラリネットからオーベエへと引き継がれていく第2主題の美しさは見事です。
とりわけ、クラリネットのソロが始まると絶妙な転調が繰り返すことによって何とも言えない中間色の世界を描き出しながら、それがオーボエに移るとピタリと安定することによって聞き手に大きな安心感を与えるやり方は見事としか言いようがありません。
てつがくしてるの
こういう風に二つ並べて紹介するのは少しばかり意地が悪いような気がします。しかし、優劣を論ずるのではなく、ものの本質に少しでも迫ろうと思えば「比較」というのは実に有効な手段です。以下述べることは、決してどちらかを貶めるのが目的ではありませんので、その点はご理解ください。
こうやって二つの演奏を並べてみると、若手のジュリーニが音楽を曲線的に構築しているのに対して、当時は既に「巨匠」とも呼ばれるポジションにあったサージェントの方がすっきりとした直線的な演奏であることに、少しばかりの驚きを感じてしまいました。もしも、この二つの演奏を完全なブラインド聴かせてから、どちらが若手の指揮者による演奏でしょうか?と尋ねれば、よほどのへそ曲がりでもない限りサージェントの方が「若い」と指さすでしょう。
録音のクレジットは以下の通りです。
- (Con.)Malcolm Sargent:Royal Philharmonic Orchestra Recorded 27~26/10/1960
- (Con.)Carlo Maria Giulini:Philharmonia Orchestra Recorded 25~27/1/1961
フィルハーモニア管弦楽団は1945年ウォルター・レッグによって創設されたオケです。同じように、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団は1946年にトーマス・ビーチャムによって創設されたオケです。どちらも、戦後になってから創設された若いイギリスのオケです。
さらに、録音時期に関して言えばこの二つの間には3ヶ月の隔たりしかありません。
つまりは、この二つの録音は、ほぼ同じ時代の同じ地域の空気の中で録音されたと言っても過言ではありません。それにもかかわらず、こう言うような手触りの違いが生ずるのですから、オーケストラ音楽における指揮者の重要性を改めて感じさせられます。
サージェントの演奏は、ひとことで言えば、この時代の好みや価値観にそった、実に行儀の良い演奏だとも言えます。
時代は、新即物主義が謳歌していた時代です。
もしも、シューベルトの音楽を古典派の交響曲の中に位置づけて、その音楽を端正に再構築すれば間違いなくサージェントのような音楽になります。颯爽としたテンポを取りながらも響きはしなやかな美しさを失わないので、聞いていて実に気分の良い演奏です。
それに対して、ジュリーニの演奏は、どうしてそこまで細かいところにネチネチとこだわるんですか?と聞いてみたくなります。物理的には、ジュリーニの方が早めのテンポ設定なのですが、そのネチネチ感のおかげで、体感的にはこちらの方がゆったりと音楽が流れていくように聞こえます。しかし、結果として、このネッチリとした音楽の作りにおかげで、デモーニッシュなシューベルトの姿が浮かび上がってくるような気はします。
つまりは、この二つの演奏の根底には、シューベルトの交響曲というのはどういう類の音楽なのかという「哲学」が違いが根底に横たわっています。そして、事が「哲学」に関わる問題となれば、安直に、ましてや好き嫌いのレベルなどで優劣は論じられないのです。
クラシック音楽における楽しみの一つに、こういう同曲異演を漁る(^^;というものがあります。
クラシック音楽を聴き始めた頃は、こういう「比較」を通して(競わせて?)チャンピオンを決めるという「決定盤」「名盤」探しをしたものですが、さすがに40年近くも聞き続けてくるとそんな事はアホらしくなってきます。しかしながら、それでもなお、そう言う演奏の違いなどは些細なことだとして、「みんなちがって みんないい」と言う解脱の域には未だ達していません。
それぞれの「哲学」に触れながら己の「哲学」を深めるというのは、未だに興味が尽きないのです。
とは言え、そんな哲学は『だれか来てくれるといいな。「なにしてるの?」と聞いたら、「てつがくしてるの」って答えるんだ』というレベルではあるのですが・・・。(^^;
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