モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調 「ハフナー」K385
ラファエル・クーベリック指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1961年1月3~4日
Mozart:Symphony No.35 in D major K.385 "Haffner" [1. Allegro con spirito]
Mozart:Symphony No.35 in D major K.385 "Haffner" [2. Andante]
Mozart:Symphony No.35 in D major K.385 "Haffner" [3. Menuetto - Trio]
Mozart:Symphony No.35 in D major K.385 "Haffner" [4. Finale: Presto]
悩ましい問題の多い作品です。
一般的に後期六大交響曲と言われる作品の中で、一番問題が多いのがこの35番「ハフナー」です。
よく知られているように、この作品はザルツブルグの元市長の息子であり、モーツァルト自身にとっても幼なじみであったジークムント・ハフナーが貴族に列せられるに際して注文を受けたことが作曲のきっかけとなっています。
ただし、ウィーンにおいて「後宮からの誘拐」の改訂作業に没頭していた時期であり、また爵位授与式までの日数もあまりなかったこともあり、モーツァルトといえどもかなり厳しい仕事ではあったようです。そして、モーツァルトは一つの楽章が完成する度に馬車でザルツブルグに送ったようですが、かんじんの授与式にはどうやら間に合わなかったようです。(授与式は7月29日だが、最後の発送は8月6日となっている)
それでも、最終楽章が到着するとザルツブルグにおいて初演が行われたようで、作品は好評を持って迎えられました。
さて問題はここからです。
よく知られているように、ハフナー家に納品(?)した作品は純粋な交響曲ではなく7楽章+行進曲からなる祝典音楽でした。その事を持って、この作品を「ハフナーセレナード」と呼ぶこともあります。しかし、モーツァルト自身はこの作品を「シンフォニー」と呼んでいますから、祝典用の特殊な交響曲ととらえた方が実態に近いのかもしれません。実際、初演後日をおかずして、この中から3楽章を選んで交響曲として演奏された形跡があります。
そして、このあとウィーンでの演奏会において交響曲を用意する必要が生じ、そのためにこの作品を再利用したことが問題をややこしくしました。
馬車でザルツブルグに送り届けた楽譜を、今度は馬車でウィーンに送り返してもらうことになります。しかし、楽譜は既にハフナー家に納められているので、レオポルドはそれを取り戻してくるのにかなりの苦労をしたようです。さらに、7楽章の中から交響曲に必要な4楽章を選択したのはどうやら父であるレオポルドのようです。
こうしてレオポルドのチョイスによる4楽章で交響曲として仕立て直しを行ってウィーンでのコンサートで演奏されました。ところが、後になって楽器編成にフルートとクラリネットを追加された形での注文が入ったようで、時期は不明ですがさらなる改訂が行われ、これが現在のハフナー交響曲の最終の形となっています。
つまりこの作品は一つの素材を元にして4通りの形(7楽章+行進曲・3楽章の交響曲・4楽章の交響曲・フルート・クラリネットが追加された4楽章の交響曲)を持っているわけす。
一昔前なら、最後の形式で演奏することに何の躊躇もなかったでしょうが、古楽器ムーブメントの中で、このような問題はきわめてデリケートな問題となってきています。とりわけ、フルートとクラリネットを含まない方に「この曲にぼくは全く興奮させられました。それでぼくは、これについてなんら言う言葉も知りません。」と言うコメントをモーツァルト自身が残しているのに対して、フルートとクラリネットありの方には何のコメントも残っていないことがこの問題をさらにデリケートにしています。
やはり今後はフルートとクラリネットを入れることにはためらいが出てくるかもしれません。
作品を聞かせようとした指揮者
クーベリックのモーツァルトと言えば真っ先に思い浮かぶのが80年代に手兵のバイエルン放響と録音した後期交響曲集です。3枚のLPが立派なボックスに納められていて、探せばどこかの棚に今も眠っているはずです。
そう言えば、これとほぼ同じ時期(79年)に同じ組み合わせでシューマンの交響曲全集も発売されていて、これもまた立派なボックス盤で、演奏に対する評価も上々だったように記憶しています。確か、その後のレコ芸誌のリーダーズ・チョイスでも必ず上位にランキングしていましたし、評論家先生の名盤選びでもそこそこ上位に顔を出していました。
ただ、不思議なのは、彼の一連の録音を聞いてそれなりに感心もした事は間違いないのですが、時間がたつとその演奏がどういうものだったのかという印象がほとんど残っていないという事実です。
それは、何も灰汁の強いフルトヴェングラーやクナなどを持ち出しての話ではありません。
例えば彼と較べれば一世代前のバルビローリやセルなどの演奏を持ち出してきても、その違いは明らかです。おそらく、それなりにクラシック音楽を聞き込んできた人ならばそれなりのイメージを持って彼ら演奏を印象に結ぶことが出来ます。
いや、もっと言えば、良い悪いは脇におくとして、ショルティや若い頃のマゼールなんかでもそれなりの明確な印象を頭の中に浮かべることが出来ます。
ところが、これがクーベリックになると、端正で落ち着きのある演奏だったような記憶はあるのですが、それは何か抽象的な記号のような域を出ないイメージなのです。
そして、その印象は、この若い時代のモーツァルト演奏を聴いても、基本はそれほど変わっていないのです。
クーベリックという人は、1948年のチェコの共産化に嫌気がさしてイギリスに亡命した人です。
その後、1950年から1953年までシカゴ交響楽団の音楽監督を務めるのですが、これがまあひどい虐めにあって辞任を余儀なくされます。そして、ヨーロッパに引き上げてきてコヴェント・ガーデン王立歌劇場の音楽監督を務め、さらには、1961年からは後に自らの手兵となるバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任することになります。
確かに亡命からシカゴでの理不尽な攻撃に至るまでの数年間は酷い時を過ごしたのですが、ヨーロッパに帰ってきてからは順調にキャリアを積み上げ、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任する61年の頃は、40代後半のまさにバリバリの売れっ子若手指揮者として勢いに乗っていた時期です。
ここで紹介しているウィーンフィルとのモーツァルト録音は、その様な勢いにのっている時期に、この名門オケを相手に一気呵成に行った録音です。
録音のスケジュールを調べるとこのようになっています。まさに一気呵成という勢いを持っての録音です。
- 交響曲第35番 ニ長調 「ハフナー」K385:1961年1月3~4日
- 交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」K386:1961年1月4日
- 交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」K.504:1961年1月5日
- セレナード第13番 ト長調 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」K.525:1961年1月9日
- 交響曲第41番 ハ長調 「ジュピター」 K.551:1961年1月8日&10~11日
一つ一つの演奏を聴いてみると、後の録音と同じで非常に丁寧な演奏になっています。もちろん、こういう物言いは(^^;、何と較べてどのように「丁寧」なのかを言わないと何も言っていないことになりますね。
そう言えば、バルトークの「管弦楽ための協奏曲」を紹介したときに「普通」でないと言ったのですが、その「普通で」でないことがここにも適用されるような気がします。
クーベリックはここでも一つ一つの音を丁寧に繋いでいます。レガート・カラヤンとまではいきませんが、ウィーンフィルの美音を目一杯活用して、美しい旋律を目一杯美しく響かせています。また、各声部の扱いも精緻で、モーツァルトのスコアがシンプルなこともあって内部の見通しは非常に良い演奏に仕上がっています。
とにかく引っ掛かる部分や尖った部分が皆無なのです。何処を探ってみても表面は丁寧に磨かれて、かといって細部優先の演奏ではなくて全体の構成もしっかりしています。つまりは、聞き終わった後に散漫印象が残ることはなく、それなりに立派な音楽を聴かせてもらったという印象は残ります。
記憶に間違いがなければ、後のバイエルンとの録音ではもう少し遅めのテンポでさらに内部構造を丁寧に描き出していたと思うのですが、基本的なコンセプトは全く変わっていないように思います。
そう思って気がついたのは、彼は基本的に指揮者である前に作曲家であったという事実です。
丁寧で立派な演奏であるのに、聞き手を喜ばせるようなショーマンシップ的な要素が非常に少ないのは、そう言うバックボーンがあったからかもしれません。。
「それなりに感心もした事は間違いないのですが、時間がたつとその演奏がどういうものだったのかという印象がほとんど残っていない」という言い方はクーベリックの音楽を否定しているようにも聞こえるのですが、見方を変えれば、彼ほど己の「演奏」ではなくて「作品」を聞かせようとした指揮者はいなかったとも言えそうな気がします。
よせられたコメント
2015-04-21:Shigeru Kan-no
- 一見凄いようで後で思いだしても印象が薄い指揮者っています。サイモン・ラットルがそうですね。部分部分は素晴らしいのですがバーンスタインのような壮大な全体が見えてこない演奏。
2016-02-02:Sammy
- 隅々まで丁寧に描き抜かれ、落ち着いた美しさが光る、地味ながらすぐれた演奏だと思いました。作品の内側から自然にぴんと張り出すような力が過不足なくかかっていて、響きの充実を感じさせ、作品を生きたものとして無理なく感得させるようなところが見事だと思います。Yungさんが仰る通り、バイエルンでの新しい録音とほぼ共通の印象を抱かせる演奏ともいえると思います。
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