シューマン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調, Op.63
(Cell)パブロ・カザルス:(P)アルフレッド・コルトー (Vn)ジャック・ティボー 1928年11月15日&18日 12月3日録音
Schumann:Piano Trio No.1 in D minor, Op.63 [1.Mit Energie und Leidenschaft]
Schumann:Piano Trio No.1 in D minor, Op.63 [2.Lebhaft, doch nicht zu rasch]
Schumann:Piano Trio No.1 in D minor, Op.63 [3.Langsam, mit inniger Empfindung - Bewegter - Tempo I - attacca]
Schumann:Piano Trio No.1 in D minor, Op.63 [4.Mit Feuer - Nach und nach schneller]
まだ期待される多くのものを持っている人によって作曲されたかのようで

シューマンがピアノとヴァイオリン、そしてチェロという組み合わせからなる三重奏曲に取り組もうという気になったのはメンデルスゾーンの影響が大きいと言われています。
両者はそれぞれに影響を与えあっていたのですが、その中でもシューマンはメンデルスゾーンのニ短調の三重奏曲に強い関心の寄せていました。とりわけ、その作品において3つの楽器が見事なバランスを保持して鳴り響くのを聞いて、自らも同じような三重奏曲を書こうと思い立ったのでした。
そして、1947年に入って体力の衰えが著しかったメンデルスゾーンの様子を見て、何とか彼の存命中に同じニ短調による三重奏曲を書き上げようとしたのでした。
しかし、その時期はまた、シューマンにとっても自らの精神障害を自覚し始める時期でもありました。
しかし、音楽的には創作力の衰えは全くなかったようで、47年の6月にスケッチに取りかかり、その年の夏にはこの作品に全力を投入し、クララの誕生日である9月には完成をみています。
そして、その年の誕生日プレゼントとしてこの作品をクララに贈るのです。
クララは日記のなかでこの作品に対して次のように記しています。
この曲は、まだ期待される多くのものを持っている人によって作曲されたかのようで、きわめて力強く、若々しいエネルギーにみち、また同時に充実した書法をもっている。
おそらく、シューマンの精神障害を心配していたクララにすれば、彼が未だに音楽的には衰えていないことを確認できてホッとしたのでしょう。
「まだ期待される多くのものを持っている人によって作曲された」と言う言葉にはその様なクララの安堵の気持ちが如実に表れています。
- 第1楽章:Mit Energie und Leidenschaft(精力と情熱を持って)
雄大な構成をもった音楽であり、クララは「これまで私が知っているもっとも素晴らしい音画の一つのように感じられる」と記しています。
- 第2楽章:Lebhaft, doch nicht zu rasch(生き生きと、しかし速すぎずに)
スケルツォに相当する音楽なのですが、ベートーベンのスケルツォと較べればロマン派らしい幻想性を持っています。
- 第3楽章:SLangsam, mit inniger Empfindung - Bewegter - Tempo I - attacca(ゆるやかに、心からの感情をこめて)
悲しみに溢れた音楽であり、シューマンらしい叙情性に溢れています。
- 第4楽章:Mit Feuer - Nach und nach schneller(火のように)
先立つ楽章とはガラリと雰囲気を変えた激しさと力強さに溢れた音楽になっています。そして、フィナーレは大きな頂点を築いてニ長調で結ばれます。
一つの「奇蹟」
ユーザーの方より、カザルス・トリオの録音が一つもアップされていないようなのですが・・・と言う指摘をいただきました。
そんな馬鹿なことはないだろうと思って確認したところ、本当に一つもアップしていないことに気づきました。いやぁ、穴はあるものですが、ここまでの大穴が開いているとは我ながら感心するというか、呆れるというか、驚かされました。
と言うことで、急遽彼らの録音を探し出してきて準備を始めた次第です。取りあえずはこの「大公」以外に以下の4曲は順次アップしたいと思います。
- シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調, D.898
- メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調, Op.49
- シューマン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調, Op.63
- ハイドン:ピアノ三重奏曲第39番 ト長調, Hob.XV:25「ジプシー」
それにしても、パブロ・カザルス、アルフレッド・コルトー、ジャック・ティボーと言うのは、信じがたいほどの顔ぶれです。まさにそれは一つの「奇蹟」だったと言ってもいいでしょう。
このトリオが結成されたのは1905年という事ですから、最年長のカザルスで32歳、最年少のコルトーは25歳だったはずですから。まさに血気溢れる若者のトリオだったと言えます。そして、この顔ぶれはその後30年近く続いたのですから、強烈な「我」というか、「個性」というか、「我が儘」というか、そう言ういろんなものを持っている超一流のソリストたちがかくも長きにわたって活動を継続したというのもまた奇跡的なことだったと言えます。
一例を挙げれば、100万ドルトリオと言われたハイフェッツ、ルービンシュタイン、フォイアマンの組み合わせではハイフェッツとルービンシュタインの間で諍いが絶えず、チェリストのフォイアマンが必死で間に入ってなだめたと言われています。そして、フォイアマンの急死によって新しく参加したピアティゴルスキーも二人の諍いの仲裁に翻弄されたと言うことです。
しかし、パブロ・カザルス、アルフレッド・コルトー、ジャック・ティボーと言う組み合わせが30年も続いてくれたおかげで、後年の私たちはそれなりのクオリティで彼ら演奏を「録音」という形で聞くことができたのです。そして、そのおかげでこのトリオの凄さを「伝説」としてではなく実際の「音」として経験できると言うことです。
これを「幸せ」と言わずして何といいましょう。ただし、その様な神に感謝したくなるほどの録音を20年以上も放置をしていたのですから、まさに愚かさもきわまりで、何をかいわんやです。
ただし、彼らの録音については多くの人が語り尽くしていますから、今さら何も付け加える必要はないのですが、あらためて彼らの録音を聞き直してみて一つだけ気づいたことがありますのでその事だけを記しておきます。
それは、この組み合わせは年長者のカザルスに敬意を表してなのか「カザルス・トリオ」とよばれるます。そのために、音楽の主導権もまたカザルスにあるように語っている人は少なくありません。
しかし、彼らの録音をあらためて聞き直してみて、私が魅力を感じたのはカザルスではなくて、コルトーの歌心溢れたピアノと、それに対して素晴らしい閃きで絡んでくるティボーの方です。
カザルスはそう言う二人を裏方としてドッシリと支えているというのが私の率直な感想です。そして、この音楽的雰囲気が、つまりはリーダー格のカザルスがコルトーとティボーの自由闊達な演奏をニコニコと眺めながら、音楽面では裏方にまわってそんな二人を支えると言うスタイルこそが、このコンビが長く続いた理由だと確信したのです。とりわけ、コルトーの歌心ふれるピアノが強く心に残ります。もっとも、シューマンのようにヴァイオリンに比重がかかっている場合ではティボーが最高のパフォーマンスを披露してくれています。
おそらく、ナチスの台頭と、それに対するコルトーの融和的な姿勢がなければ、さらに長くこのコンビは活動を続けたはずです。
そう考えれば、ここにも思わぬ戦争の影が差していたと言うことがいえるのかもしれません。
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