クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

プッチーニ:トスカ

S:マリア・カラス サバタ指揮 ミラノスカラ座管弦楽団 ステファノ・ゴッピ他 1953年録音



Puccini:Tosca, SC 69 [Act1]

Puccini:Tosca, SC 69 [Act2]

Puccini:Tosca, SC 69 [Act3]


トスカの接吻

 この作品はプッチーニの作品の中でも典型的なヴェリズモオペラだといわれています。
 この時代のイタリアでは、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」やレオン・カヴァレロの「道化師」などの演劇的な作品が人気を博し、この作品もそのような流行の洗礼を受けて成立しました。プッチーニという人は、誰かが新機軸を打ち出して成功を収めると、そのいいところをうまく自分の中に消化して、さらに高いレベルで作品を完成させてしまう性向と能力を持っていました。
 どうも、このあたりが同業者からプッチーニが嫌われる理由だったようで、他人のふんどしで一番おいしい部分だけをちゃっかり持っていくように受けたられてしまったようです。その反感が、蝶々夫人の初演における歴史的失敗につながったともいわれています。

 さて、ヴェリズモオペラですが、辞書などを引きますと、「日常の現実的な出来事を題材に台本が書かれていて、さらに音楽も劇的な効果を追求したオペラのこと」だと書いてあります。さらに、役にも立たない知識ですが、これ以前の古いスタイルのオペラのことをベルカントオペラというそうです。これも辞書などを引いてみますと「18世紀に成立したイタリアの伝統的な歌唱法を用いたオペラ。劇的、叙情的な表現より、音の美しさ、柔らかさに重点を置き、喉に無理なく低音から高音までのびやかに歌える方法として知られる。最盛期は18世紀から19世紀前半。ロッシーニ、ベッリーニの作品が典型といえる。」と書いてあります。
 つまりは、時代が近世から近代に移り変わる中で、現実離れした筋立てではお客さんは満足しなくなり、よりリアルで劇的な音楽を求めるようになった結果として生まれてきたのがヴェリズモオペラだといえます。

 ですから、トスカが扱う題材はあまりにも現実的で生々しいものです。
 愛し合う二人に、共和派と王党派の政治的争いが絡まり、そこに権力者の生々しい欲望が覆い被さるという、まさに「日常」の出来事がテーマとなっているのです。
 そして、ヒロインのトスカは、これまたプッチーニが愛してやまなかった薄幸の悲劇の女性です。
 なぜだか知りませんが、プッチーニのオペラには幸せな女性は登場しません。彼のオペラに登場する女性はどれもこれもが幸薄く、悲劇的で、そして純情で可憐な存在として登場します。
 しかし、その中ではこのトスカは一番気丈な存在ではありますが、それでも権力者の嘘に易々とだまされてしまう愚かな存在でもあります。
 「歌に生き、恋に生き」「星はきらめき」といったイタリア・オペラを代表する名アリアを含み、演劇的な緊張感もはらみながら全体が進行していくこの作品は、数あるプッチーニの作品の中でも屈指の名作だといえるでしょう。

主な登場人物
* フローリア・トスカ(有名な歌手、ソプラノ)
* マリオ・カヴァラドッシ(画家、テノール)
* スカルピア男爵(警視総監、バリトン)
* チェーザレ・アンジェロッティ(バス)
* 堂守(バリトン)
* スポレッタ(警官、テノール)
* シャルローネ(憲兵、バス)
* 看守(バス)
* 牧童(アルト)

あらすじ

第1幕:舞台はサン・タンドレーア・デッラ・ヴァッレ教会

トスカに序曲はなく、いきなり印象的な和音が鳴り響くことで音楽が始まります。この和音は悪役スカルピアのテーマです。
続いて、激しい音楽が続き、脱獄した政治犯のアンジェロッティが登場して礼拝堂の中に隠れます。

ここで音楽は一変し、夕べの祈りの鐘が鳴り響く中に堂守と画家カヴァラドッシが登場します。
画家カヴァラドッシが最近よく教会で見かける女性の絵を画きはじめ、ポケットから歌手トスカの肖像入りメダルを取り出して、絵と見比べながら歌うのが「妙なる調和」という有名なアリアを歌い始めます。
ここがまず最初の聞かせどころです。
歌い終わると堂守はその場を去るのですが、誰もいなくなったと勘違いしたアンジェロッティが飛び出してきます。思いがけない友人との再会に画家カヴァラドッシは喜び、友の救出に手助けすることを約束をします。
そこにトスカの声が聞こえ、アンジェロッティは再度礼拝堂に隠れます。

音楽は、アンダンティーノに変わり、「マーリオ、マーリオ」とトスカが入ってきます。嫉妬深いトスカは画家カヴァラドッシが誰かと話している声がしたのだが相手は誰だと執拗に詮索します。カヴァラドッシはまさか本当のことを言えないので話を必死にはぐらかすのですが、逆にトスカはカヴァラドッシが浮気をしていたのだと信じ込んでしまいます。
しかし、聖母マリアに祈った後に気分が落ち着き、今晩のコンサートの後、別荘に行こうと誘います。
カヴァラドッシも了承し、この後、情熱的な二重唱が続き(トスカのカヴァラドッシへの愛を示すテーマ)、その後にトスカはその場を立ち去ります。

そこへ入れ替わりにアンジェロッティを追って警視総監のスカルピアたちが教会に飛び込んできます。
彼はナポレオンに勝ったことを祝うテ・デウムの準備を命じながら、そこに残された品物から、カヴァラドッシがアンジェロッティをかくまっていたのではないかと想像します。
そこに再びトスカが入ってきます。トスカは、カヴァラドッシの不在を不審に思い、堂守に尋ねます。そこへスカルピアが登場し、扇を種にトスカの嫉妬心をあおりたてます。
トスカは、カヴァラドッシが別荘で逢引をしていると考え、そこに出かけようとします。スカルピアは手下のスポレッタにトスカの後を追わせます。

オルガンが響き、歌隊が「テ・デウム」を歌うかたわらで、スカルピアは、計略をめぐらすように一人つぶやき続けます。
やがて、スカルピアも合唱に加わり、最高潮に達したところで、鐘や大砲が響き、スカルピアのテーマで幕が降ります。

第2幕:夜のファルネーセ宮殿のスカルピアの部屋

スカルピアはトスカに手紙を渡すように部下に命じます。
音楽が変わり、スポレッタが「アンジェロッティは逃したが、カヴァラドッシを連行してきた」とカヴァラドッシを引き出してきます。スカルピアは、「お前がアンジェロッティをかくまっただろう」と問いただしますがカヴァラドッシは口を割りません。

そこに手紙を見たトスカが入ってきます。
カヴァラドッシはトスカに「何も言ってはいけない」とささやきます。しかし、スカルピアはカヴァラドッシを拷問室に連れて行かせ激しく拷問するように命じます。
カヴァラドッシのうめき声に耐えきれなくなったトスカは「拷問をやめて」と叫び、ついに「庭の古井戸の中」と隠れ場を白状します。

そこにスカルピアの部下のシャルローネが入ってきて、マレンゴの戦いに勝ったのはナポレオンの方だと知らせに来ます。カヴァラドッシは、それを聞いて「勝利だ、勝利だ(Vittoria!)」と喜び自由の復活を謳歌する歌を歌います。

激怒したスカルピアは彼を投獄し絞首台に送るよう命じます。そして恋人の命乞いをするトスカに「金ではない、あなたが欲しい」とトスカに迫ります。
ソプラノのためのアリアの中でもっとも有名なものの一つである「歌に生き、恋に生き(Vissi d'arte, vissi d'amore)」が歌われるのがこのシーンです。

そこにスポレッタが入ってきて、アンジェロッティの自殺とカヴァラドッシの処刑の準備が整ったことを伝えます。
トスカはついにスカルピアの要求を受け入れ彼と取引をします。スカルピアに身をまかせるかわりに、形だけの銃殺と国外逃亡のための出国許可書を手に入れようとします。
この時流れる暗い旋律が不実のテーマです。
トスカは隙を見てテーブルにあったナイフを隠し持ちます。スカルピアが「とうとう私のものだ」とトスカに近づいたとき、「これがトスカの接吻よ」とナイフで突き刺し、スカルピアの息は絶えます。

オーケストラに不実のテーマが流れる中、トスカはナイフをおき、手を洗い、髪を直し、通行証を奪い、死体の両側に燭台を置いて出て行きます。

第3幕:サン・タンジェッロ城の屋上

兵士に連行されてきたカヴァラドッシは、トスカに別れの手紙を書きながら思い出にふけります。ここで歌われるのが有名なアリア「星も光ぬ(E lucevan le stelle)」です。
そこにトスカが現れて銃殺は空砲で行なわれると説明します。ここで歌われるのが「優しい手よ(O dolci mani)」という愛の二重唱です。
時を告げる鐘が鳴り、銃声とともにカヴァラドッシは倒れます。しかし、兵士が去った後、彼に近づいたトスカは、カヴァラドッシが本当に銃殺されたことを知ります。やがて、スカルピアの死体を発見した部下たちがトスカを捕まえに屋上に上がってきます。そして、飛び掛ろうとするスポレッタから身をかわしたトスカは、「スカルピア、神様の前で」と叫んで、屋上から身を投げます。最後に「星は光ぬ」の印象的なメロディを激しく奏でて全幕が降ります。

確かにプッチーニのオペラでは登場人物はよく死ぬのですが、このトスカは主要な登場人物全員が死んでしまうというとんでもないストーリーです。その中でも、常に問題となるのがこの最後のトスカの身投げのシーンです。ヴェリズモオペラなのですから、お城の屋上から身を投げて死ぬというこのシーンもそれなりのリアリティを持って演出しないといけないのですが、これが常に頭痛の種となってきました。下にトランポリンを置いた演出もあったようですが、飛び降りたトスカがまた屋上に舞い戻ってきて爆笑の中で幕が下りたこともあったそうです。
もしもこのオペラを実際に鑑賞する機会があれば、この最後のシーンをどのように処理するのかは隠れた見所だといえます。

もう一人の大ソプラノ・・・マリア・カラス


カラスの生涯については様々な噂やゴシップなどが入り乱れて、どれが真実でどれが嘘なのかを見極めるのは大変です。もしかしたら、その様なゴシップにうんざりして、カラスの録音から距離を置いている人もまじめなクラシック愛好家には多いかもしれません。

しかし、彼女の生涯がどれほどのゴシップにまみれた毀誉褒貶の激しいものだったとしても、全盛期の彼女の歌は20世紀を代表する大ソプラノの名に恥じない素晴らしいものです。そして、この53年に録音されたトスカの演奏は、その様な偉大なカラスの芸術が刻み込まれています。

カラスが残した最高の業績が「ノルマ」であることに異議を唱える人はいないでしょう。ヴェリズモ・オペラ全盛の中にあって、その圧倒的な声の威力で19世紀前半のベルカント・オペラを復興させた業績は、彼女のことをどれほど悪くいう人たちであっても否定はしきれないでしょう。
しかし、同時にカラスというソプラノはトスカに代表されるようなヴェリズモ・オペラに対しても、偉大な歌役者として忘れがたい録音を残しました。
自分だけを信じて気丈に生きてきた女性という側面と、それとは全く裏腹な愛に飢えた、嫉妬深く脆い女性という矛盾した側面をこれほどまでに見事に演じきったソプラノはそういるものではありません。

マリア・カラスという名に、どこか胡散臭さを感じていて聞かず嫌いになっている人には是非とも耳を傾けてほしい録音です。

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