R.シュトラウス:最期の4つの歌
(S)シュヴァルツコップ アッカーマン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1953年9月25,26日録音
R.Strauss:最後の4つの歌「春(詩:ヘッセ)」
R.Strauss:最後の4つの歌「9月(詩:ヘッセ)」
R.Strauss:最後の4つの歌「眠るとき(詩:ヘッセ)」
R.Strauss:最後の4つの歌「夕映えのなかに(詩:アイヒェンドル)」
最愛の作品の一つ
ユング君はクラシック音楽のなかから一つだけ選べと言われれば困ってしまいますが、三つ選べと言われれば、バッハのマタイ、モーツァルトのフィガロ、そしてベートーベンからエロイカを選ぶと日頃から公言しています。そして、特別の計らいでもう一つ選んでいいと言われれば、躊躇わずにこの「最後の四つの歌」を選びます。
歌曲というジャンルはクラシック音楽のなかでは一番地味なジャンルではないでしょうか。とにかく退屈です。
しかし、この作品だけは最初から別格でした。初めて聴いたときは魂がふるえました。ユング君のなかに先入観として組み込まれているR.シュトラウスの姿からはずいぶんと距離感のある作品だったのですが、その距離感がまさにユング君にとってはストライクゾーンの「ど真ん中」だったのです。
R.シュトラウスという人物はユング君のなかにあってまさに「俗物」という言葉が一番ピッタリくる男でした。名誉欲も金銭欲も人一倍強かったようで、それ故にナチスとの関係も目先の欲に目がくらんで大きく踏み外してしまうことになり、戦後は全くの不遇のなかで最期をむかえることになりました。彼の作品は常に耽美的であり時にはグロテスクであり、それが俗物としてのシュトラウスの自画像であるようにユング君にはうつりました。
ところが、この作品からはその様な俗臭が一切ただよってきません。
シュトラウスは第二次大戦後の物質的、精神的荒廃のなかにある祖国ドイツを呆然と眺めながら、「ドイツ文化は終わった」と深く嘆きながらこの作品を生み出したと言われています。そう言う意味では深い諦観がこの作品を貫いている事は間違いないのですが、それでいながらなんといえない艶麗たる優美さが失われていないことが驚きです。
この両者の絶妙なバランスのなかから、なんといえない高貴さと品格の良さが匂い立ってくるところにこの作品の真価があります。
この作品が発表されたときは、すでに新ウィーン学派の音楽を乗り越えて、戦後の前衛音楽運動が勃興し始めた時でした。そう言う時代背景にこの作品を置いてみれば、時代錯誤としか思えないほどに古色蒼然たる作品であったことは否めません。シュトラウス自身もその事は十分に認識していたようで、「私はもう過去の作曲家であり、私が今まで長生きしていることは偶然に過ぎない」と語っています。
ところが、21世紀になり先の100年を総括できる位置から振り返ってみれば、真に意味のある創造的営みは何だったのかは明らかです。バルトークのピアノコンチェルト3番やシュトラウスのこれらの作品を聴くと、戦後の失われた時間の大きさに暗澹たる気持ちになるのはユング君だけではないでしょう。
なお、余談ながら「最期の4つの歌」という印象的なタイトルは作曲者が関与したものではなくて出版社が勝手にネーミングしたものです。また、現在一般的に通用している曲順もこの出版社が勝手に決めたものであり、シュトラウス自身は初演時に「眠りにつくときに」「9月」「春」「夕映えのなかで」を希望しました。
(興味ある方は一聴あれ。ただし、とてつもなく音質は悪いので悪しからず。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)、キルステン・フラグスタート(独唱)、フィルハーモニア管弦楽団)
しかし、今になってみればこの出版社の判断は全て正しかったようであり、必ずしも作曲家の判断が全能ではないことをこの一事からでも知ることができます。
第1曲「春」
薄暗い洞窟の中で
わたしは長いこと夢見ていた
お前の樹々と青い空を
お前の薫りと小鳥の歌を
今やお前は輝かしく華麗に装い
そのとびらを開き
光に満ちあふれて
奇跡のようにわたしの前にいる
お前はわたしを再び見いだし
わたしを優しくいざなう
お前の存在の至福に
わたしはふるえる
第2曲「9月」
花園は悲しみに沈み
雨が冷たく花々に降りそそぐ
夏はおののきながら
静かにその最期の時を待つ
アカシアの高い枝からまたひとひら
葉が黄金のしずくとなって散って行く
消えゆく花園の夢の中で
夏はいぶかしげに力なくほほえむ
しばらくはなおバラの花のもとに
夏はとどまり憩いを待ち望む
やがてゆっくりと
疲れたその目を閉じる
第3曲「眠りにつくときに」
この一日にわたしは疲れ果てた
わたしの心からの願いは星のきらめく夜が
わたしを優しく迎えてくれることだ
眠くなった子供を抱き取るように
手よ、すべての仕事を止めるがよい
頭もすべての思いを忘れるのだ
今わたしのすべての感覚は
眠りに沈むことを欲している
そして魂は思いのまま
その翼を広げて飛ぼうとしている
夜の魔法の世界で
深く、とこしえに生きるため
第4曲「夕映えのなかで」
わたしたちは手をとりあって
苦しみや喜びの中を歩いてきた
そしていま静かな土地の上に
さすらいの足を止めて憩う
まわりの谷は沈み
空には闇が近づいている
二羽のひばりだけが夜を夢見るように
夕もやの中に昇っている
こっちに来なさい、小鳥たちはさえずらせておこう
もうすぐ眠りの時が近づくから
この二人だけの孤独の世界で
はぐれないようにしよう
おお、広々とした、静かな平和よ!
夕映えの中にこんなにも深くつつまれて
わたしたちはさすらいに疲れた
これが死というものなのだろうか
芸術は引き算
シュヴァルツコップはこの12年後にセルとのコンビで20世紀の録音史に残る偉大な業績を残しました。そして、この二つの録音を聞き比べてみることは実に興味深い体験です。
セルとの録音は明らかに慎ましく、控えめな表現となっています。それと比べると、ここで聴くことのできる演奏ははるかに雄弁であり、優美です。もちろん、シュヴァルツコップのことですから、どれほど優美で艶やかに歌い上げても決して下品になることはありません。その端正な歌い方はこのようさ作品にはとても相応しいものと思えます。
しかし、この二つの録音を聞き比べてみると、作品に内包された深い感情がヒシヒシと伝わってくるのはセルとの録音の方です。セルの棒のもとで、ほんの少しの事しかしていないように聞こえるのに実に不思議なことです。
つまり、この二つの録音を隔てる12年の間にシュヴァルツコップがなしたことは、表現をより豊かにすることではなくて、真に必要なものを見極めてそれ以外のことを削り取っていくという作業だったのです。
「秘すれば花」
言葉をかえれば、芸術は引き算であることをこれほど実感させてくれる比較はそうあるものではありません。
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