クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

J.S.バッハ :平均律クラヴィーア曲集 第1巻(BWV 858‐BWV 863)

(Cembalo)ワンダ・ランドフスカ:1949年3月&1950年2月録音





Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Prelude in F-sharp major, BWV 858

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Fugue in F-sharp major, BWV 858

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Prelude in F-sharp minor, BWV 859

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Fugue in F-sharp minor, BWV 859

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Prelude in G major, BWV 860

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Fugue in G major, BWV 860

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Prelude in G minor, BWV 861

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Fugue in G minor, BWV 861

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Prelude in A-flat major, BWV 862

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Fugue in A-flat major, BWV 862

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Prelude in G-sharp minor, BWV 863

Bach:The Well-Tempered Clavier Book1 Fugue in G-sharp minor, BWV 863


クラヴィーア奏者たちの旧約聖書

バッハの平均律に関しては「成立過程やその歴史的位置づけ、楽曲の構造や分析などは私がここで屋上屋を重ねなくても、優れた解説がなされたサイトがありますのでそれをご覧ください。」としていたのですが、すでにリンク先が無くなっていたりしますので、少しばかり自分なりの紹介を書いておきます。

まずは、この作品は基本的には練習曲であることは間違いありません。それはこの作品の成立過程からも明らかです。
注目すべきは、バッハが自分の長子のために書き始めた「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」です。

この作品はその名の通り、フリーデマンの教育のために書かれた作品集で、フリーデマンが9才を少しこえた「1720年1月22日にはじめる」と記されています。このフリーデマンはバッハがもっとも期待していた息子であり、息子の成長につれて1曲ずつ書き込んでいったと思われます。
そして、何年にわたって書き込まれたかは不明ですが、結果的には62曲から成り立っています。そして、その62曲の中には、後に「インヴェンションとシンフォニア」と題されることになる全30曲や「平均律クラヴィーア曲集第1巻」のプレリュードのうちの11曲が含まれています。

「平均律クラヴィーア曲集第1巻」は1722年に、そして、「インヴェンションとシンフォニア」と1723年にまとめられたことになっているのですが、それはそれらの年に一気に書かれたものではなく、おそらくは「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」に代表されるような息子や、おそらくは弟子たちのために書きためられた作品をある種の意図を持ってその年にまとめられたと見るべきものなのです。

そして、バッハがそう言う過去の作品の中から「平均律クラヴィーア曲集第1巻」としてまとめようとした意図は、自筆譜に記された「標題」から明らかです。
平均律クラヴィーア曲集、または、長3度すなわちドレミも、短3度すなわちレミファも含むすべての全音と半音を用いた前奏曲とフーガから成る。
音楽の学習を志す若者が有益に利用するために、また、この学習に熟達した人びとが特別の慰めを得るために


ついでにあげておけば、「インヴェンションとシンフォニア」の序文には次のように記しています。
クラヴィーア愛好家、とりわけ学習希望者が、2声部をきれいに演奏するだけでなく、さらに上達したならば、3声部を正しくそして上手に処理し、それと同時にすぐれた楽想(inventiones)を身につけて、しかもそれを巧みに展開すること、そしてとりわけカンタービレの奏法を習得し、それとともに作曲の予備知識を得るための、明瞭な方法を示す正しい手引き。


つまりは、バッハはこれらの作品にはたんなる練習曲だけでなく、それらの作品を通してより幅広い音楽的な感性を養うことを求めたのです。そして、「平均律クラヴィーア曲集」には「学習に熟達した人びとが特別の慰めを得るために」という深い言葉も付しています。

さらに、「平均律クラヴィーア曲集」には「平均律」という鍵盤楽器のための新しい調律法に挑むという意気込みもあったようです。
言うまでもなく、鍵盤楽器はオクターブを12の音階に等分します。しかし、単純に12等分すると、その等分の出発点とする音階によって上手く響かない調が出来てしまいます。これは受け売りなのですが、出発点を「C」に設定すると「ハ長調」は素晴らしく美しく響くのですが「ホ長調」はどうしようもなく穢く響くそうです。
その事は、ハ長調の作品でホ長調に転調すると困ったことになると言うことにも繋がります。

そこで、この不都合を何とか解決してどの「調」も綺麗に響くために、完璧を目指すのではなくて、多少の狂いは目を瞑ってお互いに折り合いをつけることが必要になるのです。
その時に、重要なのは、人間の耳がもっとも敏感に聞き取る「オクターブ」と「完全5度」「長3度」の響きの取り扱いでした。
つまりは、この人間の耳が敏感に感じとる響きにどの程度の犠牲を強いるかと言うことで、「長3度」に重きをおくか「完全5度」に重きをおくかの意見の違いがあったのです。

バッハの時代には「長3度」を大切にしてそれを出来るだけ狂いなく響かせることを重視し、その代わりに「完全5度」に犠牲を押しつけるやり方が一般的でした。しかし、そのやり方に真っ向から異議を唱え、「完全5度」をより純正に保てば「長3度」は多少ずれてもそれほど目立たないと主張したのがバッハです。
そして、その主張の正しさを作品でもって証明して見せたのが、この「平均律クラヴィーア曲集第1巻」だったのです。

ですから、バッハが晩年にまとめた「平均律クラヴィーア曲集第2巻」はその成立過程は1巻とは大きく異なります。

まず、「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の自筆譜には「24の前奏曲とフーガ」としか記されていません。また、作品がまとめられたのはバッハの晩年にあたる1742年なのですが、そこには晩年の作品だけでなく、1巻がまとめられる以前に作曲された作品も多く含まれていて、それこそバッハの創作力がもっとも旺盛だったおよそ20年間の作品の中から選択されたものをもとに整理されているのです。
ですから、作品全体には1巻のようなまとまりに欠ける面はあるのですが、多様性という点では目を瞠るものがあるのです。

まさにハンス・フォン・ビューローが「平均律クラヴィーア曲集のプレリュードとフーガはクラヴィーア奏者たちの旧約聖書であり、ベートーベンのソナタは新約聖書である」と言ったのは見事なまでにそれらの作品の本質を言い当てているのです。


二度とこの世に現れることのない宝物のような存在


ランドフスカと言えばチェンバロという楽器を復興させ、バッハをロマン主義的歪曲から救い出した人という評価が為されています。しかし、その反面として、彼女が復興させたチェンバロはモダン・チェンバロと言われ、バロック時代のチェンバロとはかなり異なった響きを持つ楽器だったので、ピリオド楽器による演奏が主流となるにつれ、その「正当性」に疑問が呈されることも多くなっていきました。

とりわけ、彼女が愛用したチェンバロは「ランドフスカモデル」とよばれ、基本的にコンサートグランドのピアノの枠にチェンバロの機構を組み込んだようなもので、音はいつまでも減衰せずに響き続け、その音は広いコンサート会場の隅々にまで響き渡るというモンスターのようなチェンバロでした。
また、その演奏スタイルも「バッハをロマン主義的歪曲から救い出した」と言われるわりには派手なアクションが多くて、あのカザルスから批判されたこともありました。

しかし、最近になって彼女の録音をある程度まとめて聞くうちに一つのことに気づかされました。
それは、彼女はチェンバロ復興の立役者だったのですが、本質的には最後までピアニストだったと言うことです。ですから、彼女がバッハの楽譜と向き合うとき、その目は常にピアニストのものでした。そして、ピアノであればチェンバロのように鍵盤を押す端から音は減衰するわけではなく、強弱もつけられますし、その音量は広いコンサート会場の隅々にまで届くのです。

彼女がナチスに追われてパリの自宅を後にしたときにもっとも気にかけたのは3台のチェンバロと大量の楽譜だったと伝えられています。つまり、彼女にとって、彼女のバッハを演奏するためにはランドフスカモデルのチェンバロは必要不可欠な楽器だったのです。
そして、戦争が終わったときに彼女をもっとも喜ばせたのは、その3台の楽器がパリの自宅に無傷のままに保存されていたことでした。
余談になりますが、パリを焼き払えというヒトラーの命令を無視したの現地部隊の良心でした。

ランドフスカが救い出したのはロマン主義的なバイアスがかかったロマンティックなバッハであって、彼女はそう言うものは一度はきれいに洗い流して、もう一度楽譜からバッハの中に潜む本質的なロマンを蘇らせたのです。そして、彼女がつかみ取ったバッハの中における普遍的なロマンティシズムを表現するにはランドフスカモデルのチェンバロは必要不可欠だったのです。

その事は彼女のゴールドベルク変奏曲や、1949年から1954年にかけて命を削るようにして録音した平均律クラヴィーア曲集等を聞けば容易に理解できます。
実際、彼女のパリの自宅にはオリジナルのチェンバロも多数あったようです。何しろ、その自宅はもの凄い豪邸でしたから。
しかし、彼女はそう言うオリジナルのチェンバロではなくて、今では邪道の極みとも言われるランドフスカモデルを使ったのです。何故ならば、その楽器だけがチェンバロの響きでピアノのように演奏できたからでした。

彼女は決してバッハからロマンティシズムを洗い落としたのではなくて、その洗い落とした後により普遍的なロマンティシズムという新しい魂を吹き込んだのです。
しかし、そう言うバッハを彼女の後に引き継ぐ人はいませんでした。何故ならば、そう言う演奏ならばピアノを使えばいいと言う当然の結論にいきついたからです。そして、チェンバロによるバッハはいつの間にか抽象的記号のような音楽ばかりになってしまいました。

それ故に、彼女が残してくれたチェンバロによる演奏はもう二度とこの世に現れることのない宝物のような存在なのです。

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