モーツァルト:前奏曲とフーガ K.394/383a ハ長調
(P)グレン・グールド: 1958年1月7日~10日録音
Mozart:Prelude and Fugue in C major, K.394/383a [1.Adagio]
Mozart:Prelude and Fugue in C major, K.394/383a [2.Figa. Andante Maestoso]
モーツァルトもまた努力の人だった
モーツァルトは1782年に、スヴィーテン男爵から初めてバッハの作品を紹介されています。
スヴィーテン男爵はバロック音楽の膨大なコレクションを誇る人物として知られていて、毎週日曜日に「ウィーン楽友協会」の前身である「音楽協会」でコンサートが催して、そこでモーツァルトはバッハとへンデルの作品を演奏しています。
その時の様子をモーツァルトは父レオポルドに手紙で次のように知らせています。
ぼくは毎週日曜日の12時にスヴィーテン男爵のところに行きますが、そこではヘンデルとバッハ以外のものは何も演奏されません。
ぼくは今、バッハのフーガの収集をしています―ゼバスティアンのだけではなくエマヌエルやフリーデマン・バッハのも。それからヘンデルのも
も0ツァルトは基本的にホモフォニーの音楽家としてスタートしたのですが、バッハのポリフォニックな音楽は彼に大きな衝撃を与えたのでした。
そして父に宛てた手紙の10日後に姉のナンネルにも次のような手紙を書き送っています。
同封でプレリュードと三声のフーガ(K.394)をお送りします。…
このフーガが生まれた原因は、実はぼくの愛するコンスタンツェなのです。ぼくが毎週日曜日にお邪魔しているファン・スヴィーテン男爵が、ヘンデルとゼバスティアン・バッハの全作品を(ぼくがそれをひと通り男爵に弾いて聴かせた後で)ぼくにうちへ持って帰らせました。
そして、その音楽をコンスタンツェがすっかり気に入ってしまったというのです。
このナンネルに宛てて送ったフーガに前奏曲をつけたものが「前奏曲とフーガ K.394/383a ハ長調」であり、姉ナンネルに献呈されています。
そして、これを切っ掛けとして彼は積極的にポリフォニックな作品を試作しはじめます。
そう言う意味では、あまり目立たない小品ですが、この作品はモーツァルトにさらなる飛躍をもたらした大きな切っ掛けを象徴する存在だと言えます。
彼は、これを切っ掛けとして、ポリフォニックな要素を作品に取り込むようになり、より立体的な音楽を指向します。
しかし、その音楽は複雑さを増し、安易で耳に心地よい音楽を求める当時の聴衆の好みとは少しずつかけ離れていってしまったようです。
とは言え、この飛躍がなければ、私たちは「ジュピター」の圧倒的な世界と出会うことはなく、それへと連なる数多くの偉大な作品とも出会えなかったことでしょう。
この前奏曲は即興性よりは構築性に重点をおいていて、今までの前奏曲のスタイルからは遠く隔たっています。
そして、その音楽からバッハの「オルガンのための前奏曲とフーガ」を思い出す事は容易であり、冒頭の右手と左手がユニゾンで荘重にはじまる響きはオルガン的とも言えます。
モーツァルトもまた努力の人だったのです。
至って真っ当な演奏
グールドのモーツァルトと言えば真っ先に思い浮かぶのは60年代の後半にまとめて録音したソナタ全集でしょう。しかし、あの演奏に関しては賛否両論と言うよりは、圧倒的に「否」とする人が多くて、私のまわりでもあの録音に「賛意」を表明する人は殆どいません。
口の悪いに人によっては「悪意に満ちたモーツァルト演奏」とまで談ずる人もいるほどです。そして、おそらくグールド自身もその事を敢えて否定しようとはしないでしょう。
そう言えば、フランソワはブラームスの作品を演奏すると吐き気がすると言い放ちましたが、グールドもまたバッハからシェーンベルクに至るまでの音楽史は全て無意味だと言っていました。
つまりは、グールドはバッハと同じように骨の髄まで「対位法」の人だったのです。音楽というものは音が縦に積み重なるものではなくて、全ての声部が対等平等な関係で横へと流れていくものだったのでしょう。
ですから、あのモーツァルトのソナタは、モーツァルトの書いた音符を一度全てバラバラに解体して、それをグールドは一つずつ拾い上げては可能な限りポリフォニックな音楽に再構成しようとしたのだと思います。当然の事ながら、そんな「心遣い」などはモーツァルトには不必要だと思う人が大半でしょうから、そう言う演奏には「否」となるのは当然です。
しかし、不思議な話ですが、時々そう言うグールドの言い分も聞きたくなって聞いてしまう自分がいることも事実なのです。そして、これが一番残念なことなのですが、その録音は早いものでは1966年にすんでいるのですが、何故か2年ほど塩漬けになっていたようで一番最初のリリースは1968年にまでずれ込んでしまったことです。つまり、あのモーツァルト録音は当分の間パブリック・ドメインになることはないようなのです。
と言うことで、それ以外にグールドのモーツァルト演奏はないのかと調べてみれば、1958年と1961年に3曲録音しているのは見つけ出しました。
ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330:1958年1月7日~10日録音
前奏曲とフーガ K.394:1958年1月7日~10日録音
ピアノ協奏曲第24番ハ短調, K.491:ワルター・ジュスキント指揮 CBS交響楽団 1961年1月17日録音
探せば他にもあるのかもしれませんが、取りあえずはこの3曲を紹介しておきます。
聞いてもらえば分かるように、こちらの方は至って真っ当な演奏であり、モーツァルトらしい愉悦感はいささか希薄かもしれませんが、端正で透明感のあるモーツァルトに従っています。
こう言うのを聞くと、どこかピカソの「青の時代」を思い出してしまいます。
凡人はここまで演奏できればそれで「良し」となるのでしょうが、どうしてもそこでとどまっていられずに「未開の荒野」に踏み出してしまう人はいるものです。そして、それがどれほど世の人には受け入れてもらえないものであっても、今ある安住の地で安穏と暮らすことを自分に許さないのです。
ただし、ピカソのキュービズムは世の権威が認めたために、私たち凡人も「分かったような」ふりをせざるを得ないのですが、グールドのモーツァルトは未だ世に受け入れられてはいないようです。確かに私も時々聞いてみたくなったりするのですが、自分のスタンダードではないことは事実であり、この古い録音のモーツァルトの方が心穏やかに聞くことができることは正直に告白せざるを得ません。
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