シューマン:子供の情景 作品15
(P)アニー・フィッシャー 1964年12月14日~17日録音
Schumann:Kinderszenen, Op.15
シューマンの最高傑作の一つ

シューマンはこの作品を決して子ども向きの「軽い作品」として書いたのではありません。それどころか、彼は「今僕は音楽いっぱいで張りさけそうな気がすることがよくあります。」と手紙に綴った時期にこの作品を書いたのです。
実際、シューマン自身も「クライスレリアーナ」や「幻想曲」と並ぶ作品としてこの「子ども情景」を位置づけています。
それにしても、じっくりと聞いてみると、その限りないニュアンスの豊かさには驚かされます。
冒頭の「見知らぬ国から」では、6度上がって少しずつ降りてくるロマン派お約束の「憧れ」の音形にさっと心をつかまれてしまいます。
それから、あまりにも有名な第7曲の「トロイメライ」なんですが、あれは上がって降りてくるだけの4小節で出来た旋律が8回繰り返されるだけの音楽なのです。ところが、その一回一回が微妙にニュアンスが変化していつしか夢の中に誘われます。
同じ事が、第12曲の「子どもは眠る」にも言えます。
うつらうつらとした短調の響きが一瞬ホ長調の明るさを経過して再び深い眠りの中に落ち込んでいく様の何と見事なことか!
そして、最後の13曲目「詩人は語る」でまさに眠りの中の子ども夢が語られていきます。
そして、その夢もいつしか深い眠りの中にとけ込んでいきます。
ピアノという楽器で、これほども繊細なニュアンスが表現できることを初めて発見したのは、疑いもなくこのシューマンだったことをこの作品は私たちに確信させてくれます。
- 見知らぬ国と人々について Von fremden La"ndern und Menschen(ト長調)
- 不思議なお話 Kuriose Geschichte(ニ長調)
- 鬼ごっこ Hasche-Mann(ロ短調)
- おねだり Bittendes Kind(ニ長調)
- 十分に幸せ Glu"ckes genug(ニ長調)
- 重大な出来事 Wichtige Begebenheit(イ長調)
- トロイメライ(夢) Tra"umerei(ヘ長調)
- 暖炉のそばで Am Kamin(ヘ長調)
- 木馬の騎士 Ritter vom Steckenpferd(ヘ長調)
- むきになって Fast zu ernst(嬰ト短調)
- 怖がらせ Fu"rchtenmachen(ホ短調)
- 眠りに入る子供 Kind im Einschlummern(ホ短調)
- 詩人は語る Der Dichter spricht(ト長調
「音」というパーツの精度を極限まで高め、そのパーツをに寸分の誤差もなく組み立てることでシューマンの底深い情念を再現した
シューマンのピアノ作品はどうにも苦手なので敬遠していました。
フィッシャーの録音に関してもモーツァルトやベートーベンはさっさと聞いてはいたのですが、シューマンだけは長く放置されていました。
しかし、それでは古典派だけでこのピアニストを判断することになりますし、何よりも録音の数そのものが少ないのですから、いつまでも放置ではイカンだろうと言うことで聞いた見たのです。
そして、聞いてみて度肝もを抜かれたのです。
異論はあるでしょうが、これはもうシューマンに関してはホロヴィッツと並んで絶対に無視できない録音だとは言えそうです。
ただし、こういう書き方をすると「○○をご存知でしたらね」みたいな哀れみを込めたメールをいただくことになるのですが、まあ、それでも凄いものは凄いので、敢えてこう書ききりましょう。(^^v
こういう演奏を聞くと、まさにプロだなと感心させられます。
特に、この直前にはモーラ・リンパニーの、それもピアニストとしては第一線を退いていた時期のコンチェルトを聞いていたので、その違いには唖然とするしかありません。
おかしな話ですが、ある意味ではマチュア精神に溢れたリンパニーのコンチェルトは、誰の耳が聞いても驚かされる凄みを持っています。もしも、それを実演などで聞かされた日には、その凄みにノックアウトされることは間違いありません。
そして、今の日本でも、こういうスタイルの演奏でリストなんかを取り上げて人気を博しているピアニストがいますね。
そう言うスタイルの演奏と較べれば、こういうフィッシャーのような演奏は派手さは一切ないので、多くの聞き手にアピールするのは難しいかも知れません。
しかし、ある程度はクラシック音楽というものを聞き続けてきた耳であれば、この演奏の背後に秘められた驚くべき精度さと、それに裏付けられた深い情念には気づくはずです。
それは喩えてみれば、通常の工業製品ならば精々が10分の1ミリ程度の精度で仕上がっているものが、フィッシャー工房の手作りではネジ1本に至るまでもが100分の1ミリの精度で仕上がっているようなものです。
そして、驚くべきは、その精度でもってシューマンという製品をイメージできている凄さです。
考えてみれば、ロマン派を代表する典型的な性格小品の本家本元がシューマンなのですから、多くのピにストはその雰囲気に乗っかってザックリ仕上げていることが多いのです。
そして、シューマンのピアノ作品にいつもなにがしかの不満を感じていたのは、そう言う仕上げの雑さが原因だったことをこのフィッシャーの演奏は教えてくれたのです。
情念は雰囲気ではなくて、精度です。
シューマンの底深い情念を形づくっている「音」というパーツの精度を極限まで高め、その精緻なパーツをさらに寸分の誤差もなく組み立てることで再現して見せているのです。ですから、ここに雰囲気に甘えて曖昧に弾きとばしてるようなパーツはただの一つもありません。
そして、それを証明しているのが、私が冗談半分で「フィッシャー・ペース」と呼んでいる録音クレジットです。
噂によると、これだけ時間をかけて録音を行っても、結局はフィッシャーがOKを出さなかったのでお蔵に入ってしまったものも少ないそうです。(彼女が亡くなってからお蔵から出てきたそうです)
そして、これが音楽というものの難しいところなのでしょうが、結局そこまで細部にこだわって作り込むことで逆にスポイルされる部分も少なくないので、結果としては思わしくないことになってしまうこともあったようです。
ただし、この一連のシューマンの録音に関してはあり得ないほどの日数はつぎ込んでいないので、こだわった事によるプラスがマイナスを上回ったようです。
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