ショパン:前奏曲集 Op.28
(P)モーラ・リンパニー:1956年録音
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 1 in C major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 2 in A minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 3 in G major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 4 in E minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 5 in D major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 6 in B minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 7 in A major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 8 in F sharp minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 9 in E major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 10 in C shar pminor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 11 in B major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 12 in G sharp minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 13 in F sharp major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 14 in E flat minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 15 in D flat "Raindrop"]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 16 in B flat minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 17 in A flat major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 18 in F minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 19 in E flat major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 20 in C minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 21 in B flat major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 22 in G minor]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 23 in F major]
Chopin:Preludes, Op.28 [No. 24 in D minor]
長さも性格も、そして形式もバラバラな24曲の集合体

長さも性格も、そして形式もバラバラな24曲の集合体、それがこの前奏曲集です。これをもって、「あらゆる制作の課程におかれている絵画でいっぱいの画家の画嚢を想起せずにはおれない」と言う評価が出てきます。
しかし今日では、その様な様々な作品群が一つの調和を保つことによって一つの作品として完成されたものとして見る見方が一般的になっています。つまり、この作品は一つ一つがバラバラに演奏されるのではなく、全24曲をひとまとめとして演奏されるべきだと言うことになります。
そして驚くべきは、それら全ての作品が一つの楽想を中心として構成されていながら、そのあとの展開が自由奔放であり、どれ一つをとっても定型的なものがないことです、まさに作曲家が自らの感興に任せて思うがままに筆を走らせているようです。にもかかわらず、どれもが行き過ぎることもなく、足らざることもなく、高いレベルで完成しているところにショパンの天才がかいまみられます。
まさに音楽史において天才と呼べるのはモーツァルトとショパンただ二人です。
野太いまでの響きで、時にはぶっきらぼうに思えるほどの剛直さでショパンを造形しています
モーラ・リンパニーは戦前のイギリスではもっとも人気のあるピアニストの一人だったようです。
当然の事ながら、戦後も華々しく活躍をはじめるのですが、1951年にアメリカのテレビ局の経営者と結婚したために、ピアニストとしての活動は控えめになっていきました。
とりわけ、録音のフォーマットがモノラルからステレオに切り替わる頃にはほとんど引退同然になっていたので、「録音」を通してでしかその演奏に接する事が出来ない極東の島国ではほとんど知られることのない存在だったようです。
リンパニーも数多くの天才キッズと同じく12歳で演奏会デビューを果たしています。そして、マネージメントをする側は、リンパニーをショパンやリストのスペシャリストとして売り出そうとしたようです。
おそらくは宣伝用に撮影されたと思われる若い頃のポートレート写真を見ると、楚々とした雰囲気でいかにも上品なショパンの音楽を演奏してくれそうな雰囲気です。
しかし、そう言う決まり切ったお嬢様ピアニストの枠に収まるには、彼女のテクニックは逞しすぎました。
彼女ショパンやリストではなくてラフマニノフの演奏で名をあげ、それをラフマニノフが激賞したと言うのは有名なエピソードなのですが、それがリップサービスではないことは彼女の演奏を聞けばすぐに分かります。
リンパニーはラフマニノフの前奏曲の全曲録音を世界で最初に成し遂げているのですが、あのコンサート・グラウンドの限界に挑戦したような音楽をその逞しいテクニックによってものの見事にねじ伏せているのです。
しかし、もう少し俯瞰して全体を眺めてみれば、彼女とほぼ同世代のアニー・フィッシャー(1914年)やジーナ・バッカウアー(1913年)と、それよりも古い世代のマルグリット・ロン(1874年)、マイラ・ヘス(1890年日)、マルセル・メイエ(1897年)等を較べてみればその違いは明らかですから、そう言う特質は彼女彼女だけのものではなかったとも言えます。
ただし、品良くピアノを演奏するよりは、男性と較べても遜色ないほどの逞しいテクニックでねじ伏せてしまうと言うスタイルは、リンパニーにおいてはより際だっていました。
そして、そう言う逞しいテクニックをショパンの音楽にそのまま適用すればどうなるのかという見本のような録音がこのショパンの「ワルツ集」です。
上品で、思い入れたっぷりの曲線を多用したようなショパンではなくて、野太いまでの響きで、時にはぶっきらぼうに思えるほどの剛直さでショパンを造形しています。それは明らかにサロンの音楽ではなくて、広いコンサートホールにおいて多くの聴衆を相手にした音楽になっています。
とりわけ、逞しくピアノを鳴らしながらも、ここぞと言うところでの語り口の上手さはかなりのものです。
彼女は、この「ワルツ集」以外にも「前奏曲」や「ノクターン」なども録音を残しています。
驚くのは、「ワルツ」や「前奏曲集」だけでなく、「ノクターン」のような音楽でも思い入れのたっぷりの情緒を前面に出すのではなくて、、時にはぶっきらぼうに思えるほどの剛直さで音楽を造形していることです。
そして、そう言う剛直さを持って音楽を造形しているがゆえに、かえって語り口の上手さが際だっているように思えるのです。
ざっかけない言い方が許してもらえるならば、アルゲリッチの前にも、こういう猛女がいたと言うことなのでしょう。
なお、ネット上を散見すると、このリンパニーのピアノに対して繊細で柔らかい響きという形容詞をあてている方もおられました。
再生装置が変われば聞こえてくる音も違うと言うことなのでしょうか。
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