クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13

(P)バックハウス 1958年録音





Beethoven:ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13 「第1楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13 「第2楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13 「第3楽章」


これを若書きの作品といえばベートーベンに失礼かもしれません。

凡百の作曲家のピアノ作品と比べれば堂々たる音楽です。
 しかし、中期・後期の傑作を知っているものには、やはりこのソナタは若書きの範疇に入らざるを得ません。

 冒頭の一度聞いたら絶対に忘れることのない動機がこの楽章全体の基礎になっていることは明らかです。この動機をもとにした序奏部が10小節にわたって展開され、その後早いパッセージノ経過句をはさんで核心のソナタ部へ突入していきます。
 悲愴、かつ幻想的な序奏部からソナタの核心へのこの一気の突入はきわめて印象的です。
 その後、この動機は展開部やコーダの部分で繰り返しあらわれますが、それが結果としてある種の悲壮感が楽章全体をおおうこととなります。
 それがベートーベン自身がこの作品に「悲愴」という表題をつけたゆえんです。


 しかし、ここに聞ける悲壮感は後期の作品に聞ける、心の奥底を揺さぶるような性質のものではありません。
 長い人生を生きたものが苦さと諦観の彼方に吐き出す悲しみではなく、それはあくまでも若者が持つところの悲壮感です。

 ならば、それは後期の一連の作品と比べれば劣るのかと言われれば、答えはイエスであると同時にノーです。
 なぜなら、後期のベートーベンの作品は後期のベートーベンにしか書けなかったように、この作品もまた若きベートーベンにしか書けない作品です。
 年を重ねた人間にはかけない音楽です。

 そして、重い主題を背負った音楽ばかり聞くというのはしんどいことです。時には、悲壮感のなかに甘さをたっぷりと含みながらも、若者らしい瑞々しさを失わない音楽もいいものです。
 それに、ユング君には無理ですが、この作品はベートーベンのピアノソナタのなかでは演奏が最も優しい部類に属します。

 ある程度ピアノが弾ける人なら、過ぎ去りし青春の日々に思いを馳せながら演奏してみるのも楽しいのではないでしょうか。
 (ユング君もこれぐらいの曲が弾けるようになればいいなといつも思っているのですが、道は遠いです。)

第1楽章
 クラーヴェ(4分の4拍子)−アレグロ・ディ・モルト・エ・コン・ブリオ ハ短調 2分の2拍子 ソナタ形式

第2楽章
 アダージョ・カンタービレ 変イ長調 4分の2拍子 3部形式

ベートーベンが書いたもっとも優れた音楽の一つ、と言って過言はないでしょう。今までの緩徐楽章も申し分なく美しい音楽でしたが、ここではその美しさが一種の祈りにもにた形へと昇華されています。

第3楽章
 アレグロ ハ短調 2分の2拍子 ロンド形式

評価の分かれる演奏


随分と評価の割れるバックハウス二度目のソナタ全集です。
私自身も、以前にモノラルによる旧全集をアップしたときにこんな事を書いていました。

「面白いのが、音質的には劣るモノラル録音の方がステレオ録音よりも高く値段が設定されていることです。・・・こういう古い録音は最終的には需要と供給の関係で決まるようですから、多くの人が音質的には劣ることは分かっているのにモノラル録音を求めることをこの事実は示しています。
理由はいうまでもありません、演奏そのものが圧倒的にモノラル録音の方が優れているからです。」

この評価は、今も私のなかでは変わっていません。
ですから、このステレオ録音による新全集もアップしようかどうかいささか悩みました。(初期に録音したものはパブリックドメインの仲間入りをしはじめました。)
しかし、世間的には、今もってこのステレオ録音はベートーベン演奏の一つのスタンダードとして位置づけられているのですから、その評価は多くの聞き手にゆだねるべきだろうと思って、アップすることにしました。

私がこのステレオ録音に不満を感じるのは、モノラルの時代にはみなぎっていた「覇気」が、ここでは随分おとなしくなってしまっていることです。
もちろん、悪い演奏ではないと思います。
なかには、絶対的権威への反発からかこの演奏をぼろくそに貶す人がいますし、その事をもって己の見る目の高さを誇る向きもあります。しかし、そこまで言われるほどに「酷い演奏」ではないと思います。
しかし、ベートーベン演奏の絶対的権威とも言うべき演奏なのかと言われれば、それもまた首をかしげざるを得ません。

つまりは、数ある優れたベートーベン演奏の一つ、としてあるがままに受け入れればいいのではないかと思います。
確かに、この一連の演奏を聴いて随分とぞんざいな弾き方だと思う人もいるでしょう。逆に、私が「覇気」が乏しいと批判しても「淡々と流れ行く音楽のエネルギーの底に、何か静かな瞑想的な静けさを感じます。」という人もいるでしょう。
さらに言えば、「モノラルの録音なんか聞いていられるか、聞くならステレオでしょう!」という方もおられるでしょう。

ただ、やはりバックハウスほどの人でも年を取れば衰えるんだな、という全く当たり前のことを感じつつ、心静かに聞くことの出来る年寄りには相応しい音楽なのかもしれません。
私も、そう言う年になってしまいました。

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