シューマン:森の情景, Op.82
(P)クララ・ハスキル:1954年5月5日~6日録音
Schumann:森の情景 Op.82「入り口」
Schumann:森の情景 Op.82「待ち伏せる狩人」
Schumann:森の情景 Op.82「孤独な花」
Schumann:森の情景 Op.82「呪われた場所」
Schumann:森の情景 Op.82「親しげな風景」
Schumann:森の情景 Op.82「宿」
Schumann:森の情景 Op.82「予言の鳥」
Schumann:森の情景 Op.82「狩りの歌」
Schumann:森の情景 Op.82「別れ」
10年ぶりのピアノ作品
シューマンはある特定の時期に特定のジャンルの作品を集中的に生み出すという傾向がありました。特に有名なのが、「歌曲の年」と言われる1840年と、「交響曲の年」と呼ばれる1841年です。前者は、「詩人の恋」、「リーダークライス」作品24と作品39、「女の愛と生涯」などを次々と生み出し、その翌年は一転して交響曲第1番「春」や交響曲第4番の初稿が書かれます。そして、さらにその翌年になると室内楽曲に集中しているように見えます。
そんなシューマンにとって、ピアノ曲は割合その様な「集中」は無いように見えます。しかし、これもまた詳しく見てみると、20代の頃に「幻想曲」や「クライスレリアーナ」などの傑作を生み出した後はパタリと筆が止まっている事に気づかされます。意外なことですが、シューマンを代表するピアノ曲は全て20代の若き日の作品ばかりなのです。そして、その後、歌曲や交響曲や室内楽に集中する時期を超えて、再びピアノに帰ってきて生み出されたのがこの「森の情景」です。実に10年ぶりのピアノ作品になります。
よく知られているように、この作品はH.ウラベという詩人の「狩りの日誌」にインスピレーションを得て作曲されたと伝えられています。すでに精神的に変調をきたし始めていた時期の作品だけに、若い頃のピアノ作品と比べると、ロマンティックで憧れに満ちた楽想のように見えて、どこか何とも言えない暗い感情が潜んでいることに気づかされます。
それは、
「そんなに高く伸びた花も ここでは死のように青白い。 真ん中の一本の花だけが くすんだ赤い色で咲いている。 その色は太陽から得たものではない。 それは太陽の光さえ受けたことがない。 その色は大地からのもの。 その色は人間の血を吸い込んだものなのだ。」
という詩が付された第4曲「呪われた場所」だけではありません。
この上もなく美しく優しい第3曲「孤独な花」も、子どもの情景の「トロイメライ」のように、ただ夢見るだけの音楽にはなっていません。勇壮に響くように見える第8曲「狩りの歌」も同様で、どこか寂しげな影がよぎります。
1.「森の入り口」 変ロ長調 4分の4拍子 速すぎずに
2.「待ち伏せる狩人」 ニ短調 4分の4拍子 非常に元気よく
3.「もの悲しい花たち」 変ロ長調 4分の2拍子 単純に
4.「呪われた場所」 ニ短調 4分の4拍子 きわめてゆっくりと
5.「親しげな風景」 変ロ長調 4分の2拍子 速く
6.「宿屋」 変ホ長調 4分の4拍子 中庸に
7.「予言者としての鳥」 ト短調 4分の4拍子 ゆっくりと、きわめて優しく
8.「狩りの歌」 変ホ長調 8分の6拍子 急速に、力強く
9.「別れ」 変ロ長調 4分の4拍子 速くなく
繊細さの限り
ハスキルは若い頃はヴィルトゥオーゾを目指していたようですが、度重なる病は彼女のピアニストとしての人生を180度転換させました。特に、背骨の病によるコルセットの着用は、ヴィルトゥオーゾピアニストとして必要な「筋力」を彼女から奪ってしまいました。しかし、その事が、「力」ではなくて、無限とも思える微妙なタッチから信じがたいほどの豊かなニュアンスを作品の中から紡ぎ出す技を彼女に与えました。
もし、彼女が病を得ることなく、それなりのヴィルトゥオーゾピアニストとして活躍していれば、おそらく遠い昔にその名前は忘れ去られていたでしょう。あのチャップリンに、「生涯に出会った天才は3人だけ。アインシュタインとチャーチルと、後はピアニストのハスキル」と語らせる事もなかったでしょう。
ハスキルはこの作品をとても得意にしていたようで、コンサートではよく取り上げていたようです。ただし、心配なのは、MP3にエンコードしたファイルで、このハスキルの紡ぎ出す微妙なニュアンスがどこまで伝わるかです。このニュアンスが上手く伝わらないと、何となく「薄味な演奏」と思われないかと心配です。
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