ショーソン:協奏曲 Op.21(Chausson:Concert for Violin, Piano and String Quartet, Op.21)
(Vn)ジャック・ティボー (P)アルフレッド・コルトー 弦楽四重奏団[(Vn)イスナール・ヴルフマン,ヴラディーミル・ヴルフマン (Va)ジョルジュ・ブランパン (Cello)モーリス・アイゼンバーグ] 1931年7月2日録音(Jacques Thibaud:(P)Alfred Cortot (vn)Isnard Voufman,Vladimir Voulfman (va)Georges Blanpain (vc)Maurice Eisenberg Recorded on July 2, 1931)
Chausson:Concert for Violin, Piano and String Quartet in D major, Op.21 [1.Decide]
Chausson:Concert for Violin, Piano and String Quartet in D major, Op.21 [2.Sicilienne]
Chausson:Concert for Violin, Piano and String Quartet in D major, Op.21 [3.Grave]
Chausson:Concert for Violin, Piano and String Quartet in D major, Op.21 [4.Finale (tres anime)]
ショーソンにこんな作品がまだあったとは
ショーソンといえば「詩曲」くらいしか思い浮かばないのが一般的で、あとは交響曲を書いていたことを思い出すことができれば大したものです。
ですから、私もこの協奏曲と出会って、こんな作品があったのかと驚いている次第です。クラシック音楽などというものを40年以上も聞き続けてきながら、まだまだその世界の奥深さには改めて驚かされます。
ショーソンはパリの裕福な家庭に生まれ、当初は両親の希望をかなえるため法律の道を志しています。その傍ら趣味として作曲を行っていたのですが、本格的に音楽に取り組んだのは25歳でパリ音楽院に入学してからでした。そして、不慮の事故でこの世を去ったのが44歳でしたから、音楽家として活動したのは非常に短い期間でした。そのことをお思えば、代表作として思い浮かぶ作品が少ないのは仕方のないことでした。いや、そんな短い活動期間にもかかわらず、たとえ「詩曲」一曲だけを残しただけでも素晴らしいことだといってもいいでしょう。
この協奏曲は、その楽器編成だけを見ればピアノを含む六重奏曲と見えます。しかし、実際に音楽を耳にすればメインはピアノとヴァイオリンの二重奏曲で、そのバックとして弦楽四重奏が伴奏を務めているように聞こえます。しかし、もう少し注意して聞いていると、ことはそれほど単純ではなく、六重奏曲的に聞こえる場面もあれば、ピアノとヴァイオリンによる二重奏曲のように聞こえる場面もあります。
ですから単純に「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲」というネーミングで、いわゆる室内協奏曲に分類することにはためらいがありますし、室内楽としての六重奏曲とするのは明らかに間違っています。
そんなわけで、形式的には実に一筋縄ではいかないので、ただ単に「協奏曲」と表記されることもあるのですが、何とも言えず悩ましい音楽です。
ショーソン自身も「Concert」としか記さなかったのは、結局は最大公約数としてそのように表記するしかなかったのでしょう。
そして、初演時においてはこの作品は好意的に受け止められ「今後は私ももっと自信を持って仕事ができそうに思われる」と友人に書き送っています。その自信の表れでしょうか、この作品の成功の後に、己の代表作である「詩曲」をこれと同じ編成で編曲しているほどなのです。
作品全体は4楽章構成で、第1楽章はソナタ形式、第2楽章はシシリエンヌでフォーレをを思わせる音楽です。そして第3楽章は荘重な緩徐楽章で、最後は快活なソナタ形式で大きな高揚の中で締めくくられています。
媚薬のような魅力
いきなり、話は横道から入るのですが、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」やショーソンの「詩曲」はともに、サラサーテとイザイという偉大なヴァイオリニストの意向が十分に反映された作品です。
それだけに、難しくはあってもそれは無理を強いられる難しさではなく、さらには演奏家の努力が報われる作品でもあります。
それだけに、それなりに名の通ったヴァイオリニストならば必ず録音している作品であり、多くの「名盤」がひしめいています。
そんな中で異彩を放っているのがこのティボーの録音でしょう。すでに、ショーソンの「詩曲」は紹介してあります。
はっきり言って、あまり上手くはありません。オケもいまいちです。
でも、この演奏の全体を覆う退廃的な雰囲気はこの作品にピッタリであり、こういう雰囲気を出せるヴァイオリニストはティボー以外にいないのです。
そして、その事は「詩曲」などの作品に限った話ではなくて、彼の残した録音にはそういう媚薬のような魅力があふれていて、それ故に唯一無二の魅力を今も失っていないのです。いいや、現代のように演奏の精緻に重点が置かれ、その結果として音楽そのものが薄味になっていく中では、彼の残した演奏はこの上もなく貴重なもののように思われてくるのです。
それでは、その媚薬の正体は何かと考えを巡らせ、もう少し分析的に聞いてみれば、それはティボー独特の「ポルタメント」であることにすぐに気づくはずです。
彼と同時代のヴァイオリニストの大部分もポルタメントを用いているのですが、ティボーのポルタメントの使い方には独特な癖のようなものがあるようで、それが気に入ってしまうと病みつきになる魅力を持っているのです。
それにしても、ヴァイオリンの演奏にポルタメントを入れるのは下品だみたいな感じになっていったのはいつの頃からなのでしょうか。
もっとも、コンクールの演奏でポルタメントなんて使えば即お帰りを願います、でしょうから、今やレッスンでポルタメントを習うこともないのでしょう。
それにしても、ティボーのポルタメントは天性のものだったようです。
フランスのヴァイオリニストであるポール・ヴィアルドーは「サラサーテが精巧に作られた鴬ならば、ティボーは生まれながらの鴬である」と語っていました。ジョルジュ・エネスコもそれに加えて 「ティボーは張りつめた4つの弦の感触を、ヴァイオリンという女神の柔肌のそれに置き換えた」と述べ「形容をこえた美の逸楽が紅蓮の炎と燃えさかっている。」と讃えました。
確かに、ティボーの演奏は作品のファースト・チョイスにはならない録音かもしれません。しかし、あれこれと聞いてきた人にはかけがえのない魅力をはなつ録音であることは間違いありません。
そして、30年代のいまだ衰えを見せない時期の作品は言うまでもなく素晴らしく、明らかに衰えを見せ始めていた戦後の演奏もまた「下手でも素敵」なのですから不思議な話です。
そのことは日々己のスキルを高めるために血のにじむような努力を重ねている若手のヴァイオリニストからすれば理不尽この上ない物言いだと思われるでしょうが、それでも音楽にとって一番大切なものは何なのかを考え直してみる機会にはなるでしょう。
ああ、それにしてもこのコンセールの第2楽章のなんと心に沁みとおること。
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