バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 BWV 1015(J.S.Bach:Violin Sonata in A major, BWV 1015)
(Cembalo)ワンダ・ランドフスカ:(Vn)イェフディ・メニューイン 1944年12月20日録音(Wanda Landowska:(Vn)Yehudi Menuhin Recorded on December 20, 1944)
J.S.Bach:Violin Sonata in A major, BWV 1015 [1.(Andante)]
J.S.Bach:Violin Sonata in A major, BWV 1015 [2.Allegro]
J.S.Bach:Violin Sonata in A major, BWV 1015 [3.Andante un poco]
J.S.Bach:Violin Sonata in A major, BWV 1015 [4.Presto]
歴史的に重要なポジションを占めるヴァイオリンソナタ
バッハはその生涯において3種類のヴァイオリンソナタを残しています。
一つは有名な無伴奏のソナタであり、もう一つは通奏低音を伴うソナタ、そしてチェンバロの音符がきちんと書き込まれたスタイルのものです。そして、ここでお聞きいただけるのは言うまでもなくチェンバロにもきちんと音符が書き込まれたスタイルのものです。
バッハはこれらの作品においてチェンバロの右手と左手のそれぞれの声部を与え、そこへヴァイオリンの声部を加えて3声による音楽を展開しました。もちろんこれは基本であって、ヴァイオリンが無伴奏ソナタで示されたように複数の声部を担当して全体としては4声や5声になることもありますし、また、対位法的な音楽で一貫するのではなく時にはチェンバロが伴奏的にふるまってその上でヴァイオリンが伸びやかに歌うこともあります。
その辺は実際に耳で確かめてください。
ですから、ベートーベン以後のヴァイオリンソナタのように、二つの楽器が対等の立場をとって音楽を展開していくという近代的な二重奏ソナタとは趣がかなり異なっています。しかし、コレッリやヴィヴァルディたちに代表されるような。通奏低音にのってヴァイオリンが歌うという古い形式とも明らかに異なっています。
それは、通奏低音を伴った古いスタイルのソナタから、近代的な二重奏ソナタへと移行していく過渡期の作品であり、その意味において、歴史的に重要な意味を持った作品だといえます。
第1番 ロ短調 BWV1014
6曲の中では一番最初に書かれたものだと言われています。アダージョと記された第1楽章は深い瞑想に沈んだような素晴らしい音楽です。
第2番 イ長調 BWV1015
悲愴な雰囲気が支配する第3楽章がこの作品を支配しています。残りの3つの楽章が明るく幸福な感覚に支配されているだけにそのコントラストが鮮やかです。
第3番 ホ長調 BWV1016
これ以降のソナタは形式的にかなり自由にふるまっています。第1楽章では3声の形式は守られずにチェンバロはかなり自由にふるまっていますし、第3楽章では冒頭4小節で示されるチェンバロの主題を繰り返すシャコンヌの形式がとられています。悲痛さに満ちたスケールの大きな音楽が展開されています。
第4番 ハ短調 BWV1017
妻との死別という出来事がこの4番と5番に反映されていると言われています。ラルゴと指定された第1楽章は「マタイ受難曲」の有名なアリア「わが神よ、哀れみたまえ」とそっくりです。また第2楽章では3声による壮大なフーガが展開されると言う実に充実した作品です。
第5番 ヘ短調 BWV1018
すべての楽章が短調で書かれているという、深い悲しみにいろどられた作品です。ラルゴと指定された第1楽章は最も規模の大きな楽章であり、8声のモテット「来たれ、イエス、来たれ。」の主題との密接な関係も指摘されています。
第6番 イ長調 BWV1019
この作品のみ5楽章構成であり、中間の3楽章がチェンバロのみによる演奏という特殊な形式を持っています。音楽的には4・5番にはなかった溌剌とした生気に満ちたものとなっています。
バッハが持っている豊かな歌心を歌い上げている
ランドフスカは器楽奏者との共演はほとんど行わなかったようなのですが、その数少ない例外がこのメニューインとの共演です。
ここで紹介しているのは1944年12月20日のライブ録音です。
バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ロ短調 BWV 1014
バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 BWV 1015
バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ホ長調 BWV 1016
バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ短調 BWV 1018
この時ランドフスカは60代半ば、メニューインは20代の若者ですから、まさに祖母と孫の共演みたいなものです。ただし、メニューインは7歳から演奏家としての活動を開始して「神童」とよばれた人物ですから、この時点でキャリは20年ほどになっていますから「若手」とは言えない存在だったのかもしれません。
そして、このライブ録音の1週間ほど後に第3番のソナタだけをスタジオ録音しています。その録音はすでに唱歌泉田なのですが、考えてみれば、ただ1曲だけでもスタジオで録音されたと言うのは貴重なことです。
それにしても、実によく歌うバッハです。
確かに、この第3番のソナタは6曲のヴァイオリン・ソナタの中でも一番牧歌的な雰囲気をまとっていますから、その音楽をこのように大らかに歌い上げるのは決して不思議ではありません。しかし、その歌う心は、メニューインが10代で録音した無伴奏の好き勝手に振る舞った奔放さとは本質的に異なります。
そうではなくて、ここにある歌はランドフスカという存在によって、好き勝手ではないある種の普遍性を備えた叙情性に昇華しているのです。
メニューインは50年代にももう一度無伴奏の録音を残しているのですが、それは当時のスタンダードだった厳しいバッハ像とは一線を画すほどに歌心に溢れた演奏でした。そして、それ故に、彼の技術的衰えとも結びつけられていささか緩めの演奏として評価されてきました。
さらに、この全6曲のヴァイオリン・ソナタも51年に録音していますが、それはこの40年代の録音と同じように歌心に満ちた演奏でした。
おそらく、己の才能を信じて思うがままにバッハを演奏していたメニューインが辿り着いたのは、もしかしたらこのランドフスカによって示唆された普遍的なロマンティシズムだったのかもしれません。
スタジオ録音と較べるといささか音質は落ちるのですが、ヴァイオリンの素晴らしい響きは十分に楽しめます。音源の劣化に伴うノイズは少なくはないのですが、スタジオ録音よりもより自由に、そしてより大らかにバッハが持っている豊かな歌心を歌い上げています。
個人的にはかなり素晴らしい演奏だと思うのですが、録音を聞く限りでは聴衆の反応は落ちついています。
おそらく、その演奏は人の心を熱狂させるものではなくて、その反対に心を静める演奏だからでしょう。
確かに、バッハというものはクールに演奏した方が精神性が高いと思われています。しかし、バッハの音楽の中には明らかに普遍的なロマンティシズムが溢れていて、その叙情性を大らかに歌い上げる事もまたバッハです。
ただし、クールなバッハが大通りを闊歩している時代以降、こういう演奏は恣意的で主情的にすぎると批判されるでしょうから、こういう演奏に出会うことはほとんどなくなってしまいました。
さらに言えば、この後、メニューインはドイツに渡ってフルトヴェングラーと共演し、彼を擁護したことによってユダヤの力の強いアメリカの音楽界から追放されてしまいました。
その出来事をランドフスカがどの様に見ていたのかは全く分かりませんが、結果として、二人が共演することは物理的に不可能となってしまいました。おそらくそのためだと思うのですが、このライブ録音が、結果的には二人にとって最初にして最後の出会いとなってしまいました。
もしも、ケントナーと録音した51年のヴァイオリン・ソナタの録音がランドフスカとの共演であれば、どれほど素晴らしかっただろうなどと詮無きことを考えてしまいます。
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