ベートーベン:ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 「大公」 Op.97(Beethoven:Piano Trio No.7, Op.97 in B-flat major "Archduke")
(P)パウル・バドゥラ=スコダ (Cello)アントニオ・ヤニグロ (Violine)ジャン・フルニエ 1952年発行(Antonio Janigro:(P)Paul Badura-Skoda (Violine)Jean Fournier Released on 1952)
Beethoven:Piano Trio No.7, Op.97 in B-flat major "Archduke"[1.Allegro moderato]
Beethoven:Piano Trio No.7, Op.97 in B-flat major "Archduke"[2.Scherzo: Allegro]
Beethoven:Piano Trio No.7, Op.97 in B-flat major "Archduke"[3.Andante cantabile ma pero con moto]
Beethoven:Piano Trio No.7, Op.97 in B-flat major "Archduke"[4.Allegro moderato - Presto]
謎の多い作品

交響曲の分野で言えばそれは疑いもなく「エロイカ」です。当時の人々は、あんなにも素晴らしい交響曲(第1番・2番)を書いた男がどうしてこんなわけの分からない音楽を書いたのだと訝しく思ったと伝えられています。
そして、その後もこのジャンルでは驚くような作品を次々と生み出していきました。その意味でも、交響曲こそはベートーベンにとっての主戦場だったのでしょう。
事情は室内楽の世界でも同様です。
弦楽四重奏曲ではそれは「ラズモフスキー」であり、ヴァイオリンソナタならば「クロイツェル」です。
ピアノソナタならば、「アパショナータ」や「ワルトシュタイン」が上げられるでしょうか。
そして、ピアノソナタや弦楽四重奏曲の分野では最晩年にもう一度「爆発」をおこすのです。ただし、その「爆発」は外に向かってではなく己の内部に向かって光を投げかけたのでした。
そして、ピアノ三重奏曲の分野ではそれは疑いもなく「大公」でした。
そして、このジャンルほど、爆発以前と以後との落差が大きなジャンルはなかったように思います。
それ以外のジャンルでは、どこか次の爆発を予感させる「予兆」みたいな者がありましたが、このピアノ・トリオにおいてはそれは突然やってきたのです。
そして、そうであったからこそかもしれませんが、この爆発は勇壮なる打ち上げ花火のように夜空を彩りながら、後には幽かな余韻しか残さずに、彼はこのジャンルから去ってしまうのです。
そういう事情があるからでしょうか、この作品は少しばかり謎めいています。
「大公」というあだ名は、これがルドルフ大公に献呈されたことに由来します。そして、献呈されたルドルフ大公はこの作品に深く感動したと伝えられています。しかし、それは当然のことであって、この作品はピアノ三重奏曲という狭いジャンルだけでなく、室内楽作品全体を見回しても屈指の名作であることは疑いがないからです。
作品冒頭のピアノで歌いだされる雄大なテーマが聞き手の心をがっちりととらえます。そして、何よりも魅力的なのはアンダンテ・カンタービレと指定された第3楽章の美しさです。これを聞いて深く感動しない人がいるならば、その事の方が不思議です。
ところが、そのように優れた作品でありながら、公式の初演は作品完成後の3年後なのです。ちなみに、この演奏会ではピアノを作曲者自身が担当しているのですが、ベートーベンがピアニストとして公開演奏を行った最後となったものです。さらに、出版はその2年後の1816年にまでずれ込んでいるのです。
この「遅さ」は他の作品と比べると異例とも言えるもので、作品の素晴らしさを考え合わせると、実に不思議な気がします。
まあ、これはもう全くの想像の域を出ませんが、もしかしたら献呈を受けたルドルフが、その素晴らしさ故に独り占めをしたかったのかもしれません。もちろん、そんなことを示す資料は何一つ残っていないので全くの妄想の域を出ませんが・・・。
しかし、そう言う妄想を逞しくしたくなるほどに、素晴らしい作品だということです。
3人の独奏者による三重奏
アントニオ・ヤニグロ、パウル・バドゥラ=スコダ、ジャン・フルニエによる三重奏団はあまり話題になることはありません。この手の三重奏団と言えば、古くはカザルス、ティーボー、コルトーによるカザルス・トリオ、その後はハイフェッツ・ルービンシュタイン、フォイアマン(後にピアティゴルスキー)による100万ドルトリオなどが思い浮かびますから、どうしても影は薄くなるのかもしれません。
それに、「カザルストリオ」とか「100万ドルトリオ(何というアメリカ的なネーミング)」みたいなトリオ名は持たなかったようで、意外とそう言うことも影響しているのかもしれません。
例えば、彼らの少し後の時代を代表するトリオとしては「ボザール・トリオ」がありますが、もしもあのトリオもメナヘム・プレスラー、ダニエル・ギレ、バーナード・グリーンハウスによる三重奏団だったらどこまで認知度が上がったかは疑問です。何しろ、ネームバリュー的にはヤニグロ、スコダたちの方がはるかに上です。3人の中ではジャン・フルニエの知名度が若干低いようですが、名前からも分かるようにチェロの貴公子と言われたピエール・フルニエの弟です。
録音を聞けば分かるように、出るべき時はしっかりと前に出てきて美しい響きを堪能させてくれます。
しかし、トリオとしてならば「ボザール・トリオ」の方がヤニグロ、スコダたちの三重奏団よりも認知度は明らかに上です。考えてみれば不思議な話ですが、意外とニックネームというのは大切なようです。
例えば、ショパンの「革命のエチュード」が「練習曲 ハ短調, 作品10-12」だけだったらあそこまで有名な作品にはならなかったはずです。
そう考えてみれば、彼らが自分たちの三重奏団にトリオとしての名前をつけなかったのは、トリオという一つの有機体としての演奏ではなく、3人の独奏者による三重奏という意識があったのかもしれません。
臨時の組み合わせでこの三人がトリオを組んで録音しただけならトリオとしてのネーミングをしなかったのも分かりますが、彼らは明らかに三重奏団を結成して数多くの録音を残しています。さらに、残した録音の数はかなりの数になることは事実ですし、そのレパートリーもハイドンから始まってモーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ドヴォルザーク等までカバーしています。
レコード会社にしても「○○・トリオ」みたいにした方が売りやすかったはずですから、あくまでも推測の域を出ませんが、一人ひとりを独奏者として尊重し合うという意識が根底にあったのでしょう。
そして、もう一つ不幸だったのは、彼らが録音を残した「Westminster」は60年代以降はいくつものレーベルに買収、売却が繰り返されて「さまよえるレーベル」になったことも不幸の一つだったでしょう。
。おかげで、録音年さえ不明になっているものが数多く存在しますし、一時はマスター・テープの行方さえ不明となっていました。
しかし、常に誰かが主導権を握ると言うことのないトリオであるが故に、この形式の演奏としては一つのスタンダードとも言うべき信頼度があります。
また、スコダは「ウィーン三羽烏」とよばれた若手のピアニストですし、ヤニグロはイタリア、フルニエはフランス出身の音楽家です。結果として、どこかのスタイルに拘束されることなく彼らは演奏を繰り広げています。
そして、こういう演奏というのは聞き手からすれば「これでなければ」という熱い支持は得にくいという宿命を持ちます。しかし、それは逆に言えば癖の少ない、そして精度の高い演奏は作品を知る上では得難い存在です。
ある方から、このサイトはすでに「アーカイブ」としての役割を持つようになってきていると言われたことがあります。なるほど、私としては自惚れるつもりはありませんが、そう考えればこういう録音をしっかりと残しておくことも重要です。こういう地味な室内楽は苦手という人も多いのですが、まあ、そう言うことでご寛恕あれ。
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