ブラームス:チェロ・ソナタ 第1番 ホ短調 作品38
(Cello)ピエール・フルニエ:(P)ヴィルヘルム・バックハウス 1955年5月1日~3日録音
Brahms:Cello Sonata No.1 in E minor, Op.38 [1.Allegro non troppo]
Brahms:Cello Sonata No.1 in E minor, Op.38 [2.Allegretto quasi Menuetto]
Brahms:Cello Sonata No.1 in E minor, Op.38 [3.Allegro]
貴重なチェロの作品
ブラームスのソナタ作品と言えば3曲のヴァイオリンソナタが真っ先に思い出されますが、チョロソナタとなると、チェロでも書いていたの?と思う人もいるかもしれないほどに認知度が一気に下がります。
しかし、それはブラームスに限った話ではなくて、ベートーベンであってもチェロソナタはヴァイオリンソナタの陰に隠れています。そして、陰に隠れているだけならまだしも、ほとんどの作曲家はヴァイオリンソナタは手がけてもチェロソナタには手を染めていない人の方が多数派です。
詳しいことは分からないのですが、チェロを独奏楽器とした音楽を書くのには何か難しさがあるようです。(ヴァイオリンと較べるとチェロの方が演奏が難しい・・・わけでもなないでしょうし・・・。)
ブラームスは自分で破棄した幾つかの作品を除けば2曲のチェロソナタを残してくれています。
少ないと言えば少ないのですが、それでも、チェロのソリストにとっては貴重な2曲です。昨今のコンサートで取り上げられるチェロの作品と言えば、バッハの無伴奏とベートーベンの5曲のチェロソナタくらいです。協奏曲になると、実質的にはドヴォルザークとエルガーの2曲くらいで、後はかろうじてシューマンとサン・サーンスの作品くらいですから。
そう言う意味で言えば、ロマン派の手になるチェロの室内楽作品としてこの2曲は非常に貴重な存在です。
しかし、ブラームスの音楽家人生の中においてみると、第1番はどちらかと言えば若い頃の作品(20代後半)であるのに対して、第2番の方は壮年期の作品(50代前半)という違いがあります。そして、この2曲を聞き比べてみると、チェロの響き方が全く違うことに気づかされます。
第1番の方は3つの楽章が全て短調で書かれているために、北国の荒涼とした雰囲気が全体を貫いているだけでなく、なによりもチェロの響きが深くて渋いです。いや、渋すぎる、と言った方がいいかもしれません。それは、チェロが奏でるラインの音域がほとんどピアノの音域よりも下に潜っていることが原因です。
ブラームスはこの作品に「チェロとピアノのための難しくない曲」というタイトルを付けているのですが、それがこのような抑制的な音域につながったのかもしれません。それくらいに、この作品においてチェロが高音域に駆け上がる場面はほとんどありません。
それに対して50代の半ばに書かれた第2番のソナタでは、チェロが最も素晴らしく響く音域が効果的に使われています。そして、注意深く響きに耳を傾ければ、チェロは相棒であるピアノの左手よりも下に沈み込むことはほとんどなく、右手の音域より上にでることもありません。つまりは、ピアノにサンドイッチされるようにして、己の響きがもっと魅力的に聞こえる世界で思う存分に歌っています。
そして、こういうチェロの扱い方の違いを見せつけられると、なるほど「円熟」とはこういう事かと納得させられます。
もちろん、ブラームスの円熟はそう言うチェロの扱い方だけでなく、相棒であるピアノの密度という点でも大きな違いがあります。場合によっては、チェロがなくても単独のピアノ作品として成り立つほどの密度を持っています。
結果として、どちらかと言えば北国的な渋さの中に沈潜していた第1番に対して、第2番ではロマン派の室内楽作品らしい情熱的な力強さが前面に出ています。
そして、こういうチェロ作品を聞かされると、彼がドヴォルザークのチェロ協奏曲を聴いたときに、チェロでこんな音楽が音楽が書けるなら自分も書いておくのだった、みたいなことを言ったと伝えられているのですが、そこにはかなりドヴォルザークへの思いやりもあったのではないかと思ってしまいます。
チェロソナタ 第1番 ホ短調 作品38
- 第1楽章:アレグロ・ノン・トロッポ ホ短調 ソナタ形式(静かに何かを語り出す北国的な風情が魅力的な音楽です。)
- 第2楽章:アレグレット・クアジ・メヌエット イ短調 複合3部形式(ブラームス特有の暗さが満載の音楽。ここには65年の母の死が反映しているという人もいます。)
- 第3楽章:アレグロ ホ短調 自由なフーガ(バッハのフーガの技法から暗示された主題を使った音楽らしいです。若きブラームスの作曲技法の凄さが実感できる音楽です!!)
チェロソナタ第2番 ヘ長調 作品99
- 第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ ヘ長調 ソナタ形式(ピアノの波打つようなトレモロにのってチェロがオペラのアリアのように歌い出す。第1番とはうって変わったような情熱的な音楽)
- 第2楽章:アダージョ・アッフェットゥオーソ 嬰ヘ長調 3部形式(チェロも素晴らしい歌を聞かせるのですがピアノはさらに単独のピアノ作品としても成り立つだけの素晴らしさを持っています。最初は控えめに伴奏してたピアノが次第に高揚していく様は見事と言うしかありません。)
- 第3楽章:アレグロ・パッシオマート ヘ短調 3部形式(どことなくぎくしゃくした感じが魅力と言えば魅力の楽章です。どこかスケルツォ的な楽章だとも言えます。)
- 第4楽章:アレグロ・モルト ヘ長調 ロンド形式(歯切れの良いリズムと親しみやすいメロディが魅力的な楽章です。)
美しさを強引さで曇らせるようなことはしたくなかった
週刊誌的な言い方を借りるならば、「チェロの貴公子」と「鍵盤の獅子王」の共演で結果はいかに!と言うことになるのかもしれません。
しかし、最初の一音が出た瞬間に、これは基本的にフルニエのポリシーに添った柔らかくて内面的な美しさを大切にした演奏であることはすぐに分かります。調べてみれば、この二人はよく共演していたようなので、そのあたりの呼吸はお互いに了解済みだったのでしょう。
どうも、ジャンドロンなども同じだと思うのですが、フランスのチェリストというのはチェロを強引にと言うか、豪快に鳴らす事を意図的に避けてるように思えます。それ故に、例えばこのブラームスの2曲のチェロ・ソナタでももう少し力強さが欲しいという人もいるかもしれません。
しかし、ここは大切なことなのですが、演奏家にとって「出来ない」と言うことと、「出来るけれどもやらない」と言うことは、一見すると同じように聞こえるかもしれないのですが、根本的に異なると言うことなのです。
指摘するまでもなく、フルニエがここで求めているのはブラームスの力強さではなくて、その内面に秘められた美しさです。そして、その美しさを強引さで曇らせるようなことはしたくなかったのです。
そしてバックハウスもまたその事を十分に承知した上で、ここでは力強さは封印して、彼のもう一つの持ち味である「響きの美しさ」を最大限に発揮してフルニエに寄り添っています。
つまりは、これは力強さを表現できていないのではなくて、まさに、そうなることを意図的に避けることでもう一つの美しさを際だたせているのです。
まあ、それにしても、バックハウスのことを「鍵盤の獅子王」なんて言い始めたのは誰なんでしょうね。この言葉によって彼の演奏がどれほど大きな誤解を招いているかしれたものではありません。
私は、バックハウスの最大の魅力は、彼が愛したベーゼンドルファーが紡ぎ出す響きの美しさにこそあると思うのですが、まさにそう言うバックハウスの美質も十分に堪能できる録音にもなっています。
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