クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シューベルト(ヴィルヘルミ編):アヴェ・マリア

(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:シャルル・セルネ 1925年録音





Schubert:Ave Maria(Arr.Wilhelmi)


父の罪が赦されることを祈る歌

この作品は今となってはウィルヘルミによって編曲されたヴァイオリン曲としての方が有名になっています。
しかしながら、作曲したときからこの歌曲の美しさは多くの人に愛されたようで、シューベルト自身もよく歌っていたようです。

歌詞はイギリスの詩人ウォルター・スコットの「湖上の美人」からとられたものです。
シューベルトはこの叙事詩から7つの詩を選び出して作曲しているのですが、これはその6番目に当たる作品です。

「湖上の美人」はスコットランドのカトリン湖を背景に、エレンを中心とした恋と武勇の物語なのですが、コノ「アヴェ・マリア」はそのエレンが湖畔の聖母象に額づいて父の罪が赦されることを祈る歌です。

アヴェ・マリアやさしき乙女
お聞きください ひとりの娘の願いを
この険しく荒々しい岩山の上より
わが祈りがあなた様のもとへと届きますように
私共は安らかに眠ります 朝が来るまで
たとえ人々がどんなに残酷であろうとも
おお乙女よ、嘆きにくれるこの娘をご覧ください
おお聖母様、嘆願するひとりの子のことをお聞きください
アヴェ・マリア

アヴェ・マリア穢れなきお方
私共がこの岩場に伏して
眠るときも あなたの護りに包まれてさえいれば
この堅い岩も私共には柔らかく感じられることでしょう
あなたがほほ笑めば、バラの香りが漂います
この湿った岩の隙間にも
おお聖母様、この子の願いをお聞きください
おお乙女よ、この娘が呼びかけます
アヴェ・マリア

アヴェ・マリア清らかな乙女よ
大地と空の悪魔たちも
あなたのやさしい眼差しの恵みに追われて
私共のところに住み着くことはできません
私共は頭を垂れて 運命に従いましょう
私共にあなたの聖なる慰めがあるならば
この娘に身をかがめられてください
この子、父のために願いをかける者の方へと


「麻薬」的なヴァイオリンの世界


プシホダは第一次世界大戦後の1919年から本格的に演奏活動をするも評判はあまり良くなかったようです。そこで、生活費を稼ぐためにイタリアに向かい、ミラノのいくつかのカフェでヴァイオリン弾きのアルバイトをすることになります。
ところが、そのアルバイトが彼に思わぬ幸運を運んでくることになります。それは、有名なエピソードなのですが、彼がヴァイオリンを演奏していたカフェにたまたまトスカニーニが客としてきていたのです。
そして、その無名のヴァイオリニストの演奏にトスカニーニはすっかり魅了されてしまい、「現代のパガニーニだ!」と激賞したのです。
このエピソードは瞬く間に世に広がり、その後は「現在のパガニーニ」というトスカニーニの「お墨付き」のおかげでパガニーニの遺品の一つであるグァルネリ・デル・ジェズを貸与され、主にドイツ語圏を中心に活動することになります。

しかし、この「現代のパガニーニ」というトスカニーニの評価は色々な意味で、このヴァイオリニストの本質を言い当てたものだといえます。

コンサートホールに足を運ぶ聴衆は今も昔も行儀が良くて、最初はどんなにつまらなくても辛抱強く聞き続けてくれるものです。そして、その傾向は時代が下がるに連れてより強くなっていきます。そして、演奏家の多くはそう言う聴衆の行儀良さに甘えて、最初だけでなく最後までつまらない演奏を繰り広げても生卵をぶつけられるような目にあったのを残念ながら私は見たことがありません。
ヨーロッパの劇場では時々ブーイングを聞いたことがあるのですが、日本の劇場ではそれもほぼ皆無です。私にしても、せいぜいが、アンコールを無視してそそくさと席を立つくらいが関の山ですから偉そうなことはいえません。

しかし、カフェや酒場で演奏する芸人となると、勝負は最初の一瞬で決まりますし、その一瞬を上手くとらえても、その興味を最後まで維持させるには大変な努力が必要です。そして、その努力の質は、立派なコンサートホールで芸術的な演奏を成し遂げるのとは全く別の努力とスキルが必要なのです。
そして、パガニーニに代表される名人芸が持て囃された時代のコンサートは、本質的にはカフェうあ酒場の客を相手にするのと本質的には同じだったはずです。おそらく、トスカニーニがプシホダの演奏を聞いて「現代のパガニーニ」と賞賛したのは、彼の中にその様な資質が見事なまでに備わっていることを感じとったからでしょう。

そう言えば、SP盤の時代に野村あらえびすが彼のことを「普通のヴァイオリンから出る音とは、どうしても想像することのできない妖艶極まる音色が、エルマンやクライスラーをレコードで聴き慣れた我々にとっては、全くひとつの驚きにほかならなかった。」と評していたのは、プシポダの中にあったパガニーニ的な魅力を見事に言い当てたものだったと言えます。
まさに、そのヴァイオリンから発せられているとは思えないような音色の魅力が、聞くものの心を一瞬にしてとらえたことでしょう。

それは、もはや「妖艶」などと言う言葉では追いつかないほどの響きであり、まさに「麻薬」的な魅力を持った響きであり、歌い回しでした。
そして、その事は、ヴァイオリンという楽器がいかに広くて底深い世界を内包しているかということを教えてくれるのです。

そして、そう言うプシポダの魅力が存分に味わえるのが1920年代に録音された小品たちです。

1929年に録音されたフォイアマンによるドヴォルザークのチェロ協奏曲を紹介するときは「こんな化石のような録音をアップしなくてもいいだろうという声が聞こえてきそうですが、クラシック音楽の録音の歴史を考える上で非常に貴重な資料だからです」という言い訳が必要でした。
しかし、それよりもさらに古いこれらの録音は、まさに「聞くべき価値」のあるであり、さらにもっと強くいえば、こういう演奏を聞かずして人生を終わるとしたら、それはクラシック音楽を聞くものとしては「悔やんでも悔やみきれない」ことだと言い切ってもいいと思います。もっとも、このエルガーとシューベルトはそんなプシホダの「麻薬的な演奏」の中でも最も「麻薬」的な要素が強いので拒絶反応を示す人もいるかもしれません。

しかし、この20年代の「麻薬」的な演奏をまずは心に刻みつけてから、それ以降のプシポダの演奏を聞けば、やがて彼が突き当たるであろう「壁」についてもトスカニーニの言葉は見すえていたことにも気づかされるはずです。
ただし、その事に関して然るべき時代の録音を紹介するときに詳しく述べたいと思います。

まずは何よりも、この「麻薬」的なヴァイオリンの世界を堪能してください。

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