クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーヴェン:弦楽三重奏曲第4番 ハ短調 Op.9-3

(Vn)ヤッシャ・ハイフェッツ (Va)ウィリアム・プリムローズ (Cello)グレゴール・ピアティゴルスキー 1957年3月29日~30日録音





Beethoven:Trio for violin, viola & cello in C minor, Op. 9-3 [1.Allegro con spirito]

Beethoven:Trio for violin, viola & cello in C minor, Op. 9-3 [2.Adagio con espressione]

Beethoven:Trio for violin, viola & cello in C minor, Op. 9-3 [3.Scherzo. Allegro molto e vivace]

Beethoven:Trio for violin, viola & cello in C minor, Op. 9-3 [4.Finale. Presto]


三重奏曲の限界まで行き着いた若きベートーベンを代表する傑作の一つ

ベートーベンはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという三重奏曲の楽器編成による作品を幾つか残しています。しかし、その内の作品3の三重奏曲は6楽章からなるディヴェルティメントであり、作品8のそれも5楽章構成のセレナードに属するものだと言えます。ですから、いわゆる室内楽作品としての弦楽三重奏曲はこの作品9の3曲だけだと言えます。ただし、長年の習慣で作品3の三重奏曲にも「第1番」というナンバリングがされて、この作品9の3曲には2番から4番のナンバーが付される事が多いようです。
ちなみに、室内楽の分野では、ベートーベンはこれ以外にも作品4と作品29という二つの弦楽五重奏曲も残しているのですが、最終的に彼が選び取ったジャンルは弦楽四重奏曲だったことは言うまでもありません。それは想像にしか過ぎませんが、より厳密な声部の処理を目指したベートーベンにしてみれば、三重奏では素材がシンプルに過ぎ、五重奏曲では過剰に過ぎたのでしょうか。

確かに、弦楽三重奏曲の最後を飾るハ短調の作品は、三重奏曲という編成の限界に挑むような音楽になっています。そして、それでもなおベートーベンのあふれ出すパッションはその枠の中に収まりきらず、より一層の音響の拡大を要求しているように聞こえるのです。ただし、そう考えると、何故にベートーベンが弦楽五重奏曲という編成を結果的には捨ててしまったのか、そして、結果的には弦楽四重奏曲という編成に力を傾注したのは何故か、という疑問は残ります。しかしながら、ハイドンもまたあれほど膨大な弦楽四重奏曲を残しながら、弦楽五重奏曲は残さなかったという事実に突き当たります。さらに付け加えれば、モーツァルトは弦楽四重奏曲というジャンルでは天才らしくもなく「大変な労苦」を強いられたのに、弦楽五重奏というジャンルでは思い切り想像の羽を羽ばたかせることが出来たというのも興味深い事実です。

素人目からすれば、弦楽器が3台なのか4台なのか、はたまた5台なのかというのはちょっとした違いのように思えるのですが、その根底には音楽そのものの本質に関わるような違いがあると言うことなのでしょう。

作品9 第1番 ト長調



若きベートーベンらしい明るくて活気に満ちた音楽であり、アダージョで始まる序奏も重くはなりません。「Adagio, ma non tanto e cantabile」と指定された第2楽章も若きベートーベンらしい情感に溢れた「歌」になっています。音楽に「深み」だけを求める人には物足りないのでしょうが、何となくこの時代の意気軒昂たるベートーベンの自画像、それもさっと一筆書きしたスケッチ風の自画像のように聞こえます。

作品9 第2番 ニ長調



おそらく3曲の中では一番マイナーで演奏される機会も一番少ない作品かと思われます。「アレグレットーアンダンテ・クアジ・アレグレットーアレグローアレグロ」という並びなので、作品全体が似たような雰囲気で進んでいってしまうのもその一因かもしれません。しかし、元気いっぱいの第1番とは対照的に内面的で静かな情緒に満ちた音楽になっています。また、第2楽章は「andante quasi allegretto(アンダンテと言ってもほとんどアレグレットに近い速さで)」と記されてはいても、その音楽には深い感情が込められています。

作品9 第3番 ハ短調



この作品9はブラウン伯爵に献呈されているのですが、ベートーベンは自信を持って「最高の作」として献呈しています。そして、その「最高の作」という自信の根拠となっているのが間違いなくこのハ短調の三重奏曲であったことは間違いないでしょう。
冒頭のユニゾンで演奏される下降音型は作品全体の重要な構成要素となっています。つまりは、この作品は前2作と較べても明らかに限られた素材だけに整理がされていて、より強固な構築性を実現しています。
また、第2楽章の「Adagio con espressione」では三重奏ならでは3声の絡み合いが美しい音楽になっています。そして、続く「Scherzo」楽章では3声ゆえの響きの薄さを感じさせませんし、高揚感に満ちた終楽章では三重奏曲の限界まで行き着いた感じがします。

ベートーベンの弦楽三重奏曲というのは聞かれる機会は少ないのですが、このハ短調の三重奏曲は若きベートーベンを代表する傑作の一つと言って間違いはないでしょう。

同じ方向を向く事がプラスになったのか否か、迷うところです


弦楽三重奏曲というジャンルが室内楽の分野では何となく「ハミ子」の扱いを受けやすいのは演奏する側の事情もあるようです。
普通に考えれば、ヴァイオリンとヴィオラ、チェロなのですから常設のカルテットからセカンドのヴァイオリンを休ませればすむのですが、この「休ませる」というのが難しいのです。
これが弦楽五重奏曲ならば通常のカルテットに外からヴィオラかチェロを一人連れてくればすむ話です。ギャランティの問題として言えば、その連れてきた一人にそれ相応のギャラを払えばすむ話です。ところが、三重奏曲のようにセカンドのヴァイオリンを休ませるとなると、その辺りの事情がとても微妙な話になってしまいます。さらに言えば、音楽的なモチベーションという点でも、セカンドのヴァイオリンはとても困難な状況を強いられます。

ですから、一般的にはカルテットからセカンドのヴァイオリンを抜くのではなくて、それぞれ3人のソリストを連れて来て演奏するのが一般的なスタイルになります。しかし、そうなると、マイナーな作品のくせにやけにコストがかかると言うことになるのです。
例えば、ここでの3人、ハイフェッツ、ピアティゴルスキー、プリムローズを集めてコンサートを開けばチケット代はいくらになるのでしょうか。(^^;
それでも、ヴァイオリンとチェロのソリストがやろうと心を決めたとしても、今度はそれに見合うだけのヴィオラのソリストを連れてくるのが大変です。プリムローのようなヴィオラのソリストはなかなか見つかるものではないのです。

ですから、こういう組み合わせで、ベートーベンのマイナー作品が聞けるというのが「録音」というものの有り難さなのです。この3人がスケジュールを調整してベートーベンの三重奏曲をコンサートで演奏するなどと言うのは考えられませんから、どれほどの実演絶対主義の人でも「録音」と言うものの功徳は感じてもらえるはずです。

ただし、この3人による演奏は実に立派であり、文句をつけるようなところは何もないのですが、それでもベートーベンの初期作品をここまで眦を決して演奏しなくてもいいのではないかという気はします。言うまでもないことですが、この演奏の主導権を握っているのはハイフェッツであり、そしてハイフェッツという人はとても生真面目な人だったのです。
この時代、ハイフェッツとピアティゴルスキーに、もう一人ルービンシュタインを加えたピアノ・トリオというのも存在していました・・・と言うか、そちらの方がはるかに有名ですね。
ところが、そちらの方はひたすら生真面目に音楽を突き詰めていきたいハイフェッツと、もっと自由に、ときには遊びのような要素も入れて楽しく演奏したいルービンシュタインとの間に激しく火花が散ったのでした。そして、火花が散るたびに人格者のピアティゴルスキーが間に入ってその場を収め、何とか無事に録音を終わらせるという毎日だったようなのです。
それと比べれば、この三重奏曲ではハイフェッツの意志が完璧に貫かれて、3人が全てその方向を向いてベストをつくしています。ですから、結果として実に立派な音楽に仕上がっているのですが、はてさて、それがほんとうにプラスになっているのか否かは迷うところなのです。

音楽というものは難しく、摩訶不思議なものです。

それから、最後に録音に関する事なのですが、1957年のRCA録音なのに何故かモノラルです。ところが、そのモノラル録音が世界的な優秀録音のスタンダードとも言われる「TAS Super LP List」で「SPECIAL MERIT(優秀録音)」に選ばれているのです。その辺の不思議な状況についてはまた別のところでじっくり考えてみたいと思います。

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