フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番 ハ短調 作品15
(P)エミール・ギレリス (Vn)レオニード・コーガン (Cello)ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ (Viola)ルドルフ・バルシャイ1958年録音
Faure:Piano Quartet No.1 in C minor, Op.15 [1.Allegro molto moderato]
Faure:Piano Quartet No.1 in C minor, Op.15 [2.Scherzo: Allegro vivo]
Faure:Piano Quartet No.1 in C minor, Op.15 [3.Adagio]
Faure:Piano Quartet No.1 in C minor, Op.15 [4.Allegro molto]
純正なるロマン主義者であったフォーレの持ち味が十分に発揮された音楽
フォーレという作曲家は不思議な立ち位置にある人でした。
もちろん、フォーレと言えば「レクイエム」が断トツで有名なのですが、彼の持ち味が一番発揮されているのは室内楽だとよく言われます。
ヴァイオリン・ソナタが2曲にチェロ・ソナタも2曲、それからピアノ五重奏曲が2曲にピアノ四重奏曲も2曲、それからピアノ三重奏曲と弦楽四重奏曲はそれぞれ1曲ずつ残しているのです。
こうして眺めていて気づくのは殆ど全てにピアノが加わっていまる事です。例外は弦楽四重奏曲の1曲だけです。
そこで気づくのは、彼はサン=サーンスにピアノを学んだとびきり優秀なピアニストだったことです。
おそらく、そう言う立ち位置が彼の持つ保守性の背骨を為しているのでしょう。
私が最初に「不思議な人」と言ったのは、クラシック音楽の世界が大きく変化を遂げていく中にあって、彼は不思議なまでに変わらない人だったからです。
何しろ、片方にはワーグナーあたりを源流として、果てしなく肥大化していく後期ロマン派の爛熟した世界があったのです。
そして、他方ではそう言う爛熟した世界に限界を感じて、ドビュッシーに代表される新しい響きに可能性を見いだす人がいたり、シェーンベルクに代表されるような調性に束縛された世界からの離脱を目指す人が現れたりしたのです。
ところが、フォーレという人は爛熟していくロマン主義には見向きもしないで、さらに言えば、調性の枠を取り払うような世界にはさらに見向きもせずに、ひたすら古き良きロマン主義者であり続けたように見えるのです。
ただし、若い頃はそう言う純正ロマン主義者らしく耳あたりのいいスイートな世界を展開していたのですが、晩年に向かうにつれてスイートさよりは苦みが表に出てくるようにはなりました。
しかし、その苦みもよく噛みしめてみれば、それはいわゆる20世紀的な新しさとは縁のない、何処まで行っても純正ロマン主義の味わいを失うことのない苦みであることに気づくはずです。
その様な中にあって、このピアノ四重奏曲の第1番はまさにスイートなフォーレの持ち味がいかんなく発揮された作品でした。
彼がこの作品に取り組み始めたのはヴァイオリン・ソナタの第一番を完成させたすぐ後だったと言われています。
あのヴァイオリン・ソナタはフランス室内楽の嚆矢と言っても言い過ぎではない作品であり、ふんわりとした光と影が交錯するような手触りをもった音楽は今までには存在しないものでした。そして、その事に自信を得たフォーレがさらに新しい境地を切り開こうとして取り組んだのがこの作品でだったのです。
考えてみれば、ピアノとチェロ、ヴァイオリンというトリオの形式はよくあるスタイルですし、さらに言えばピアノと弦楽四重奏によるクインテットというのもおさまりの良いスタイルです。
ところが、そのクインテットからセカンド・ヴァイオリンを取り除いたピアノ・カルテットというのはいささか据わりが悪いのです。
ピアニストがこのようなスタイルの音楽を取り上げようとすると、例えば弦楽四重奏団を用意すればセカンド・ヴァイオリンの立場がなくなります。
かといって、ヴァイオリンやチェロのソナタのように弦楽器奏者を一人用意すればいいと言う簡便さもないのです。
実際、この作品の初演の時もフォーレがピアノを担当したのですが、それ以外に売れっ子の弦楽器奏者3人を用意するのは大変だったようです。おまけに、その用意した奏者に作品のレクチャーを行ったところ、チェリストのロベール・ロルタから「ねえ、キミ、われわれは忙しいんだよ。音は間違いなく弾いているけれど、ニュアンスにまで気を配っている暇はないんだよ」と言われたことをフォーレは書き残しています。
しかし、そう言うレアな編成による作品であるからこそ、ヴァイオリン・ソナタに続く新しいチャレンジとして取り組む意味もあったのでしょう。
軽やかなスケルツォ、悲痛なるアダージョ、そして両端楽章の力強さは聞くものの耳を魅了します。
まさに純正なるロマン主義者であったフォーレの持ち味が十分に発揮された音楽です。
ギレリスが主導しつつも3人の覇気があふれている演奏
何ともはや、凄まじい顔ぶれです。
ピアノがギレリス、ヴァイオリンがコーガン、そしてチェロがロストポーヴィッチ、さらにこの作品ではヴィオラのバルシャイが加わるというのですから、この顔ぶれでコンサート会場に姿を現した日にはよい子の皆さんならば卒倒しちゃうじゃないでしょうか。そして、その「卒倒」にはオーラに圧倒されると言うだけでなく、素直に「恐い」という感情も入り交じるはずです。
顔ぶれは変わるのですが、カラヤン、リヒテル、オイストラフ、そしてロストポーヴィッチという組み合わせで録音されたベートーベンのトリプル・コンチェルトにまつわるエピソードは有名です。これだけ「我」の強いメンバーを集めればどうなるかは容易に想像がつくのですが、現実はそう言う「想像」をこえた大喧嘩が繰り広げられたことはあまりにも有名です。
そして、そう言う大喧嘩の中でただ一人ロストロポーヴィッチだけが何とか間を取り持とうとして大声を上げ続けたそうです。
そう言えば、アメリカでも「100万ドルトリオ」というのがありました。
ルービンシュタインのピアノ、ハイフェッツのヴァイオリン、フォイアマンのチェロという組み合わせなのですが、ここでもいがみ合うルービンシュタインとハイフェッツの間に入って仲を取り持とうとしたのはチェロのフォイアマンだと言われています。
そして、このトリオはそのフォイアマンの夭逝によってわずか1年で解散してしまうのですが、その後、ピアティゴルスキーをむかえいれて再結成されます。そして、同じくハイフェッツとルービンシュタインの間ではバトルが繰り広げられるのですが、その時も間にはいるのはピアティゴルスキーだったそうです。
楽器の特性がそれを演奏する人間の性格に影響を与えることは間違いないようです。
とにかく前に出てソロをつとめることが多いピアノとヴァイオリン、それを縁の下で支えることが多いチェロという楽器の特性が、そのまま演奏家の思考パターンや感情、価値観にまで根深く食い込んでしまうことは否定できないようです。
その事を思えば、ギレリス、コーガン、ロストポーヴィッチと言う顔ぶれはアメリカの「100万ドルトリオ」と較べても全く遜色のない組み合わせですから、その録音現場はさぞや大変だったのではないかと想像されるのですが、そう言う下世話な予想に反してこのトリオに関してはそう言うバトルの話も伝えられていません。
しかしながら、その理由らしきモノは、少し考えてみれば容易に想像がつきます。
まずは、このトリオを組んだときの年齢です。
私の手もとにある、このコンビによるもっとも古い録音は1950年録音のハイドンの「XV:19」とベートーベンの作品番号外「WoO38」のピアノ・トリオです。
この時、もっとも年長だったギレリスでも34歳、コーガンとロストロポーヴィッチは未だ20代前半だったのです。
結局、こういうコンビが上手くいかないのは、それぞれのプレーヤーが俗な言い方をすれば「一国一城」の主になっているからであって、そして、その「一国」の領土をそれぞれが主張をして譲らないからです。
今から見れば恐くなるような顔ぶれなのですが、このトリオが組まれたときは未だ「一城の主」にはほど遠い若手の演奏家だったのです。
さらに、3人ともモスクワ音楽院の出身だと言うことも、そう言うバトルが勃発することを抑止したのかも知れません。
ハイフェッツとルービンシュタインのバトルは、ひたすら真面目に音楽に向き合いたいハイフェッツと、ウィットに富んだ面白味を大切にしたいルービンシュタインとの気質の違いこそが根っこにありました。しかし、この3人に関してはともにモスクワ音楽院という根っこを持っているがために、その気質には大きな相違はなかったように思われるのです。
そして、若いと言ってもギレリスは後の二人と較べれば10年以上も年長であり、さらに西側での演奏活動も許されてそれなりにキャリアを積み上げつつあったので、基本的には彼が主導する形でアンサンブルが形作られたこともプラスに作用しているのでしょう。
面白いのは、活動の最初に取り上げた作品がどれもこれもマイナーだと言うことです。正直言って、よくぞこの顔ぶれでハイドンの三重奏曲を2曲も残してくれたものだと感謝せずにはおれません。
モーツァルトのトリオも彼の作品の中では明らかに初心者による演奏を前提としたものです。
ベートーベンのトリオも作品番号外のマイナー作品です。
- ハイドン:ピアノ三重奏曲 ト短調 Hob.XV:19 1950年録音
- ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第9番 変ホ長調 WoO.38 1950年録音
- ハイドン:ピアノ三重奏曲 ニ長調 Hob.XV:16 1951年録音
- モーツァルト:ピアノ三重奏曲 第7番 ト長調 K.564 1953年録音
しかしながら、そう言うマイナーな作品であるが故に自由に振る舞うことが許されたのかも知れません。「覇気溢れる」という言葉がこれほどピッタリくる演奏は滅多にあるものではありません。
音楽的にはギレリスが主導している感じはあるのですが、コーガンのヴァイオリンは伸びやかであると同時にここぞという場面での切れも素晴らしいです。
そして、ロストロポーヴィッチのチェロがどちらかと言えば控えめに感じられるのは、音楽そのものがそうなっているからでもあるのですが、やはり3人の間における立ち位置も影響しているのでしょう。
それと比べると、その後に録音されたメジャー作品では、若さあふれる勢いは失ってはいないものの、より緊密なアンサンブルを聴かせてくれています。
- ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第7番「大公」 変ロ長調 Op.97 1956年録音
- シューマン:ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 Op.63 1958年録音
ただし、それがこの顔ぶれにしてはいささかこぢんまりしてしまった恨みもあります。それが、50年代初めの録音に較べると、その録音のクオリティが不思議なほどに劣っていることも影響をしているのかも知れません。
「録音」という形で残ってしまうとギレリスのピアノにはもう少し繊細さがほしかったような気賀するのも同様の理由かも知れません。
しかし、それもまた、後年に偉大な名を残すことになる巨匠達の若き日の記録として聞いてみれば、それなりに味深い録音はそうあるものではありません。
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