クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:チェロソナタ第1番 ヘ長調 Op.5-1

(Cello)ロストロポーヴィッチ (P)リヒテル 1963年3月録音



Beethoven:Sonata No.1, in F, for piano and cello Op.5-1 (1 movement )

Beethoven:Sonata No.1, in F, for piano and cello Op.5-1 (2 movement )


チェロの新約聖書

チェロという楽器はヴァイオリンやヴィオラと比べると独奏楽器として活躍する作品は多くはありません。例えば、モーツァルトはチェロを独奏楽器とした作品は一つも残していません。これは、チェロを飯の種にする演奏家にとってはかえすがえすも残念なことでしょう。
そんな中で、ベートーベンが5つのチェロソナタを残してくれたことは、バッハの6つの無伴奏組曲とならんで、チェリストに対する福音となっています。
また、ベートーベンのチェロソナタはベートーベンの初期に2つ、中期に1つ、そして後期に2つという具合に、その全生涯にわたって実にバランスよく作曲されたために、1番から順番に5番まで聞き通すと、ベートーベンという偉大な音楽家の歩んだ道をミニチュアを見るように俯瞰できるという「特典」がついてきます。(^^)
俗な言い方になりますが、バッハの無伴奏組曲がチェロの旧約聖書とするなら、ベートーベンのチェロソナタは新約聖書と言っていい存在です。

(1)二つのチェロソナタ 作品5
1796年にベルリンで完成されたこの二つのソナタは、プロイセン国王フリードリヒを念頭に置いて作曲されたと言われています。よく知られているように、フリードリヒはチェロの名手として知られており、この二つのソナタを献呈する事によって何らかの利益と保証を得ようとしたようです。
初演は宮廷楽団の首席チェリストだったデュポールとベートーベン自身によって国王の前で行われました。

この二つのソナタは、明るくて快活な第1番、感傷的な第2番というように性格的には対照的ですが、ともに長大な序奏部を持っていて、そこでたっぷりとチェロに歌わせるようになっているところは、明らかにフリードリヒを意識した作りになっています。
また、至る所に華やかなピアノのパッセージが鏤められていることも、国王のまでベートーベン自身がピアニストとして演奏することを十分に意識したものだと思われます。

(2)チェロソナタ第3番 作品69
ベートーベンのチェロソナタの中では最もよく知られている作品です。傑作の森と言われるベートーベン中期を代表するソナタだといえます。第1楽章冒頭の、チェロに相応しいのびのびとしたメロディを聞くだけで思わず引き寄せられるような魅力を内包しています。
全体としてみると、チェロはかなり広い音域にわたって活躍し、とりわけ高音域を自由に駆使することによってピアノと同等に渡り合う地位を獲得しています。

この作品は、ベートーベンの支援者であったグライヘンシュタイン男爵に献呈されています。
当初、男爵にはピアノ協奏曲第4番を献呈するつもりだったのが、ルドルフ大公に献呈してしまったので、かわりにチェロの名手でもあった男爵のためにこの作品を書いたと言われています。

(3)二つのチェロソナタ 作品102
ベートーベンの後期を特徴づける幻想的な雰囲気がこの二つのソナタにもあふれています。とりわけ、第5番のソナタは第2楽章に長大なアダージョを配して、深い宗教的な感情をたたえています。

この作品は、ラズモフスキー家の弦楽四重奏団のチェロ奏者であったリンケのために書かれ、エルデーディ伯爵夫人に献呈されています。伯爵夫人はベートーベンの良き理解者であり、私生活上の煩わしい出来事に対しても良き相談相手としてあれこれと尽力してくれた人物でした。
リンケと伯爵夫人の関係については諸説があるようですが、ピアノの名手でもあった伯爵夫人がリンケとともに演奏が楽しめるようにと、夫人への感謝の意味をこめて作曲したと言われています。

剛毅にして繊細な演奏


今さらなにも付け加える必要がないほどの歴史的名演です。そして、いつものことながら1961年から63年にかけて録音されたこの名盤もついにパブリックドメインの仲間入りをしたんだと、感慨新たなものがあります。
しかし、「なにも付け加える必要がない」と言いながらも、やはりコメントの一つくらいは必要でしょう…蛇足とは思いつつも。

この演奏を一言で表現すれば「剛毅にして繊細」ということになるのでしょうか。
ベートーベンのチェロソナタというのは、「チェロの新約聖書」というありがたい評価がついて回るのですが、聞いてみるとそういう小難しいことは抜きにした「聞かせどころ」が満載の作品です。言葉をかえれば、意外なほどのエンターテイメント性にあふれた作品だと思うのです。

そして、ロストロポーヴィッチとリヒテルという重量量級の二人ががっぷり四つに組んだこの演奏は、その持てるテクニックをフルに発揮してそういうエンターテイメント性をフルコースで提供してくれ演奏だといえそうな気がします。
おそらく、クラシック音楽に対する「薀蓄」などというものを全く持たない人でも、この演奏を聴けばすっかり感心させられることだろうと思います。ピアノもチェロも、低音部では地響きがしそうなほどの迫力ですし、抒情的な部分では繊細この上もない歌心を発揮しています。つまりは、この作品が持っているおいしい部分を実に見事に掬い出して形にしているのです。

まあ、もちろん、クラシック音楽なんですから、そういうエンターテイメント性の奥に深い精神性もあるのでしょうが、そういう小難しいこと、つまりは「チェロの新約聖書」に通ずるようなことはえらい評論家先生の言葉をお聞きください。
ただ、こういう演奏を聴くたびに私の頭に去来するのは、せめてこれくらいの編成の演奏ならば、なんとか眼前で演奏しているかのごとくに再生できないかという思いです。…まあ、先は長いです。

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