シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ長調 D.574
(vn)ヨハンナ・マルティ (P) ジャン・アントニエッティ 1955年9月26日&11月13日録音
Schubert:ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ長調 D.574 「第1楽章」
Schubert:ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ長調 D.574 「第2楽章」
Schubert:ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ長調 D.574 「第3楽章」
Schubert:ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ長調 D.574 「第4楽章」
ソナチネではなく、ソナタ

シューベルトは19歳の年に3曲のピアノのとヴァイオリンのためのソナチネ(ソナタ)を書きました。ソナタ形式と呼ぶには簡潔でシンプルな構成の作品なのでソナチネと呼ばれることが多いのですが、19歳のシューベルトの自画像とでも呼びたいような素敵な音楽に仕上がっています。
ところが、その翌年に書かれた同じ構成による作品は、ソナチネとは呼べないような立派な構成を身にまとっています。そのため、一般的にはシューベルトのヴァイオリンソナタ第4番と呼ばれることも多いのですが、それに先立つ3曲とは区別する意味で二重奏曲(Duo)と呼ばれることもあります。
ソナチネの3曲ではメインはヴァイオリンであり、ピアノは伴奏役に甘んじているという雰囲気でしたが、この作品では二重奏と呼ばれることもあるように、両者は対等の関係へと発展しています。それは、冒頭部分のピアノのユニークな音型を聴いただけでも予感することができます。
とはいっても、ヴァイオリンが伸びやかに美しい旋律を歌い上げていくことにも意は注がれているので、聞き終わった後には随分と大きな満足感が残る作品になっています。
わずか1年ですが、その1年がシューベルトにとってどれほど大きな進歩をもたらしたかを実感させてくれる作品でもあります。
真実の素朴さ
マルティのヴァイオリンでベートーベンのソナタを聴いた後に、こういう演奏でシューベルトを聴ければ素敵だろうなと思いました。そして、その思いはまさにビンゴ!
若き19歳のシューベルトによる素朴な歌は、マルティの歌う本能と出会って、驚くまでに見事な世界を描き出してくれています。
そして、この演奏を聴いて思ったことは、この素朴さこそがマルティが挫折してしまった原因であり、そこの素朴さこそが、今という時にあってマルティが再評価される要因になっていると言うことでした。
ベートーベンのヴァイオリンソナタの項でも述べたのですが、50年代は「構築」する時代でした。
そして、そう言う時代の流れを大きく変えたのはカラヤンだったと思います。彼は60年代になると「ドイツのミニ・トスカニーニ」から脱却して、私たちがよく知っているカラヤンへと変身を遂げていきます。その変身とは言うまでもなく、一つ一つの音を徹底的にレガートしてなめらかに旋律線をつないでいく「あのやり方」です。のちの人は、この流麗極まる音楽作りを「カラヤン美学」と称して、ある人々は絶賛し、ある人々は辟易としたわけです。そして、カラヤンがこの美学を完成させた70年代は、明らかに50年代とは異なる時代になっていました。
しかし、そう言う時代になっても、マルティに陽が当たることはありませんでした。
それは、このシューベルトの演奏を聴けばその理由はすぐに了解できます。
カラヤンの歌は徹底的なまでに「人工的な美」でした。それは、一流のシェフが、選び抜いた素材に徹底的な工夫を凝らして仕立て上げたフレンチの逸品のような音楽です。
マルティの歌はそれとは真逆な世界にあります。彼女の歌には、畑に生えていた野菜をその場で引き抜いて味わうような風情があります。それは素朴と言えば素朴な歌なのですが、その野菜には今では味わうことの難しくなった野菜本来の旨みがぎゅっと詰まっています。
マルティに陽が当たらない時代にあっても、ごく一部の好事家の間では彼女は高く評価されていました。録音の数も少なく、さらに、その録音も営業的にはほとんど成功しなかったために、市場に流通した彼女のレコードは多くはありません。しかし、その好事家たちが競って彼女の数少ない初期盤を求めたために、そう言うレコードは貴重品と化して一枚あたり数十万円で取引されることになります。
そこでついたあだ名が「6桁のマルティ」だそうです。
そういえば、最近になっても彼女の録音をLPで復刻する動きがあって、5?6万円のセット価格であるにも関わらず結構売れているようです。
結局は、飽食の果てにたどりつくのは、こういう真実の素朴さなのかもしれません。
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