ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調, Op.61(Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61)
(Vn)ダヴィド・オイストラフ:アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス放送国立管弦楽団 1958年11月8日&10日録音(David Oistrakh:(Con)Andre Cluytens Orchestre national de France Recorded on Novenmber 8&10, 1958)
Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61 [1.Allegro ma non troppo]
Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61 [2.Larghetto]
Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61 [3.Rondo]
忘却の淵からすくい上げられた作品
ベートーベンはこのジャンルの作品をこれ一つしか残しませんでした。しかし、そのたった一つの作品が、中期の傑作の森を代表するする堂々たるコンチェルトであることに感謝したいと思います。
このバイオリン協奏曲は初演当時、かなり冷たい反応と評価を受けています。
「若干の美しさはあるものの時には前後のつながりが全く断ち切られてしまったり、いくつかの平凡な個所を果てしなく繰り返すだけですぐ飽きてしまう。」
「ベートーベンがこのような曲を書き続けるならば、聴衆は音楽会に来て疲れて帰るだけである。」
全く持って糞味噌なけなされかたです。
こう言うのを読むと、「評論家」というものの本質は何百年たっても変わらないものだと感心させられます。
しかし、もう少し詳しく調べてみると、そう言う評価の理由も何となく分かってきます。
この協奏曲の初演は1806年に、ベートーベン自身の指揮、ヴァイオリンはフランツ・クレメントというヴァイオリニストによって行われました。
作品の完成が遅れたために(出来上がったのが初演の前日だったそうな)クレメントはほとんど初見で演奏しなければいけなかったようなのですが、それでも演奏会は大成功をおさめたと伝えられています。
しかし、この「大成功」には「裏」がありました。
実は、この演奏会では、ヴァイオリン協奏曲の第1楽章が終わった後に、クレメントの自作による「ソナタ」が演奏されたのです。
今から見れば無茶苦茶なプログラム構成ですが、その無茶草の背景に問題の本質があります。
そのクレメントの「ソナタ」はヴァイオリンの一本の弦だけを使って「主題」が演奏されるという趣向の作品で、その華麗な名人芸に観客は沸いたのでした。
そして、それと引き替えに、当日の目玉であった協奏曲の方には上で述べたような酷評が投げつけられたのです。
当時の聴衆が求めたものは、この協奏曲のような「ヴァイオリン独奏付きの交響曲」のような音楽ではなくて、クレメントのソナタのような名人芸を堪能することだったのです。彼らの多くは「深い精神性を宿した芸術」ではなくて、文句なしに楽しめる「エンターテイメント」を求めたいたのです。
そして、「協奏曲」というジャンルはまさにその様な楽しみを求めて足を運ぶ場だったのですから、そう言う不満が出ても当然でしたし、いわゆる評論家達もその様な一般の人たちの素直な心情を少しばかり難しい言い回しで代弁したのでしょう。
それはそうでしょう、例えば今ならば誰かのドームコンサートに出かけて、そこでいきなり弦楽四重奏をバックにお経のような歌が延々と流れれば、それがいかに有り難いお経であってもウンザリするはずです。
そして、そういう批評のためか、その後この作品はほとんど忘却されてしまい、演奏会で演奏されることもほとんどありませんでした。
この曲は初演以来、40年ほどの間に数回しか演奏されなかったと言われています。
その様な忘却の淵からこの作品をすくい上げたのが、当時13才であった天才ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムでした。
1844年のイギリスへの演奏旅行でこの作品を取り上げて大成功をおさめ、それがきっかけとなって多くの人にも認められるようになったわけです。
第一楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
冒頭にティンパニが静かにリズムを刻むのですが、これがこの楽章の形を決めるのは「構築の鬼ベートーベン」としては当然のことでしょう。ただし、当時の聴衆は協奏曲というジャンルにその様なものを求めていなかったことが不幸の始まりでした。
第二楽章 ラルゲット
この自由な変奏曲形式による美しい音楽は当時の聴衆にも受け入れられたと思われます。
第三楽章 ロンド アレグロ
力強いリズムに乗って独奏ヴァイオリンと管弦楽が会話を繰り返すのですが、当時の聴衆は「平凡な個所を果てしなく繰り返す」と感じたのかもしれません。
幸せな感情にひたらせてくれる
オイストラフが1954年にストックホルムで録音したモノラル録音を聞いたときに、その数年後にクリュイタンスやオーマンディと録音した演奏と雰囲気が大きく異なるので興味をひかれました。
等と思いつつ、ストックホルムでエールリンクと組んで録音した演奏を紹介しようと思って、ふと気がつくと、クリュイタンスとのベートーベンの協奏曲がアップされていないことに気づいてしまいました。それは、「もしかしたクリュイタンスとの録音アップしていない…まさか…してない・・・まさかね・・・してないね」、と言う感じでした。
この作品を語るときには真っ先にあげるべき録音を今までアップしていなかったとは、不覚にもほどがあります。
オイストラフはよく言われているように、若い時代の切れ味の鋭い演奏と、晩年のゆったりとした演奏とで、別人のような姿を見せます。
ストックホルムで1954年に録音したベートーベンとシベリウスの協奏曲は、まさに若きオイストラフの姿を代表する演奏と言えます。
そして、クリュイタンスとのベートーベンの協奏曲はわずか4年後の録音なのですが、オイストラフといえば思い浮かぶ濃厚で重みのある表現がはっきりと刻み込まれています。
エールリンクとのモノラル録音に関しては、「オケはもう少し盛ってほしい」などと書いていたのですが、決してクリュイタンスが盛っているというわけではありません。
オイストラフを立てながらもシンフォニックに鳴り響くバランスが絶妙なのです。
それに対して、エールリンクはオイストラフのソロをストレートに引き立てる「職人的なサポート」に徹していると言うことでしょう。
オイストラフもまたモノラル録音ではエールリンクの引き立てにこたえて、早めのテンポ設定でボウイングのキレやアタックの鋭さが際立たせ、若々しい覇気と圧倒的なエネルギーを感じさせる演奏です。
それに対して、クリュイタンスとの録音ではテンポはよりゆったりと構え、一音一音を慈しむような深い歌い回しが特徴です。それ故に、音楽のスケールがより大きく感じられます。
しかしながら、佇まいは異にしながらも、どの様な難所でも一切揺るぎのない盤石なテクニックは見事なものです。
どちらの録音も奇をてらわない正攻法なアプローチでありながら、深い歌心にあふれていて、聴き手に安心感と幸福感を与えてくれる演奏です。
とりわけ、クリュイタンスとのステレオ録音はしみじみと幸せな感情にひたらせてくれます。
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