J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 BWV1042(Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042)
(Vn)レオニード・コーガンエ:ルドルフ・バルシャイ指揮 モスクワ室内管弦楽団 1959年録音(Leonid Kogan:(Con)Rudolf Barshai Moscow Chamber Orchestra Recorded on 1959)
Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [1.Allegro]
Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [2.Adagio]
Bach:Violin Concerto No.2 in E major, BWV 1042 [3.Allegro assai]
3曲しか残っていないのが本当に残念です。
バッハはヴァイオリンによる協奏曲を3曲しか残していませんが、残された作品ほどれも素晴らしいものばかりです。(「日曜の朝を、このヴァイオリン協奏曲集と濃いめのブラックコーヒーで過ごす事ほど、贅沢なものはない。」と語った人がいました)
勤勉で多作であったバッハのことを考えれば、一つのジャンルに3曲というのはいかにも少ない数ですがそれには理由があります。
バッハの世俗器楽作品はほとんどケーテン時代に集中しています。
ケーテン宮廷が属していたカルヴァン派は、教会音楽をほとんど重視していなかったことがその原因です。世俗カンタータや平均率クラヴィーア曲集第1巻に代表されるクラヴィーア作品、ヴァイオリンやチェロのための無伴奏作品、ブランデンブルグ協奏曲など、めぼしい世俗作品はこの時期に集中しています。そして、このヴァイオリン協奏曲も例外でなく、3曲ともにケーテン時代の作品です。
ケーテン宮廷の主であるレオポルド侯爵は大変な音楽愛好家であり、自らも巧みにヴィオラ・ダ・ガンバを演奏したと言われています。また、プロイセンの宮廷楽団が政策の変更で解散されたときに、優秀な楽員をごっそりと引き抜いて自らの楽団のレベルを向上させたりもした人物です。
バッハはその様な恵まれた環境と優れた楽団をバックに、次々と意欲的で斬新な作品を書き続けました。
ところが、どういう理由によるのか、大量に作曲されたこれらの作品群はその相当数が失われてしまったのです。現存している作品群を見るとその損失にはため息が出ます。
ヴァイオリン協奏曲も実際はかなりの数が作曲されたようなですが、その大多数が失われてしまったようです。ですから、バッハはこのジャンルの作品を3曲しか書かなかったのではなく、3曲しか残らなかったというのが正確なところです。
もし、それらが失われることなく現在まで引き継がれていたなら、私たちの日曜日の朝はもっと幸福なものになったでしょうから、実に残念の限りです。
コーガンという人は相手との関係で最も音楽が上手く成り立つポイントを探って、そこへ全員を導いていこうとする
このバッハの協奏曲(2台のヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV 1043)を、指揮者とオケを違えた2種類の録音を発見しました。
- ルドルフ・バルシャイ指揮 モスクワ室内管弦楽団 1959年録音
- オットー・アッカーマン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年録音
ヴァイオリンの独奏はともにコーガンとエリザヴェータ・ギレリス(ギレリスの妹でコーガンの妻)です。
物事は比較することによって見えてくるものが多いのですが、これなどはその典型でしょう。
アッカーマンと言えば、私などはEMIレーベルで伴奏指揮者をつとめていたというイメージが強いのですが、ジョージ・セルに指揮を学び、ヨーロッパ各地の歌劇場で活躍した指揮者でもあったようです。そう言う意味では、「マエストロ」とは呼ばれなかったとしても、立派な「カペルマイスター(楽長)」であったことは間違いないようです。
それだけに、この低声部を豊かに鳴らした分厚い響きによるバッハというのは、50年代における常識的なバッハ像だったと言えるはずです。
それと、バルシャイ&モスクワ室内管弦楽団の響きを較べれば、それはもう「異世界」の響きだと言わざるを得ません。
もちろん、モスクワ室内管弦楽団の編成はフィルハーモニア管と較べればはるかに小ぶりでしょうから単純に比較は出来ませんが、それでもその精緻極まるアンサンブルは驚嘆すべきものです。
フィルハーモニア管の響きが悠々と流れる川の響きだとすれば、モスクワ室内管弦楽団の響きはその川が一瞬にして凍りついたような感覚におそわれます。
しかし、その冷たさがモーツァルトではどこか違和感として感じたものが、バッハだとそれを受容してしまいます。
モーツァルトは壊れやすく、バッハは壊れにくいと言われますが、その事をまざまざと見せつけられるような演奏です。
そして、もう一つ感心させられるのは、悠々と流れる川ならばそれに相応しいヴァイオリン演奏を披露し、それが凍りつけばそれに相応しいヴァイオリン演奏を披露するコーガンの驚くべき柔軟性です。
アッカーマンの指揮はふっくらとした響きでコーガンのヴァイオリンを包み込んでくるので、コーガンもまたその響きに相応しく丸みのある響きで造形していきます。
実は、コーガンはこのアッカーマンの伴奏指揮でモーツァルトのヴァイオリン協奏曲も録音しているのですが、そこでもアッカーマンの指揮はコーガンのヴァイオリンを実に暖かく包み込んでいます。
そうすると、バルシャイの指揮の時のようなナイフを突きつけるような響きはすっかり姿を消してしまっているのです。
- モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216~オットー・アッカーマン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年録音
おそらく、相手に合わせていかようにも変身できるというのは、その根っこに途轍もなく凄いテクニックを持っているからなのでしょう。そして、それほどのテクニックを持っているならば常にオレがオレがと前に出て来てもおかしくないのですが、コーガンという人は相手との関係で最も音楽が上手く成り立つポイントを探って、そこへ全員を導いていこうとするのです。
コーガンと言えば「ヴァイオリンの鬼神」なんて言われたりもしますし、その突き抜けた表現主義的な音楽の作り方をすることもあって恐そうに思えたりもするのですが、その内実はとってもいい人だったのではないかと思ってしまうのです。
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