J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調, BWV1049(Bach:Brandenburg Concerto No.4 in G major, BWV 1049)
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 ウィーン交響楽団団員による室内管弦楽団 1954年録音(Jascha Horenstein:The Chamber Orchestra og Vienna Symphony Orchestra Recorded on 1954)
Bach:Brandenburg Concerto No.4 in G major, BWV 1049 [1.AllegroAllegro]
Bach:Brandenburg Concerto No.4 in G major, BWV 1049 [2.Andante]
Bach:Brandenburg Concerto No.4 in G major, BWV 1049 [3.Presto]
就職活動?
この第1番だけがいささか盤面の状態が悪くパチパチ・ノイズがかなりのります。まあ、それも味わいのうちとお考えください。(^^;
順調に見えたケーテン宮廷でのバッハでしたが、次第に暗雲が立ちこめてきます。楽団の規模縮小とそれに伴う楽団員のリストラです。
バッハは友人に宛てた書簡の中で、主君であるレオポルド候の新しい妻となったフリーデリカ候妃が「音楽嫌い」のためだと述べていますが、果たしてどうでしょうか?
当時のケーテン宮廷の楽団は小国にしては分不相応な規模であったことは間違いありませんし、小国ゆえに軍備の拡張も迫られていた事を考えると、さすがのレオポルドも自分の趣味に現を抜かしている場合ではなかったと考える方が妥当でしょう。
バッハという人はこういう風の流れを読むには聡い人物ですから、あれこれと次の就職活動に奔走することになります。
今回取り上げたブランデンブルグ協奏曲は、表向きはブランデンブルグ辺境伯からの注文を受けて作曲されたようになっていますが、その様な文脈においてみると、これは明らかに次のステップへの就職活動と捉えられます。
まず何よりも、注文があったのは2年も前のことであり、「何を今さら?」という感じですし、おまけに献呈された6曲は全てケーテン宮廷のために作曲した過去の作品を寄せ集めた事も明らかだからです。
これは、規模の小さな楽団しか持たないブランデンブルグの宮廷では演奏不可能なものばかりであり、逆にケーテン宮廷の事情にあわせたとしか思えないような変則的な楽器編成を持つ作品(第6番)も含まれているからです。
ただし、そういう事情であるからこそ、選りすぐりの作品を6曲選んでワンセットで献呈したということも事実です。
- 第1番:大規模な楽器編成で堂々たる楽想と論理的な構成が魅力的です。
- 第2番:惑星探査機ボイジャーに人類を代表する音楽としてこの第1楽章が選ばれました。1番とは対照的に独奏楽器が合奏楽器をバックにノビノビと華やかに演奏します。
- 第3番:ヴァイオリンとヴィオラ、チェロという弦楽器だけで演奏されますが、それぞれが楽器群を構成してお互いの掛け合いによって音楽が展開させていくという実にユニークな作品。
- 第4番:独奏楽器はヴァイオリンとリコーダーで、主役はもちろんヴァイオリン。ですから、ヴァイオリン協奏曲のよう雰囲気を持っている、明るくて華やかな作品です。
- 第5番:チェンバロが独奏楽器として活躍するという、当時としては驚天動地の作品。明るく華やかな第1楽章、どこか物悲しい第2楽章、そして美しいメロディが心に残る3楽章と、魅力満載の作品です。
- 第6番:ヴァイオリンを欠いた弦楽合奏という実に変則な楽器編成ですが、低音楽器だけで演奏される渋くて、どこかふくよかさがただよう作品です。
どうです。
どれ一つとして同じ音楽はありません。
ヴィヴァルディは山ほど協奏曲を書き、バッハにも多大な影響を及ぼしましたが、彼にはこのような多様性はありません。
まさに、己の持てる技術の粋を結集した曲集であり、就職活動にはこれほど相応しい物はありません。
しかし、現実は厳しく残念ながら辺境伯からはバッハが期待したような反応はかえってきませんでした。バッハにとってはガッカリだったでしょうが、おかげで私たちはこのような素晴らしい作品が散逸することなく享受できるわけです。
その後もバッハは就職活動に力を注ぎ、1723年にはライプツィヒの音楽監督してケーテンを去ることになります。そして、バッハはそのライプツィヒにおいて膨大な教会カンタータや受難曲を生み出して、創作活動の頂点を迎えることになるのです。
一流の「化粧師(けわいし)」
またブランデンブルク協奏曲かー、もうたくさんですよ・・・と言う声が聞こえてきそうです。(^^;
ブランデンブルク協奏曲の録音は随分と数多く紹介してきているのでもういいかな、と、私も思ったのですが、このホーレンシュタインの録音を聞いてしまうとやはり紹介する必要があるだろうと思ってしまいました。
そう言えば、シューリヒトの録音を取り上げたときにも次の様に書いていました。
ブランデンブルク協奏曲は今までにも随分とたくさんの録音をとりあげてきています。ざっと思い浮かぶだけでもパブロ・カザルス、カール・リヒター、カール・ミュンヒンガー、シャルル・ミュンシュ、カラヤン等々です。流石にもう十分だろう、これ以上付け加えられてもあまり聞く気が起きないという人いることでしょう。
そう書きながら結局はシューリヒトの全曲録音を取り上げたのですが、今回もまたホーレンシュタインの録音を取り上げることになってしまったわけです。
この背景には少なくとも二つの要素があることを教えてくれます。
先ず一つは、聞き手の側にそれだけの需要があると言うことです。溢れるほどの同曲異演があるにもかかわらず、それでも新しく録音が為されてレコードとしてリリースされるということは、それでももっと聞きたいという聞き手側の強い要望があると言うことです。何といっても、売れなければレーベルは録音をしませんからこれが大前提でしょう。
しかし、それだけでは必要充分とはいえません。
そう言えば、内田光子が面白いことを語っていました。
「モーツァルトの協奏曲の中で聞き手から演奏してほしいという要望が一番多いのが「戴冠式」(K.537)ですが、私が一番演奏したくないのも「戴冠式」です。」
つまりは聞き手の要望と演奏する側のモチベーションは必ずしも一致しないということです。聞き手の要望は必要条件であっても、それが数多く録音されるためには演奏する側をやる気にさせるだけの魅力が作品になければ十分条件を満たさないということです。
そして、ブランデンブルク協奏曲はその必要にして十分な条件を満たしていると言うことなのでしょう。
それでも、新しく録音されたものが過去のものと異曲同工であれば紹介するモチベーションもあがらないのですが、このホーレンシュタインの演奏は他の指揮者にはない素晴らしい魅力に溢れています。
そうなると、もう随分たくさん紹介してきている作品だからと言うことでパスするわけにはいかなくなる。
と、まあ、その様な次第なのです。
おそらく、この録音を聞いて、これと似通った演奏を思い出すのは難しいでしょう。
何といっても魅力的なのはその音色です。ふっくらとして豊かな音の響きはまさにウィーンのオケならではのものです。そして、その音こそが常にホーレンシュタインが要求していた音でもありました。
オケのクレジットは「ウィーン交響楽団団員による室内管弦楽団」となっているのですが、実態はウィーン交響楽団からのより抜きメンバーでしょう。
モノラル録音の時代ですが、その響きの美しさは十全にとらえきっていますから、録音陣にも感謝をしたくなります。
そして、そう言う素晴らしい音色でもって、じっくりと歌い上げていくのですが、いわゆる巨匠とよばれる人たちのような重々しさとも、リヒター以降の峻厳な感じとも異なる造形です。
それは、ブランデンブルグ協奏曲という作品そのものの立ち姿がもっとも美しく映えるように仕立て上げているのです。
おそらく、これを持ってロマン主義的歪曲という人もいるのでしょう。しかし、私はやせこけて貧血気味のピリオド演奏などよりは、こういうふくよかな美女の方がずっと魅力的に感じます。
そうか!
ホーレンシュタインというのは一流の「化粧師(けわいし)」だったのかもしれません。今風に言えば「スタイリスト」でしょうか。
まあ、ここまで美しく見えるように仕上げるというのはたいしたものです。
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