ブゾーニ:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op. 35a
(Vn)ヨーゼフ・シゲティ:トーマス・シャーマン指揮 リトル・オーケストラ・ソサエティ 1954年12月22日録音
Busoni:Violin Concerto, Op.35a, BV 243 [1.Allegro moderato - Animando - Allegro - Quasi andante - Poco agitato]
Ausoni:Violin Concerto, Op.35a, BV 243 [2.llegro impetuoso - Piu stretto - Quasi presto]
空想の羽を伸ばす楽しさ
ブゾーニと言えば真っ先に思い浮かぶのがバッハのシャコンヌのピアノ編曲です。そして、それ以外の作品となると全く思い浮かばないので、それはピアニストとしてのブゾーニが自分の演奏会のために行った仕事かと思っていました。
ところが、調べてみれば彼の本業はピアニストではなく作曲家であり、新古典主義から電子音楽や微分音による作曲など、未来的な音楽像を提唱したほどに時代の先を行った人物でした。ですから、ブゾーニを紹介するときには、確かにピアノのヴィルトゥオーゾとしての名前が先行するのですが、「作曲家・編曲家・ピアニスト・指揮者・教育者」と並べるのがもっとも本人の意に添ったものだったようです。
そして、ユーモアに溢れた人物でもあったようで、1911年の4月1日に「夢のような発明」が為されたとドイツの音楽雑誌に寄稿したりしています。その内容というのは、その夢のような機械によって150年後の音楽の波動をとらえて再生することに成功したというものでした。
当然の事ながら、これはエイプリル・フールのジョークだったのですが、そこには未来に向けて新しい音楽を作り出そうとしたブゾーニの本音のようなものも垣間見ることが出来るジョークでした。
しかし、存命中は作曲家としての知名度も高かったようなのですが、1924年になくなると彼の作品は驚くほどのスピードで忘れ去られていきました。
しかし、それは作品そのものに本当の価値がなかったからではなく、主に少年期に結んだ出版社の契約によって多くの楽譜が品切れになると言う事態がもたらしたものだったようです。
実は、シャコンヌの編曲をのぞけば、彼の作品を聞くのはこのシゲティによる演奏が初めてです。そして、どうしてこんなにも美しく魅力的な作品が何故に忘れ去られ、今もなお演奏される機会が少ないのか疑問に思ってしまいました。
ヴァイオリン協奏曲もヴァイオリン・ソナタも19世紀末に作曲されたものですから、私の耳には彼がこの先目指した「新しい音楽」どころか「新古典主義」の欠片も感じません。それは、どこをどう聞いても濃厚なロマン派の音楽です。
そう言う意味では、20世紀に入って様々な新しい潮流が現れてくる中では古くさい音楽と思われたのかもしれませんが、そう言う小難しいことは脇において聞いてみれば、それはこの上もなく濃厚なロマンティシズムに彩られた美しい音楽です。
特に、3つの楽章がアタッカで演奏されるヴァイオリン・ソナタはまるで一組の男女のカップルが夜の静寂の中をそぞろ歩くような情景が思い浮かびます。二人は時に秘めやかに、そして時には笑いさざめきながらどこまでもどこまでも歩を進めていきます。少し湿り気を帯びた夜気はそんな二人を包み込んでいきます。
それに対して、これもまた19世紀末に作曲された協奏曲の方は実に牧歌的な音楽です。ひとりの少年が風に靡く翠の草原を歩いていくと、次第に薄雲によって日がかげりはじめたり、低弦楽器が深い森の不気味さを思わせたりする場面はあるものの、少年はまた賑やかで楽しい人々と明るい陽の元で出会って笑いさざめくかのようです。
そう言う意味で言えば、それは音楽による一服の絵巻物のようにも感じ取れます。
あちこち探しても、この作品に関する小難しい解説にはほとんど出会わないので、それらを聞いて聞き手が何を思うと気楽に空想の羽を伸ばすことが出来ます。
そして、20世紀後半の音楽はそう言う楽しい空想の羽を伸ばすことを拒否するような音楽ばかりになったことを思えば、こういう古さが妙に嬉しくなってしまいます。
感謝の思いを込めた万感つもる演奏
よくぞこの録音を残してくれたものだと、シゲティには感謝あるのみです。
しかし、調べてみればイェネー・フバイのもとでヴァイオリンを学んだシゲティにとって、その次のステップに歩み出す切っ掛けをくれたのがブゾーニだったことを教えられました。
シゲティがプロのヴァイオリニストとしてデビューした頃は、耳に易しい小品をずらっと並べてお客様を楽しませるというのが一般的なスタイルだったようなのですが、ブゾーニとの出会いを通して演奏するに値する作品を徹底的に掘り下げた後にプログラムに取り入れるという現在に通ずるコンサートの形を築き上げていったのです。
そして、その姿勢は同時代の作曲家の作品を積極的に取り上げるという形であらわれました。
彼の演奏に関しては晩年の技術の衰えを俎上に上げて批判的に見る人が多いのですが、いわゆる「アクロバット的なテクニックの披露や、サロン向けの甘い情緒」というものを封印することから彼の演奏家人生は始まっているのですから、そう言うテクニックの衰えは彼にとってはそれほど致命的なおのではなかったのかもしれません。
おそらくは、彼の恩師と呼んでもいいようなブゾーニの作品をこの時期に取り上げたのは、彼への感謝の思いを込めた万感つもる演奏だったはずです。ブゾーニ存命中には、ヴァイオリン・ソナタは何度か協演したことがあり、それは素晴らしいものだったと伝えられています。
そして、30代前後のシゲティと、60歳を超えたこの録音時のシゲティを同等に較べることは出来ないでしょうが、ブゾーニの作品が持つ魅力は十分に聞き手に伝わってきます。
その演奏は、私の空想の羽を存分に伸ばす役割をはたしてくれました。
二言目には晩年のシゲティのボウイングの拙さをあげつらって否定的な評価をするのは、あまりにも木を見て森を見ずにすぎたものではないでしょうか。
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