クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ラロ:スペイン交響曲 ニ短調, Op.21

(Vn)イダ・ヘンデル:カレル・アンチェル指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1964年3月25日~27日録音





Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [1.Allegro non troppo]

Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [2.Scherzando. Allegro molto]

Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [3.Intermezzo. Allegro non troppo]

Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [4.Andante]

Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [5.Rondo]


遅咲きの一発屋

ラロといえばスペイン交響曲です。そして、それ以外の作品は?と聞かれると思わず言葉に詰まってしまいます。
いわゆる、クラシック音楽界の「一発屋」と言うことなのでしょうが、それでも一世紀を超えて聞きつがれる作品を「一つ」は書けたというのは偉大なことです。

なにしろ、昨今の音楽コンクールにおける作曲部門の「優秀作品」ときたら、演奏されるのはそのコンクールの時だけというていたらくです。そして、そのほとんど(これはかなり控えめな表現、正確には「すべて」に限りなく近い「ほとんど」)が誰にも知られずに消え去っていく作品ばかりなのです。
クリエーターとして、このような現実は虚しいとは思わないのだろうかと不思議に思うのですが、相変わらず人の心の琴線に触れるような作品を作ることは「悪」だと確信しているような作品ばかりが生み出されます。いや、そのような「作品」でないとコンクールでいい成績をとれないがためにそのようなたぐいの作品ばかりを生み出していると表現した方が「正確」なのでしょう。

しかし、音楽はコンクールのために存在するものではありません。
当たり前のことですが、音楽は聴衆のために存在するものです。この当たり前のことに立ち戻れば、己の立ち位置の不自然さにはすぐに気づくはずだと思うのですが現実はいつまでたっても変わりません。相変わらず、「現代音楽」という業界内の小さなパイを奪い合うことにのみ腐心しているといえばあまりにも言葉がきつすぎるでしょうか。

ですから、こういうラロの作品を、異国情緒に寄りかかった「効果ねらい」だけの音楽だと言って馬鹿にしてはいけません。
クラシック音楽というのは人生修養のために存在するのでもなければ、一部のスノッブな人間の「知的好奇心」を満たすために存在するのでもありません。

まずは聞いて楽しいという最低限のラインをクリアしていなければ話にはなりません。

ただ、その「楽しさ」にはいくつかの種類があるということです。
あるものは、このスペイン交響曲のように華やかな演奏効果で人の耳を楽しませるでしょうし、あるものは壮大な音による構築物を築き上げることで喜びを提供するでしょう。はたまた、それが現実への皮肉であったり、抵抗であったりすることへの共感から喜びが生み出されるのかもしれません。
そして、時には均整のとれた透明感に心奪われたり、持続する緊張感に息苦しいまでの美しさを見いだすのかもしれません。

私はポップミュージックに対するクラシック音楽の最大の長所は、そのような「ヨロコビ」の多様性にこそあると思います。
そして、華やかな演奏効果で人の耳を楽しませるという、ポップミュージックが最も得意とする土俵においても、このスペイン交響曲のように、彼らとがっぷり四つに組んでも十分に勝負ができる作品をいくつも持っているのです。
そういう意味において、このような作品はもっともっと丁重に扱わなければなりません。

閑話休題、話があまりにも横道にそれすぎました。(^^;

ラロはスペインと名前のついた作品を生み出しましたが、フランスで生まれてフランスで活躍し、フランスで亡くなった人です。ただし、お祖父さんの代まではスペインで暮らしていたようですから、スペインの血は流れていたようです。

彼は、1823年にフランスのリルという小さな町で生まれて、その後パリに出てパリ国立音楽院でヴァイオリンと作曲を学びました。そして、20代の頃から歌曲や室内楽曲を作曲して作曲家としてのキャリアをスタートさせようとしたのですが、これが全く評価されずに失意の日々を過ごします。
その内に、作曲への夢も破れ、弦楽四重奏団のヴィオラ奏者という実に地味な仕事で生計を立てるようになります。

このようなラロに転機が訪れたのが、アルト歌手だったベルニエと結婚した42歳の時です。
ベルニエはラロを叱咤激励して再び作曲活動に取り組むように励まします。そして、ラロも妻の激励に応えて作曲活動を再開し、ついに47歳の時にオペラ「フィエスク」がコンクールで入賞し、その中のバレー音楽が世間に注目されるようになります。そして、そんな彼をさらに力づけたのが、1874年にヴァイオリン協奏曲がサラサーテによって初演されたことです。

そして、その翌年にこの「スペイン交響曲」が生み出され、同じくサラサーテによって初演されて大成功をおさめます。

彼はこれ以外にも、「ロシア協奏曲」とか「ノルウェー幻想曲」というようなご当地ソングのようなものをたくさん作曲していますが、これは当時流行し始めた異国趣味に便乗した側面もあります。
しかし、華やかな色彩感とあくの強いエキゾチックなメロディはそういう便乗商法を乗り越えて今の私たちの心をとらえるだけの魅力を持っています。


  1. 第1楽章:Allegro non troppo ソナタ形式

  2. 第2楽章:Scherzando. Allegro molto 三部形式

  3. 第3楽章:Intermezzo. Allegro non troppo 三部形式

  4. 第4楽章:Andante 三部形式

  5. 第5楽章:Rondo




「水中花」を思わせる演奏


やはり、イダ・ヘンデルというのは魅力的なヴァイオリニストですが、不思議なほどに録音の数が少ないヴァイオリニストでもあります。
そんなヘンデルがアンチェル&チェコ・フィルと共演したラロのスペイン交響とラヴェルのツィガーヌの録音があったというのは嬉しい話です。

アンチェルという指揮者から受けるイメージは謹厳実直、そして作り出す音楽はいつも透明感に溢れた純度の高い響きが持ち味です。
それに対してヘンデルの方は素晴らしいテクニックの持ち主であったことはまちがいないのですが、それ以上に妖艶にして主情的な音楽作りがこの上もなく魅力的でした。

そして、ある意味ではこういう対照的な組み合わせというのは「喧嘩別れ」になることも多いのですが、上手く噛み合うと実に魅力的な音楽が出来上がります。そして、どうやらこの組み合わせは素晴らしい幸福をもたらしたようで、ある意味では自由自在に振る舞うヘンデルをアンチェルのしっかりとした純度の高い響きが見事にサポートしています。

そして、最初に「ヘンデルがアンチェル&チェコ・フィルと共演した録音があったというのは嬉しい話です」と書いたのですが、よくよく調べてみればヘンデルは何度もプラハを訪れては彼らと共演し、録音も行っているのです。ざっと調べただけでも、これ以外にベートーベンやシベリウスの協奏曲なども残っているようです。

それにしても、ラヴェルのツィガーヌは実に奔放な演奏で、ふと「まるで水中花みたいな演奏だな」という思いがしました。作品のサイズもそれに相応しく、アンチェル&チェコ・フィルが生みだす純度の高い美しい響きの中でヘンデルという美しい花がその存在を誇示しているようです。また、清流の中で美しい花を咲かせる梅花藻(バイカモ)も「水中花」と呼ばれることがあるようですが、それはツィガーヌよりはサイズが大きいラロの「スペイン交響曲」に相応しいイメージです。
川の底まで見通せるほどの清流の中でゆらゆらと揺れながら美しい花を咲かせる梅花藻はまさにヘンデルその人を見るようです。

さらにもう一つ付け加えるならば、何故か録音の数が少ないヘンデルにとっては、音質的に十分なクオリティのあるこの録音は非常に有り難い一枚と言わざるを得ません。

よせられたコメント

2021-07-15:コタロー


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