タルティーニ:チェロ協奏曲イ長調
(Cell)エンリコ・マイナルディ:ルドルフ・バウムガルトナー指揮 ルツェルン音楽祭弦楽合奏団 1958年10月27日~28日録音
Tartini:Cello Concerto in A Major [1.Allegro]
Tartini:Cello Concerto in A Major [2.Larghetto]
Tartini:Cello Concerto in A Major [3.Allegro assai]
ロマン的な湿り気
この時代のこのようなマイナー作品を云々するだけの知恵もなければ知識ありません。
ただ、そう言う時代の作品をまとめて聞いてみれば、その時代におけるヴィヴァルディの影響力の大きさに気づきます。日本でヴィヴァルディと言えば「四季を作曲した人」と言うことで不当に低く見られていますが、決してそんなことはありません。私の友人で、ヴィヴァルディこそがもっとも偉大な作曲家だったと常に主張している人物もいます。
っすがに、その思い入れに同調することは出来ませんが、彼のヴィヴァルディに寄せる熱い思いを聞かされるたびに「ヴィヴァルディ=四季」ではいかんのだなとは思わされます。
そして、「ヴィヴァルディ=四季」ほどではないにしてもタルティーニにも「悪魔のトリル=タルティーニ」という公式がこびりついています。ただし、その公式のおかげで、イタリアバロックのヴァイオリニスト兼作曲家であるこの男の名前が今日まで残ったと言えます。
しかし、逆から見れば、あの「悪魔のトリル」と題されたト短調のヴァイオリンソナタ以外の作品がほとんど省みられないという不幸も背負い込むことになりました。
当然の事ながら、「ヴィヴァルディ=四季」でないように「悪魔のトリル=タルティーニ」ではありません。さらに言えば、かれはヴァイオリン曲だけの作曲家ではなく、このチェロによるイ長調の協奏曲のような作品も残していて、それらもまた非常にタルティーニらしい旋律美に溢れた作品に仕上がっていて、同時代の有名人であるヴィヴァルディと比べてみるとはるかにロマン的な湿り気があります。
ヴィヴァルディだといわゆる急ー緩ー急がはっきりしているのですが、タルティーニの場合は第1楽章が例えば「Allegro」と書いていてもかなり哀愁が漂っています。
手の中に入れることの難しさを感じてしまう演奏
「手の中に入っている」という表現があります。
「熟練している」事をあらわす言い回しなのですが、それは自分の「所有物」になることから転化した表現なのでしょう。
つまりは、そのものを隅から隅まで所有しているのであるならば、それを自由自在に解釈し、活用してみても、そのものの本質を損なうことがありません。
しかし、それが十分に自分の所有物になっていないのであれば、その活用や解釈によってものの本質が損なわれる危惧から自由になることが出来ません。もしも、その危惧に対して無頓着であれば、そこには「恣意」という危険が常に落とし穴のように口を開けています。
それ故にその「落とし穴」に落ちるのが嫌ならば、取りあえずはしっかりと視認できるアウトラインを忠実に辿るしかありません。
音楽におけるそのアウトラインとは、おそらく「楽譜」と言うことになるのでしょう。
取りあえずは、その書かれてある「楽譜」を忠実に「音」に変換しておけば「恣意」という「落とし穴」に落ちることは免れるかのように見えます。しかし、そう言う姿勢から一歩も前にでにないのであれば、その人はその作品を手の中に入れることは永遠に出来ないでしょう。
楽譜に忠実なだけの演奏が聞き手にとってつまらない結果になってしまう背景には、概ねその様な事情があるからでしょう。
何故、その様なことを急に書きだしたのかと言えば、バロック時代のマイナー作品を演奏したマイナルディの録音を聞いて、そこから春風のようなマイナルディらしさがあまり感じられなくて、その理由をあれこれ思案したからでした。
マイナルディは1957年から58年にかけてアルヒーフ(Archiv)レーベルで以下のチェロ協奏曲を録音しています。
- ゲオルク・クリストフ・ヴァーゲンザイル(1715-1777):チェロ協奏曲イ長調 1957年6月17日~18日録音
- ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲RV.413 1958年10月27日~28日録音
- タルティーニ:チェロ協奏曲イ長調 1958年10月27日~28日録音
マイナルディほどのチェリストであっても、このようなマイナー作品になると彼の持ち味である「春風駘蕩」たる雰囲気が希薄になることを否定できないのです。
そして、あらためて気づかされたのは、レーベルから録音を依頼された作品のすべてを「手の中に入れる」事はそれほど簡単なことではないという、「当たり前」のことだったのです。
アルヒーフにしてみればカタログを充実させていくためには必要な録音だったのでしょうが、それを依頼されたマイナルディにしてみればどこまで共感を持って取り組めた作品であったかは疑問です。
ヴィヴァルディの録音からは、バッハやベートーベンで感じることが出来た春風のような雰囲気を幾ばくかは感じとることが出来るのですが、ヴァーゲンザイルのような作品になると実に生真面目な演奏で、いわゆる「マイナルディ」らしさはいたって希薄なのです。
そして、その事は、彼にとってバッハやベートーベンの音楽というものがどれほど深い愛着に裏打ちされていたかに気づかされるのです。
そして、その様にしっかりと手の中に入っ演奏をすでに聞いているが故に、十分に手の中に入っていないであろうマイナー作品へのアプローチに不満を感じてしまうのです。
言うまでもないことですが、これだけを単独で聞くならば、あまり聞く機会の少ない作品の姿を聞き手に伝える上では過不足のない立派な仕上がりです。
しかしながら、録音クレジットにマイナルディの名前を見てしまうと、それ以上のものを聞き手は期待してしまうのです。
言葉をかえれば、マイナルディのように手の中に入っているときの個性が際だっている人ほどその不満はより大きくなってしまうのです。
いつも言っていることですが、気楽な聞き手というのはどこまでも我が儘であり贅沢なことを言い立てる存在なのです。ただし、そう言う我が儘な連中がいるからこそ芸の世界は深まるともいえるのです。
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