サン=サーンス:ピアノ協奏曲 第4番 ハ短調 Op.44
(P)アレクサンダー・ブライロフスキー:シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽1954年11月29, 24日録音
Saint-Saens:Concerto for Piano and Orchestra No.4 in C minor Op.44 [1.Allegro moderato - ]
Saint-Saens:Concerto for Piano and Orchestra No.4 in C minor Op.44 [2.Andante]
Saint-Saens:Concerto for Piano and Orchestra No.4 in C minor Op.44 [3.Allegro vivace - Andante - ]
Saint-Saens:Concerto for Piano and Orchestra No.4 in C minor Op.44 [4.Allegro]
チェルニーを弾きこなせる腕があるなら何とか演奏が可能

サン・サーンスという音楽家は随分と狷介な性格の持ち主だったようです。その件については、フランクの「ピアノ五重奏曲 ヘ短調」の初演時における献呈を巡る問題でも露わになりました。
そして、その事が、フランクを慕う真面目で才能のあるフランスの若手たちからの恨みを買うことになってしまったのです。
まあ、確かに、フランクがサン=サーンスの素晴らしい演奏を素直に喜こんで楽譜の原稿を贈るためにかけよったのに対して、サン・サーンスは露骨に顔をしかめて楽譜をピアノの上の放り投げてその場を立ち去ったというのは、人としてどうなんだと思ってしまいます。一説によるとゴミ箱に放り投げて帰ったとも伝えられています。
ちなみに、音楽史上希有の聖人だったフランクはそんな仕打ちを受けても全く気にしにしていなかったそうなのですが、彼を慕う若手にしてみれば、それはもう絶対に許せない奴として「髑髏マーク」を20個くらいはつけたはずです。
そして、時が流れて、そう言う若手がその後フランス音楽界の中心に座るようになると、その時につけた「髑髏マーク」を一つずつ投げかえすような思いで、サン=サーンスの作品を片っ端から批判の俎上に上げていったのです。
その気持ち、私もよく分かります!!
そして、その結果としてサン=サーンスと言えば凡庸で時代遅れの音楽を書き続けた音楽家というレッテルが彼への評価として定着してしまったのです。
確かに、サン=サーンスの音楽には時代を切り開いていくような革新性は希薄でした。しかながら、返す刀で「すべてが凡庸」だと決めつけるのは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の類だと言わざるを得ませんから、いささか行き過ぎだったかもしれません。
なぜならば、サン・サーンスの音楽は何を聴いても外れがないように思うからです。
それは全てがとてつもない傑作だというのではなく、まんべんなく及第点に達していて、そのどれもが奇を衒ったエキセントリックな部分や晦渋な部分がないということです。
決して伝統的な手法を踏み外すことなく、常に完成度の高い作品を生みだし続けたゆえに「保守派」のレッテルを貼られた人物ですが、しかし、この完成度の高さはそう簡単にまねができるものではないのです。
しかし、それもまた己の身から出た錆と言う面もあります。それくらいに、彼は「イヤな奴」だったようです。
しかし、常に指摘していることですが音楽と人格は別物です。もしも、それがリンクしていたならば、私たちが聞くに値する音楽はほとんどなくなってしまいます。
彼は生涯に5曲のピアノ協奏曲を書きましたが、この第4番はその中でも最もユニークな構造をしています。
まず、全体が2楽章からできており、それぞれがまた二つの部分からできているという形式は、彼の代表作であるオルガン付きと同じです。
そのために、彼のピアノ協奏曲の中では最も交響的ながっしりとした作りになっています。と言うよりは、この作品では独奏ピアノは可哀想なまでにオーケストラに付き従っています。
ただし、これをピアノ独奏付きの交響曲なんて言うと彼を生涯許さなかった若手音楽家たちから「そんな立派なものか!」と言われそうなので、もう少し控えめに「ピアノ独奏付きの管弦楽曲」みたいだと言っておきましょう。(^^;
また、聞けば分かるように、最初に提示された主題が何度も登場してきます。このやり方は、その後フランクが「循環形式」として定着させたもので、これはその先駆けとも言うべき作品です。
それから、これは中村紘子の受け売りですが、この第4番に限らず彼のピアノ協奏曲はチェルニーを弾きこなせる腕があるなら何とか演奏が可能だそうです。
そのレベルでこれだけの音楽を仕上げるというのは意外とすごいことだと思うのですが、いかがなものでしょうか。
古き良きサロンの時代の面影
アレクサンダー・ブライロフスキーというピアニストは全く私の視野には入っていなかったのですが、最近、ミンシュの録音を追いかけていて出会いました。
そして、その録音を聞いてみて、あまりの「軽さ」に驚いてしまいました。そして、ミュンシュもまたその様な「軽い」ピアノに合わせて実に上手くフォローしているので、結果としてなかなかに「面白い」演奏に仕上がっています。
そこで、この「アレクサンダー・ブライロフスキー」なるピアニストについて調べてみたのですが、一言で言えば古き良きサロンの時代の演奏様式を受け継いでいるピアニストらしいのです。つまりは、額に皺を寄せて必死に音楽に取り組むような姿は見せず、基本的には汗の後は全く見せないで上品で洒落た雰囲気に仕上げることを自らのスタイルとして課しているようなのです。
言うまでもないことですが、表面上は汗も見せず、上品で洒落た味わいでピアノを鳴らしているからと言って、その裏で汗をかいていないわけではありません。俗なたとえですが、優雅におよぐ白鳥も水の中で必死に足を動かしているのです。
ただし、そう言う演奏スタイルはショパンのピアノ独奏曲を全曲演奏するという前代未聞の「ショパン・チクルス」を実施しようとすると、それは必須の演奏スタイルかもしれません。彼はその前代未聞とも言うべき「ショパン・チクルス」を何度も敢行しているのです。
確かに、眉間に皺を寄せて全力でピアノの鍵盤を叩いていては、全曲(169曲らしいです)を弾ききる前に体力も気力も尽きてダウンしてしまいます。
そして、活動の拠点をアメリカに移したときにも1938年にニュー・ヨークで「ショパン・チクルス」を実施しているのです。
その時に「こうした全曲演奏を成し遂げるために必要な並外れた記憶力、強靭な肉体的スタミナ、そして卓越した技術を兼ね備えたピアニストは何人もいるが、そうした要素に加えて優れた音楽性までを持ち合わせている者は数少ない。ブライロフスキーは間違いなくその数少ないピアニストの一人だ」と賞賛されたのですが、結果としてはそれがアメリカにおける彼の頂点だったようです。
おそらく、それ以後のアメリカを席巻していくのはホロヴィッツやルービンシュタインのような、ショーマン・シップに溢れたピアニストであり、汗をかいていないように見える上品で洒落た味わいのピアニズムは大衆から次第に支持されなくなっていったようなのです。それ故に、ヨーロッパ時代はかなりの名声を勝ち得たピアニストだったらしいのですが、アメリカでの活動は思うにまかせぬものがあったようです。
それでも、こうしてミュンシュ&ボストン響と言う最良のバックアップを得て古き良き時代を懐かしむようなな演奏を良質の音質で残してくれたことは有り難いことでした。
こういう軽さに溢れた上品なショパンやサン=サーンスというのはファースト・チョイスにはならないでしょうが、忘れ去られた時代に思いを馳せるには貴重な録音だと言えます。
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